102 父は振り回される
運転席から見える外の景色が高速で横に流れていく。
少し大きめのコーナーをドリフトで回っているせいだ。
まあ、安全運転で走る分にはこういうことにはならないのだけど。
最初の3周ほどは抑えていたのだけど、そこから先は本気の全開走行だった。
「ぬわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
父アルブレヒトが車の助手席で絶叫している。
まるで絶叫系ジェットコースターに乗っているかのように。
普段の威厳など何処へやら。
それでもオフロードの周回コースを本気で走り始めて間もなく失神してしまった後部座席の騎士たちよりは耐えている方だ。
コーナーのたびに叫んでいるけどね。
「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
先に言っておくけど当初は本気になる予定などなかったんだよ。
そんな真似をせずとも馬車より速く機敏に走れることは証明できたからね。
「なんということだ。馬よりも速いどころか、こうも自在に曲がれるとは……」
走り始めた最初の1周目で父はこんなことを言っていたくらいだし。
「信じられん」
「本当にこれがゴーレムだというのか」
後部座席の騎士たちもそんなことを言いながら目を丸くさせていた。
それでも2周目の後半では落ち着きを取り戻していたけれど。
少なくとも表面上は。
そして3週目に入ったところで──
「シドよ、これはもっと速く走れるのだろう。ならばシドが制御できる限界の速さで走らせてくれないか」
などど父に頼まれたのである。
「いいですけど、舌を噛んでも知りませんよ」
とは言ったんだけどね。
他にも力んでいないと首が思いっきり振られたりもするけど、これについてはあまり心配していなかった。
俺以外の搭乗者は全員が細マッチョで首にも筋肉がついていたからね。
鍛えた人間なら大丈夫だろうと思っていたら騎士たちは早々に失神してしまったけれど。
「それが限界域で走らせるということならば構わん」
こうまで言われては念押しする気も失せたということで現在に至る訳だ。
なお、父は一度も舌を噛んでいない。
あれだけ派手に叫んでいるのに器用なものだと感心させられたよ。
こちらの世界にはないジェットコースターに乗せることができたなら、どんな反応をするんだろうか。
「騎士の人たちが失神してるのでコースから出ますよ」
コーナリングのたびに首が思いっきり振られていたからね。
鞭打ちとかになっていたら申し訳ない。
魔法で治療できるから後遺症に悩まされることだけはないけれど。
「わかった」
短い直線で声をかけたせいで迫り来るコーナーに備えて短い返事ではあったが父の了承を得て周回を終了する。
「早かったのね、シド」
車を降りた直後に姉からかけられた言葉がこれだ。
父に向けての言葉だったら挑発と受け取られたかもしれない。
「ちょっと本気を出したら騎士の人たちが気を失ってしまったので」
「あら、不甲斐ないわね」
エレオノーラは容赦がないな。
「しょうがないですよ。訓練どころか何の予備知識もなく、ですから」
「国を守る騎士にそんな言い訳は許されないわよ。いついかなる場合でも平常心を保てなければ騎士とは認められないんだから」
どうやら万人に容赦がないという訳ではなさそうだ。
騎士には特別厳しい評価が下されるらしい。
同情はするがエレオノーラの言うことにも一理あると思う。
いざという時に使い物にならない騎士など飾りも同然だからね。
「それに引き換え父さんはさすがよね。最後は結構なスピードが出ていたのに平然としているじゃない」
コーナリングのたびに悲鳴を上げていたけどね。
真実を知っている俺としては気まずさを感じずにはいられない。
父も姉の言葉を耳にして頬を引きつらせながらも、どうにかポーカーフェイスを保てているといった有様だし。
「もしかして本気じゃなかったの、シド」
「っ!?」
今度はこっちに矛先を向けてくるとはね。
気を抜いていたから大きな声が出そうになったじゃないか。
「本気かと言われれば本気でしたよ」
「何か含みのある口ぶりね」
「僕自身には余裕がありましたけど、この車で出せるギリギリの走りはしたつもりです」
「そういうことだったのね」
一応は納得してもらえたようで何よりである。
ただ、父は違ったようだ。
「もしかしてなんだが──」
エレオノーラから会話の流れを引き継ぐように話しかけてきた。
「シドはこれよりもっと性能の良いものが作れるのか?」
やっぱり聞かれるよなぁ。
俺が「この車で──」なんて言ったものだから興味津々というか抱いた疑問を追及せずにはいられないみたいだね。
身内だからか、さすがに圧は感じないものの適当に誤魔化して引き下がってもらえるような雰囲気ではない。
「そうですよ。これは限界性能を抑えて操作しやすいように作ったものですから」
そう答えると父は困惑したのか眉間にシワを寄せてわずかに首をかしげた。
「あれは試作品ではないというのか?」
質問の意図は量りかねたが──
「いえ、試作品ですが?」
特に伏せておかなければならない事項もないので素直に答えておいた。
返答が疑問形になったのは意味が分からないという俺の心情の表れである。
ただ、俺の言葉に父は頭を振った。
理解不能とでも言いたいらしい。
「試作品というのは目一杯の性能を求めるのが普通だろう。にもかかわらず性能を抑えるとはどういうことなのか……」
ああ、そういうこと。
父アルブレヒトは未知の魔道具を製作するのだから可能な限り走行性能の高いものを目指すものだと考えたらしい。
普通はそうだよな。
それに対して俺の場合は量産に適した車を作ることを目標にしていた。
当然、ピーキーな仕上がりにする訳にはいかない。
操作性を無視したモンスターマシンなんて限られた技量の持ち主にしか操れないからね。
それと職人にも同等品が作れるように配慮した設計となったことも走行性能を落とすことになった要因と言える。
なんにせよ、父の考えているであろう過程を一足飛びにしたのが疑問の原因だろう。
それを可能にしたのはチートな能力と前世の知識の数々なので説明する訳にもいかない。
「父さん、シドは魔法だけじゃなくて魔道具の設計と作成でも天才的な才能を持っているのよ」
俺がどうしたものかと悩み始めたところでエレオノーラが助け船を出してくれた。
「これくらいで驚いていては頭がついていかなくなってしまうわ」
いやいや、さすがにそこまでじゃないですよ?
この先のことについては保証できないけど。
アンデッドドラゴンの復活を阻止してゲラルース王国の侵攻を少しでも遅らせなきゃならないから本気を出すことになりそうだし。
「ううむ」
姉の言葉に父は腕組みをしつつ口をへの字に曲げて唸り声を漏らす。
「どこまで先を見通しているのやら」
その発言は車に限ったことではなく、もっと広い視野で見た話であるように思えた。
色々と考えてはいるけれど言うほど遠い未来を想定したり社会の変革を目論んでいるつもりはない。
そんなことを考えるくらいなら晩ご飯を何にするかで悩んだ方が楽しいもんね。
未来なんて思い通りにコントロールできるはずがないんだよ。
それは数多の前世で嫌というほど味わってきたから間違いないと断言できる。
現に今もゲラルース王国の侵攻を食い止める方法を思いつけずにいるからね。
だから、俺のことを超越者扱いしないでほしいんですが?
読んでくれてありがとう。
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