106 圧倒的存在
竜牙兵は動かない。
俺が動揺している隙を突いてくるのかと思ったのだけど何か様子がおかしい。
自力で魔石を作り出して内包したのだから魔力が切れて動けなくなったとは考えられない。
こちらを油断させて不意を突くつもりかと警戒を強めていたのだが。
いきなり背後に強大かつ重苦しい気配が出現した。
「っ!?」
ワンテンポ遅れて反転しながら竜牙兵を軽く飛び越える。
大きく飛び退いてしまったが決して大袈裟な反応をしたとは思っていない。
向こうがその気だったなら振り向く前に俺は死んでいたという確信があるからだ。
それこそ鎧袖一触でプチッと潰されていたであろう。
間違いない。
この気配は俺が魔石と骨の大部分を回収したドラゴンの中身だ。
姿は見えないが山のように大きな何者かの存在をひしひしと感じる。
いるのだ、そこに。
肉体は滅びようとも霊体は残っていたということか。
見えぬというなら魔力の流れを感じ取るまでだ。
霊体が魔力を保持していないというのならお手上げだが、その懸念は杞憂に終わる。
相手の魔力に意識を集中させた瞬間、膨大な奔流が押し寄せてきた。
いや、今まではその激しく轟くような魔力の渦を本能的に感じないように避けていただけだ。
直感した山という形容が正しかったことを嫌というほど認識させられた。
己の中で早鐘が打たれているかのごとき律動を感じる。
それがドクドクと脈打つ動悸の音と振動だと、すぐには気付かなかった。
どうやらあふれ出ようとする恐怖心に対抗すべく脳内物質が分泌されているらしい。
一瞬で極限状態に追い込まれたせいだな。
不意を突かれただけなら数多ある前世で何度も経験してきているが、これは過去一だと断言できる。
死してなお圧倒的な存在感に絶対強者という言葉が頭に浮かんだ。
これがドラゴンか。
霊体だけとなった現状でも戦いを挑むような真似はしたくないと強く思わせられる。
どうやら竜牙兵が平伏していたのは、この霊体ドラゴンのようだ。
これで謎は解けた。
もしも竜牙兵に話しかけていたら恥をかいていたところだ。
向こうがどう思うかは知らないが少なくとも俺は赤恥をかいたと落ち込んだことだろう。
そう思うだけでも赤面ものだ。
どれだけ自分は平静を失っていたんだか。
しかも、その動揺が覚めやらぬうちに霊体ドラゴンが登場したことで別の意味で心を乱されたし。
とはいうものの、いつまでも動揺したままではいられない。
意識的に深くゆったりした呼吸をすることで平常心を取り戻す。
こういう身体コントロールは前世で何度もやってきたからお手の物だ。
相手の存在感に圧倒されようが関係ない。
ひとつ目の呼吸で動揺を切り離し。
ふたつ目で全身を駆け巡る血流を把握する。
そうして、いつも通りに乱れた心中と動悸を抑えていく。
警戒はもちろん緩めない。
霊体なら物理攻撃はないだろうが少しでも魔力の流れに変化がないか見逃さないようにしないと。
ドラゴンの魔法なんて強力そうだもんな。
ブレスがないと思っていたら、それと同等の魔法で攻撃されましたとかシャレにならん。
とにかく魔法は要注意だ。
いや、それだけでは足りないか。
向こうには竜牙兵もいることを忘れてはいけない。
アレの実力も未知数だが人であることを捨てた程度のオルランよりは確実に強いと見るべきだ。
今のところは静観されているようだけど油断はできない。
とにかく万全とは言えないまでも、それに近い状態で対応できるようにしないと。
しかも迅速に。
普通なら焦りを生みそうなものだが修羅場なら数えきれぬほどくぐってきた。
ひとたび集中すれば心を乱さず呼吸を重ねることも普通にできる。
そうして間もなく身も心も落ち着きを取り戻せたところで──
『小さき者よ、礼を言う』
頭の中に声が飛んできた。
この場でそんな芸当ができる相手は霊体ドラゴンか竜牙兵かだが、口ぶりからすれば前者で間違いあるまい。
霊体では声が出せないから会話する余地はなさそうだと思っていたら念話で話しかけてくるとはね。
おまけに待ち受けていたかのようなタイミングである。
いや、今までの様子から察するに「かのような」じゃなくて本当に待たれていたと見るべきか。
「………………」
俺はリスタに合図を送って超殖剛装ガイザーの変身を解除する。
向こうが礼儀をもって接してきたのだから、こちらも応じるべきだと判断したからだ。
どのみち超越的存在の相手に正体を隠したところで看破されるのは目に見えている。
それなら自分から姿をさらした方が霊体ドラゴンの心証も良くなるかもしれないからね。
ドラゴンのメンタリティが人間のそれとは掛け離れている場合は何の意味もないことかもしれないけど。
現に向こうは無反応だ。
中身が子供であったことに驚きも感心もしていなかった。
向こうからすると人間の大人も子供も同じ「小さき者」なのかもしれない。
「礼と言われても困りますね。私が貴方に何かした覚えはないのですが?」
本当に覚えはないので「どういたしまして」とは言えないよな。
そう思っていたのに俺の発言の何処にくすぐられるものがあったのか向こうからは何やら楽しげな波動が伝わってきた。
『不快で醜悪なる儀式を止めたであろう』
アンデッドドラゴンを復活させるための儀式のことを言っているようだ。
「それはしましたけどね」
いくら不快だったとしても、礼を言われるほどだとは思えない。
『我が魂を不浄なるものに染め上げようなどという企みを阻止してくれたのだ』
「そういうことですか」
俺はてっきりドラゴンの素材には別の穢れた中身が入るものだと思っていたのだけど違ったらしい。
元の持ち主を呼び出してアンデッドに相応しい状態に転化させた上で憑依させるって?
そりゃあ「不快」と言いたくもなるだろう。
魔法陣にはその術式が刻まれていたらしいけど必要ないと思って大雑把にしか読み取ってなかったよ。
『恩義を感じるには充分ではないか?』
「こちらも目的があってしたことですからお気になさらず」
『目的とな?』
「隣国が領土拡大を画策してあれこれ動いていましてね。儀式もその一環だったので阻止したんです」
『なるほど。侵略の道具にされるところだったか。ますます業腹よな』
霊体ドラゴンは道具という単語を特に強調していた。
気持ちは分からなくもない。
自分も同じような真似をされれば腹立たしく感じると思うから。
「道具扱いがダメなら魔石と骨は返却しますが」
もったいないがドラゴンを怒らせてまで欲しいとは思わない。
『抜け殻ならば問題ない。好きにするがいい。我が許せぬのは魂をもてあそばんとした輩よ』
なるほど。そういうことか。
ドラゴンでなくても無理やり呼び出されて不浄なるものへと変えられた挙げ句に扱き使われるのは嫌なものだ。
それがどの程度の嫌悪感にさいなまれるものなのかまでは当事者である霊体ドラゴンにしか分かるまい。
故に安易な共感を示すよりは流した方がいいだろう。
「そういうことでしたら遠慮なく」
『うむ。だが、それだけでは我が謝意を伝えるにはまだ足りぬ』
「え?」
ちょっと何言ってるんですかね、このドラゴンさんは。
ドラゴンの魔石や骨の大部分が謝礼として不足するとか冗談としか思えないんですが?
読んでくれてありがとう。
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