108 その名は……
その後も霊体ドラゴンが操る竜牙兵に挑み続けたが、一度として勝ちは得られなかった。
技術で対抗してギリギリ追随しながらも常にスピードで凌駕され翻弄され続けたからだ。
おまけに俺が身体強化を強めて加速しても易々と上回ってきたし。
何処までやっても底は見えなかったさ。
どう考えても加減されていた訳だ。
遊ばれたとも言う。
これが模擬戦ではなく本気の勝負であったなら瞬殺されていたのは間違いない。
ドラゴンが操れば竜牙兵もここまで強くなるのだということを嫌というほど思い知らされたよ。
『人の子よ、ここまでやるとは思わなかったぞ』
楽しげな声が頭の中に木霊する。
生憎とこちらは息が上がって返事もまともにできない状態だ。
根性でどうにか立っているけど膝に手をついていないとガクガクの状態であり倒れ込んでしまうのは目に見えている。
荒い呼吸をしながら、どうにか顔を上げて竜牙兵に目を向けるのが精一杯。
『ふむ、喋ることも叶わぬか』
どうにかうなずいて返事をする。
その気になれば念話で話すことはできるけど回復する方を優先したいので、それはしないことにした。
『ならば、これでどうだ?』
霊体ドラゴンが念話でそう言ってきた直後、俺の体は温かな魔力に包まれた。
その直後からみるみるうちに体力が回復し息が整っていくのがわかる。
平時と変わらぬ状態まで戻るのに1分とかからなかった。
単純な治癒魔法ではないだろうな。
体力を回復させるのは、どちらかと言うとバフをかけた際の効果のひとつという印象があるけどね。
しかも効果はここまで強いものではない。
専用にチューニングされた魔法なのは間違いないが一般には知られていないようだ。
下手をすると霊体ドラゴンのオリジナルだな。
効果の割に魔力の効率が良くないとか何らかのデメリットがあるのだろう。
後で研究してみるのも悪くないかもね。
「ありがとうございます。助かりました。完全に元通りです」
『構わぬ。こちらが調子に乗って振り回したからな。詫びのようなものだ』
「いえ。こちらが報酬として望んだ結果なのですから、そんな風には思っていませんよ」
『律儀というかなんというか。面白い人間だな』
面白いって……
『人の子よ、名はなんという?』
ドラゴンに名を問われるとは思わなかったな。
人に名を聞くなら自分から名乗れなどと無粋なことは言うまい。
「シド・ミューラーです」
『シド・ミューラー……。シドと呼べば良いか?』
「ええ。好きに呼んでもらえれば」
『そうさせてもらおう。とはいえ、あまり時間は残されておらぬがな』
儀式魔法で無理やり現世に引き戻されかけたがアンデッドに定着する前に儀式がキャンセルされた影響だろう。
だが、そんなことを気にしてもしょうがない。
「俺からは何と呼ばせてもらえば?」
それよりも、この強いドラゴンの名を覚えておく方がずっと良いと思った。
たとえ今から消えゆく存在だとしても、俺が今日のことを覚えている限り記憶の中に残り続けるのだから。
『我に名はない』
それは残念だ。
相手は人間とは異なる価値観を持った存在なのだから、そういうこともあるだろう。
『かつてはニーズヘッグなどと呼ばれたこともあるが──』
それって知らない者がいないと言われるこの世界の神話に出てくるドラゴンじゃないですか、ヤダー。
道理で圧倒的な存在感だった訳だ。
『──あれは人間どもが勝手につけた呼び名だ』
その念話から不服を感じ取った俺は、その名で呼ぶことはすまいと誓った。
「だったら俺が別の呼び名を考えても?」
『お主には楽しませてもらったしな。好きにするが良い』
楽しませたと言われても、そんなことしたっけと頭の中にクエスチョンマークが飛び交うくらいには覚えがない。
霊体ドラゴンが現れて会話以外にしたことと言えば竜牙兵との模擬戦くらいなんだけど、もしかしてそれのことか?
伝説の竜がバトルマニアだったとは……
まあ、いいや。許可がもらえたんだから細かいことは気にしない。
「じゃあ──」
格好いい名前をと言いかけて不意に閃くものがあった。
体の幼さに精神の方が引っ張られたせいか、ちょっとしたイタズラ心が芽生えたのだ。
「──タッちゃんなんてどうです?」
『タッチャンとな?』
そう問い返してくる霊体ドラゴン。
発音的に親しみを込めた接尾語である「ちゃん」を名前の一部と誤解されている気がする。
「あー、俺が前にいた世界でドラゴンのことを辰とも言うんですよ」
『タツ……、なるほどな。ではチャンとはなんなのだ?』
「そっちは名前じゃなくて親しい相手を呼ぶときに付け加える言葉でして……」
おふざけが少しばかり過ぎたかもしれないと内心で冷や汗をかくが、言ってしまった事実は残る。
これは霊体ドラゴンを怒らせる前に謝罪して別の名前を提案するのが吉か。
『フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!』
愉快痛快と言わんばかりに笑い声が脳内に響き渡った。
『そうか、親しいか? 人間の世界で言うあれだな。拳を交えて友誼を結ぶという変わった風習だ』
霊体ドラゴンは実に楽しげだ。
生憎と俺はその風習を知らない。
前の世界で超有名だったマンガ原作のアニメを思い出したくらいだからね。
七つの不思議な球を集めて冒険したり戦ったりするアレである。
ドラゴンの言う通りであるなら、こっちでも好まれそうだな。
『良いぞ良いぞ。気に入った。我とシドは悠久の友である! 友情の証しとして以後はタッちゃんと名乗ろう』
宣言するように霊体ドラゴンが言った。
悠久の友とはなかなかに重いね。
言われて悪い気はしないけど照れくささがない訳ではない。
あと、自分でちゃん付けするのってどうよ?
まあ、本人(本竜?)が気に入っているんだから無粋なツッコミはすまい。
俺のおふざけで決まった名前に忸怩たるものがない訳ではないので複雑な心境ではあるが。
『それにしてもシドは面白いことを言っていたな。前の世界とな?』
あ……
『前世の記憶を持っているだけでなく、異世界転生していたとはのう。さすがは我が友よ』
一瞬、やらかしたと思ったものの相手はドラゴンである。
他の誰に知られることもないだろうと思い直して開き直ることにした。
それに俺のことを友だと言ってくれた霊体ドラゴン改めタッちゃんには誠実に対応したい。
という訳で俺の前世の事情を説明することにした。
しかしながら、事はそう簡単ではない。
すべての前世を事細かに話す必要はないと思うけど、それでも複雑な事情を説明しようと思うと時間がかかるからだ。
前の世界なら途方に暮れていたことだろう。
だが、ここは魔法の使える世界である。
任意の記憶を指定した相手に念話で送るなんてことも可能……なはず。
なさそうなので自作する必要があるけど。
「ちょっと試したい魔法があるんですが」
『シドよ、いつまで他人行儀な話し方をするのだ。友だと言っただろう』
「失礼しま……っと、ゴメン。急に関係性が変わると慣れなくてね」
『それもそうか。して、試したい魔法とな?』
「俺の前世の事情を説明するのに魔法を使ってみようかと思ってね」
『ほう。それは面白そうだ』
どうやら興味を持ってもらえたようだ。
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