109 魔法で説明する
『それは、どのような魔法なのだ?』
タッちゃんが興味深げに聞いてくる。
「デュプリケートメモリ。念話を用いて記憶を高速で送る魔法だよ」
そういう仕様にした。
大急ぎで術式を構築する。
イメージを固めれば充分なタイプの魔法ではないからね。
こういう時は前世でプログラマーをしていた宍戸紀文だった頃の経験が大いに役立つ。
考えるだけでコードが頭の中にできていくのは紀文だった頃の特技である。
当時は考えるだけならあっという間だったけれど書いたり打ち込んだりしようとするとブレーキがかかっていたので出力するのに手間取っていたけどね。
今はその制限がないのがありがたい。
もっとも魔法に関しては術式構築から発動まで頭の中だけで完結するので、制限はあまり関係ないか。
『デュプリケートメモリとな? 初耳だ。我が知らぬ魔法があるとは思わなんだわ』
「そりゃあ、いま俺が作成中のオリジナル魔法だからね」
過去に存在していないんじゃ知らなくて当然である。
念話をベースにした単一属性の魔法なので誰かが開発していても不思議ではないんだけど需要がなかったんだろうな。
『器用なことだ』
「前世の職業に術式構築で役立つものがあったからね」
『ほう、それは興味深いな。前世も優秀な魔法使いであったか』
「いいや。前の世界じゃ魔法は実在しなかったよ。物語の中には出てきたけどね」
『なにっ、魔法がない世界だと!?』
タッちゃんが驚きをあらわにしている。
魔法があって当たり前の世界しか知らないのであれば誰であろうと似たような反応をしてしまうんだろうな。
加えて大半の者は信じないものと想像できる。
「世界の管理者がそういう設定にしたんじゃないかな」
『世界の管理者……。神のことか』
やっぱり、そういう認識になるのか。
「神様ではないかなぁ」
『他に何があるというのだ?』
「神様扱いを好まない超越的存在?」
『まるで会ったことがあるかのような口ぶりだな』
「あるよ」
まさかないだろうという反応をされると某ドラマに出てくるバーのマスターの口癖を真似てみたくなるのは何だろうね。
『……冗談であろう』
さすがのタッちゃんも信じられないようだ。
「そのあたりもデュプリケートメモリで送るから確かめてよ」
『むう……。その方が良さそうだな』
などというやり取りをしている間に新魔法デュプリケートメモリ完成。
思った以上に早く仕上がった。
前世より処理能力が上がっているのを実感する。
「じゃあ、さっそく行くよ」
デュプリケートメモリは自動で圧縮された情報を送る仕様にしてある。
そのため送信側の俺は相手と記憶の範囲を指定したら発動するだけでいい。
一方で受信側はというと……
『ほう。シドは無詠唱魔法をスムーズに使──』
俺が魔法を発動し始めたのを魔力の流れで察知したタッちゃんが念話で声をかけてきたものの情報の送信が行われた直後に中途半端なところで止まった。
「タッちゃん?」
声をかけるが返事はない。
経過時間からして受信は完了したはずなんだけどな。
そこから圧縮された情報が展開されるから、そちらに意識が向いているのかなとか考えていたら。
『おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ』
タッちゃんが咆哮を上げ始めた。念話で。
「あ、ゴメン。なんかツラかったりするのか?」
肉体を持たないタッちゃんに痛覚はないと思うのだけど返事はない。
ただ、圧縮されていた膨大な情報が展開されたことで何かしらのストレスを感じているのかもしれない。
なにしろ俺が繰り返してきたすべての人生だからね。
ぶっつけ本番の魔法なんだから最初は情報量を少なめにして不具合がないか確かめておくべきだったか。
あるいは何回かに分けても良かったな。
送信が完了した後では今更としか言いようがないけれど。
さて、どうしたものか。
このまま放置するわけにもいかないし。
かと言って魔法でどうにかしようにも相手は霊体のタッちゃんである。
故に胃痛を緩和させるような魔法を使っても意味はない。
気分を高揚させても不快感を解消しきれるかは微妙なところだ。
それどころか悪い方へ作用したなら暴れる恐れだってある。
そうなると無難なのは鎮静効果を持つ魔法か。
果たしてそれでストレスが緩和されるだろうかという疑問は残るけどね。
だって、あれ脳や神経に作用する魔法じゃなかったっけ?
それだけの魔法なら何の効果も発揮せずに終わりそうで怖い。
リスクはなさそうなのだけが救いと言える。
ならばと魔法のスタンバイに入ったところで──
『呆れたものだな』
タッちゃんがボソリと漏らした。
ホッとしつつも、さすがはドラゴンだと思っていると。
『よくぞ自我が崩壊しなかったものだ』
「えっ、そう?」
思い当たる節が何もないのだけど。
『幾度となくツラく苦しい人生を繰り返しただけでなく、そのすべてを覚えておるなど人に耐えられるものではないぞ』
「ちょっと意味が分からないんだけど」
どの人生でもノロマだグズだと罵られたり侮られたりはしてきたけど耐え難いほどではなかった。
早い段階で慣れてしまったから何とも思わなくなっていたし。
『忘れるというのは大事なことなのだぞ。ツラい経験をすべて記憶に残すなど考えたくもなかろう』
タッちゃんはそんな風に言うけど俺にとっては当たり前のことだったからなぁ。
それに覚えているからこそ大したことはないと思えることは多々あったし。
感覚が麻痺してしまったのかもしれないな。
皆が皆、俺と同じようになる訳ではないというのは分かるけど。
「俺はそうでもないけどね」
しばし沈黙の間が訪れる。
え? なに、この空気。
憐れみなのか呆れなのか何とも言えない微妙な重苦しさがある。
『なんにせよ、シドの事情は把握した』
「それは何より」
デュプリケートメモリが成功したという点においてはね。
場が微妙な空気に支配された点については物申したいところなんだが、言えば余計に悪化しそうなので口をつぐんでいる。
『よもや神に等しき存在がミスをするとはな』
「ああ、ノーサムのこと?」
タッちゃんは神格化して考えているようだけど、ノーサムはそういうキャラじゃないんだよなぁ。
どちらかというと、そういうのとは逆の性格をしていると思うし。
「完璧主義者ではないね」
『シドは腹が立たぬのか。ミスの被害者だろうに』
呆れたような口調で言われてしまったけど微塵も思ったことないんだよなぁ。
「別に。存在が消滅しかねなかったとかなら、もっと怒っていたかもだけど」
『大らかというかなんというか……、シドは大物だな』
「そう? 自分じゃ分からないな。あっ、でも、大らかではないと思う」
どちらも人から言われたことないし。
けっこう細かい性格をしていると自分では思うし。
「そういうのはノーサムにピッタリ当てはまる気がするんだよね」
話し方からして軽いし。
「呼んだ?」
唐突に俺たちの間に割って入る存在が現れた。
誰であるかは、問うまでもないだろう。
「呼んでないっての」
相変わらずノリが軽いな。
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