第四話「Quinque」(後編)
「視えるか?」
「───おおよそは」
「僕は昔から解析が得意だったし、お前は技術の盗用が仕事だろうからな」
「盗用では無いとも。僕が販売して居る技術は総て、特許が出願されてすらされて居なかった類のものであり───」
「解析はしてるのか?」
「やってるよ!!いま!文字通りに必死でね!!」
軽口のような会話だが、僕もArgentumも『文字通りに必死』の状態だった
現在、僕達は森の中をけだものの様になりふり構わず駆け抜けて居る
───背後に、視紛う事無き本物の『死』が膨れ上がり、油断すれば僕達など、この森林ごと呑み込んでしまいそうな程だったからだ
雷啓派の魔女達は、その名の通り雷に打たれる事で身躰器官を過活性させ、未来から啓示を得る
つまり、他派の魔女には理解不可能な技術躰系の魔法を操って居るのだ
奴らに依れば、更にその技術も『工学』だの『薬学』だの『医学』だのが存在するらしいのだが、どの道我々には未知の技術だ
故に、通常なら雷啓派の攻撃を受けたものは『何が起きて居るかも解らないまま死ぬ』事になる
───例えば、僕のような天才で無い限りは
現在こそ、一流の魔女とは思えない無様さで走り回っては居たが、これも解析がある程度済んだ結果の行動だった
構造を理解するまでに相当時間を要したが、あの急に発生した蒼光は、電子が急激な加速状態になった時に発するもので───いや、多くの者には『電子が何であるのか』などを説明する事になり、まるで時間が足らない
端的に言えば、原子核の分裂から生じる熱量を使って────結論だけを言おう
いま詠唱が行われて居るのは、『歴史上前例の無い程の高範囲が瞬時に焼け野原になり、余波として久遠に土地が汚染され続ける爆発』の魔法だった
「被害範囲、Argentumの予測ではどれくらいと感じた?」
僕がこう発言して以降、僕も彼も走る足を止めた
言葉よりも雄弁な答えだった
走って逃げれる程の距離では、万に一つも助からない事が大雑把な計算でさえ明白だったのだ
「魔法の名前でも考えるか」
「───こんな時にかい?」
「新しいインスピレーションに繋がる可能性は有る」
「現状では……僕たちは助かりようが無いからな」
煙草を呑むタイプの魔女ならば、きっとこういう時には火を起こすのだろう
残念ながら、僕は煙草よりチョコレートが好きな魔女だった
その為、苛々と可能性を次から次に思考の世界で考案しては棄却する事を繰り返すしか無い状態であり、それを切り替える切欠が欲しかった
「同時に言うぞ」
「そうだね、この魔法に名前を付けるなら………」
「「Nuclear Fusion」」
「…………思い付いた」
気付いた事が有り、僕はArgentumを視た
「『跳躍』の魔法でなら、空間を超越して移動する事に拠り、遠くに視えるあの山の頂上までは残された時間で逃げられるかもな」
Argentumが首を横に振る
「僕も君も、『跳躍』の魔法は昔から大の苦手だったろ」
「───最悪の場合、脳が灼き切れて死ぬぞ」
「他に作戦が有るのか」
僕は、共に移動する為にArgentumの手を握り───そして、不意に「どうして自分はこいつを助けようとして居るのだろう」と疑問に思った
しかしそれも一瞬の事で、握り返して来た手の指に籠もった『信頼』が、その隙間を埋めてくれた
「お前には出来ない」
「僕には出来る」
僕が詠唱を始める頃
背後の広場で、地獄の蓋が開いた様な空気が引き裂かれる音と共に、激しい光と色彩、そして常軌を逸した熱と風が巻き起こり始めた




