02話 弁護士の助言
「その報復方法をぜひ教えてください」
報復する方法があると聞き、エレノアは目を輝かせた。
「婚約は契約です。法的には、婚約は商業取引の契約とほぼ同じ扱いになります」
弁護士はおだやかな口調で語った。
「あなたはアンドリュー氏と『将来結婚する契約』をした。しかしアンドリュー氏は別の女性と親密にしている。その事実は、アンドリュー氏にあなたとの『結婚の意思』が無いことの証拠になります。よって、あなたはアンドリュー氏を、商業取引における契約不履行と同じく『結婚約束不履行』で訴えることができます」
弁護士のその回答は、エレノアが望むものとは大分違っていた。
「アンドリューを訴えるのですか?」
「はい、いかにも、その通りです。あなたがアンドリュー氏との婚約の清算を望むなら、婚約にかかった費用、結婚をして得られたはずの地位や財産、婚期を無駄にして人生を破壊された損害の賠償を、彼に請求することができます」
「私はリリス・ミラーを訴えたいの。あの女に罰を与えたいのよ!」
「リリス・ミラー嬢を訴えるには法的根拠がありません。裁判官からは『訴えの理由がない』として却下されるでしょう」
「婚約者の略奪は泥棒と同じではないの?!」
「婚約という契約をしているのは、あなたとアンドリュー氏の二人です。リリス・ミラー嬢は契約に関係のない第三者ですので、訴える根拠がないのです」
「婚約を妨害されたのよ! 妨害は罪ではないの?!」
「契約侵害の不法行為であれば罪になりますが……」
「侵害よ!」
「リリス・ミラー嬢がアンドリュー氏を強引に誘拐したのでもなければ、侵害であるとは、まず認められません。一緒に食事をしたり劇場に行ったりすることは不法行為ではありませんので、リリス・ミラー嬢を被告とする訴えを起こすことはほぼ不可能です。しかし……」
弁護士は口の端で少しだけ笑った。
「彼女を法廷に引っ張り出すことはできます」
「……!」
エレノアは少し身を乗り出して、弁護士の話に耳を傾けた。
「アンドリュー氏を『結婚約束不履行』で訴えれば、必然的に、リリス・ミラー嬢を証人として法廷に呼ぶことになります。彼女はどのようにしてアンドリュー氏を誘惑したのか、彼女はその破廉恥な振舞いを告白しなければならない。そして彼女の破廉恥な告白は法廷で記録として刻まれることになります。令嬢にとってこれは大変不名誉な傷となるでしょう」
弁護士は柔和な笑顔で、令嬢に社会的制裁を与える作戦を語った。
「この事件の噂をある程度広めることできれば、新聞記者たちがこの事件を取材に来ます。彼らは貴族の醜聞が好物ですから。そうなれば、リリス・ミラー嬢の法廷での破廉恥な告白は新聞に掲載され、世間に公表されるでしょう。彼女の評判は地に落ちることとなり、彼女は社交界に二度と顔を出せなくなります。社交界から追い出されれば、良い縁談も望めなくなり、彼女の令嬢としての人生は終わることになるかと」
「それは良い作戦ですね」
エレノアは暗い微笑を浮かべた。
しかし、ふと、眉をひそめた。
「もし彼女が、法廷で正直に告白をしなかったらどうなるのかしら?」
「先程、あなたの友人知人たちがアンドリュー氏とリリス・ミラー嬢の逢瀬を目撃していたとおっしゃいましたね。その友人知人たちを証人として呼ぶことは可能ですか?」
「ええ、皆、訴えるなら協力すると言ってくれています」
「では彼と彼女がどのように親密にしていたか、目撃者たちに証言してもらえば良いでしょう」
勝利が見えてエレノアはほくそ笑んだ。
「素晴らしい提案をありがとうございます」
だが弁護士は、急にしかつめらしい顔をして言った。
「ただし、一つ問題があります」
「何かしら?」
「お若いあなたはお気付きでないかもしれませんが。訴えを起こすということは、法廷で醜聞を公にするということです。あなたの家、伯爵家も無傷では済まないという問題があります」
「どういうことですか?」
「貴族社会において、醜聞が不名誉であることはご存知ですね」
「はい」
「訴えを起こせば、伯爵家に醜聞があることが法廷で公になります。よって伯爵家の名誉も傷つくことになります。ですから、こういった事件を訴えるお方はあまりいらっしゃらないのです。特にお年を召した方ほど、醜聞を公にすることを嫌がります」
「こちらが被害者なのに?」
「理不尽と思われるでしょうが、被害者でも、醜聞は不名誉となるのです」
「……」
「貴族であれば、醜聞を避けるために法的手段はとらず、家の力を使って社会的制裁をなさる方が多いです。中には、今でも決闘で決着をつける方もいらっしゃいます。しばしば決闘騒ぎがあることをご存知でしょう」
「はい、知っています……」
実利を重んじる中産階級の発展とともに、名誉のためにやたら命を無駄にする貴族的な思想は、野蛮でナンセンスだと見なす風潮が強くなり始めていた。
しかし名誉を重んじ、名誉に命をかける貴族はまだまだ多い。
「訴えを起こすということは、家の名誉にかかわることですから、まずはご家族の理解を得ることから始めるべきでしょう」
「……そうですね……。解りました……」
エレノアはレースの手袋をしている手をぎゅっと握りしめた。
「両親に相談してみます。……このままで済ませたくないの。あの女に絶対に報復してやりたい。打てる手があるなら全て打つつもりです。どんな手でも!」
エレノアは暗い瞳でそう言った。
弁護士はエレノアのその様子を観察するように見て、そして少し考えるような顔をした。
「……レディ・エレノア、もしご両親の承諾を得られず、訴訟を起こせなかった場合ですが……」
弁護士は複雑な表情を浮かべながら、出し渋るようにして言った。
「法的な手段で、打てる手がもう一つあります」
※結婚約束不履行
十九世紀の英国で実際に訴訟になった「breach of promise of marriage」のことです。
「婚約違反」あるいは「婚約破棄」でも良いのですが、法律用語っぽくするために「結婚約束不履行」にしました。
※十九世紀の英国では、女性が男性の浮気相手を訴えることはできませんでした(夫が妻の浮気相手を訴えることはできました)。




