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第三話「Sanguinem」(前編)

悪くない気分だ

Argentumは整わない呼吸を繰り返しながら、「もう…やめて……」「殴らないで………」とだけ言ってきた


本当に止めるかどうかは、僕でさえ今は少し解らなかった



銃は手が届かない位置に転がって居るし、僕は倒れた彼に馬乗りになって居る

考えてみれば、僕は彼から聞き出したい情報が幾つか有った訳であるが、この状況は非常に『交渉ごとに適して居る』と思えた


僕は、嘲るように握った拳をArgentumの頬に何度も押し付け、躰重を掛ける


そろそろ話を切り出すべき時だろう

『交渉』の始まりだ



「そろそろ、君から情報を聞き出したい」


「話してくれるかな───」


人が話して居る最中だと云うのに

玄関で、思考を総て遮る程のけたたましい破壊的な音がした為、僕とArgentumは弾かれた様にその方向を視た


洞窟を元に作られた我が研究拠点は、最早、そう説明されなければ『才気溢れる気鋭の少年魔女の棲家で在った』とは解らない程に、損壊され始めて居た


被害の程度は、まだ解らない

玄関や棚、その他様々なものが、襲撃者の姿すら解らない程に、埃と木片を巻き上げ空気中に散乱して居る


その中から『何かが来る』気配だけは強烈に解った為、僕たちは行き先が洞窟の奥である事を知りつつも、『何か』から僅かでも逃れる為に走り出した



「あ、足っ!」


「………君っ、ねえ…どうして平気なんだ?」


僕の横を並んで走りながら、Argentumが狼狽を隠しもせずに尋ねる

僕は「情報を交換しよう、君からだ」と答えた



「いや……」


「でも、足が……!」


重ねてArgentumが言おうとした瞬間

彼は襲撃者から脚を掴まれ、後ろに引き倒された



Argentumの鞄が本人から離れ、洞窟の濡れた土の上を滑ったあと、壁に当たって止まる


鞄の蓋がめくれ、啓示の石版が姿を覗かせる

僕は、そこに記された『五人の魔女である少年は、殺し合う事になる』という文章を視た


続きにも何かは書いてありそうだったが、それだけでも既に情報としては大きかったし、また、これ以上立ち止まって居る時間も無かった



「僕が、闇雲に洞窟の奥へと逃げて居たと思うのか?」

口の中でそう呟くと、後ろを振り向く

襲撃者は、躰を覆う程の巨怪な狼の毛皮を被り、狼の頭部の剥製と思しき物を、複雑に縫い合せた構造の面をした怪人だった


外套の様に纏った毛皮から、僅かに手首、そして腿から下の白く、細長くしなやかな脚が視える



「血月派」


「そして手や足の骨格から判断するに、こいつも『魔女である少年』、か………」


またしても、口の中で呟く

狼を信奉する血の使徒、血月派の少年は、捕らえたArgentumの足首を掴むと、彼の全身を片手の腕力だけで軽々と持ち上げ、振りかぶった


恐らくは、叩き付ける為に



「ぼ……」


「僕に構うな!逃げろ!!」


Argentumが、涙を堪えながら叫ぶ


言われ無くても、最初から僕はそのつもりだった

魔女外套(ローブ)の内側から、薬剤を掌いっぱいに握り、二人に投げ付ける


芥子と麻の粉末から成る幻覚薬で、耐性の無い人間なら気絶する事も有るだろう



投げ付けた後、僕は後を視ずに駆け出した

背中に「この流れで本当に構わず逃げるのかよ!」と非難が聞こえたが、あんな他人の利き手を粉々にする男はここで死ぬべきだ


そして僕は、この先にある隠し通路の存在を識って居た

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