表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『戦国転生剣豪録 ――死ぬ間際の心残りは今期アニメの最終回でしたが、目覚めたら美少女閻魔に戦国転生を勧められたので本能寺の変を覆しに行きます』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

76/92

第76話 明智を呼ぶ、ただし都の望む形ではなく

 橋を太くする、と決めることと、実際に太くすることは違う。


 腹の中で覚悟が定まっても、それがそのまま世の中の形になるわけではない。

 誰に、どう伝えるか。

 どの理で前へ出すか。

 その筋を誤れば、同じ“明智を呼ぶ”でも意味がまるで変わってしまう。


 京が望んだから、明智光秀が来る。

 そう見られれば、ここまで分けてきた橋はまた一本へ寄る。

 都が困れば明智を呼べばよい。

 その便利な器へ戻ってしまえば、龍之介が京で積み上げてきた“火の形で橋を選ぶ”という理も半ば崩れる。


 だから今回の文は、呼び文であって、ただの呼び文ではなかった。

 来てほしい、と書いた。

 だがそれは都の都合でなく、安土の橋の配りとして必要だと書いた。

 そこに、信長の冷たい理と、龍之介自身が京で見てきた火の形、その両方を乗せた。


 文を出した以上、もう後戻りはない。


「……あとは、返しを待つだけか」


 宿の奥でそう呟くと、影鷹が言った。


「今さらでございます」


「そこは本当に変わらぬな」


「変わらぬものも要りましょう」


 そう言われると、少しだけ腹の力が抜けた。


 待つだけ。

 そう言えば簡単だ。

 だが待つあいだにも京の火は動く。

 人の口も、荷の順も、家の面目も、秀吉の糸も、すべてじっとしてはくれない。

 だから本当は、待ちながら次の形を整えるしかないのだ。


     ◇


 返事は、思ったより早く来た。


 信長ほどではない。

 だが、光秀の返しとしては十分に早い。

 つまり、あの人もまた文を受けた時点で、ほとんど腹は決まっていたのだろう。


 巻かれた文は短い。

 封を切る前から、妙な重みが指先へ伝わってくる気がした。


 龍之介は一度だけ目を閉じ、それから文を開いた。


 書かれていたのは、たった一行に近かった。


 承知した。すぐ出る。


 それだけだった。


 余計な理もない。

 迷いもない。

 非難も、逡巡も、都への含みもない。

 来る。

 それだけだ。


「……やはりな」


 龍之介が低く言うと、影鷹が静かに頷いた。


「はい」


「迷わぬか」


「文を見れば、迷う段ではなかったのでしょう」


 たしかにそうなのだろう。


 前の文で、重さだけはすでに渡していた。

 今回は、橋を太くする理と許しを置いた。

 ならば光秀にとっては、もはや“行くべきか否か”の問題ではない。

 安土が選んで橋を太くする段に入った。

 そう読んだ以上、あの人は動く。


「短いな」


 龍之介が言う。


「日向守殿らしゅうございます」


「重い」


「はい」


 短いから重い。

 この一行で、明智の橋は本当に動き出したのだ。


     ◇


 だが、光秀が動くと決まったからといって、それで全部が済むわけではなかった。


 むしろそこから先が、今回の肝だった。


 京が望んだから明智が来る。

 そういう形に見せてはならない。

 ではどう見せるか。

 安土が選んで、ここで橋を太くした。

 その筋を、光秀が京へ入る前にある程度まで整えておかねばならない。


「主人を」


 龍之介が言うと、影鷹はすぐに動いた。


 ほどなく商人宿の主人が現れる。

 相変わらず腰は低い。

 だが、今日はその低さの奥に少しだけ緊張がある。

 こちらの空気が変わったことを、たぶんもう嗅いでいるのだろう。


「三上様」


「少し、動く」


 そう言うと、主人の目がわずかに上がった。


「橋が、にございますか」


「そうだ」


「……なるほど」


 この男に対しては、あまり長く言葉を重ねる必要はない。

 むしろ少ない方がよい。

 余計な飾りが少ないほど、真の変化だと伝わる。


「明智殿が、でございますか」


「そうなる」


 主人は深く頭を下げた。

 だがその頭の下げ方には、驚きだけでなく“やはりそこへ行くか”という納得も混じっていた。


「ただし」


 龍之介は続ける。


「都が望んだからではない」


「……」


「火がそこまで来たからだ」


 主人は、ゆっくりと顔を上げた。


「そこは、大事にございますな」


「分かるか」


「京にございますので」


 この一言も、今日は少し違う響きに聞こえた。


 京の人間は、理より空気で物を見る。

 だが空気を作るのは、最初の理の置き方でもある。

 最初に“都が望んだので明智が来る”という器を作らせれば、その後どれだけ理を重ねても覆しにくい。

 だから今の一言は、単なる建前ではなく必要な線なのだ。


「主殿」


 龍之介が言う。


「流してくれ」


「どのように」


「安土が、火の重さを見て橋を太くした、と」


 主人は少しだけ考え、それから頷いた。


「都が呼びつけたのではなく」


「そうだ」


「なるほど。これは、言い方を誤るとすぐ器が変わります」


「だから、おぬしに頼む」


 主人はまた深く頭を下げた。


「承りました」


     ◇


 次に龍之介が会ったのは、町の荷を扱う番頭だった。


 この男にも伝えておく必要がある。

 なぜなら、光秀が来るとなれば、町はすぐ“話が大きく動く”と感じる。

 その時に、“都が明智を呼びつけた”と見れば、町の方もまた一本橋の器へ寄る。

 それは避けねばならない。


「番頭殿」


「三上様」


「少し動く」


 番頭は、主と違ってすぐに察した顔はしなかった。

 だが勘はよい男だ。

 少しの沈黙のあとで、低く言う。


「重い橋が来ますか」


「そうだ」


「明智殿」


「うむ」


 番頭はしばらく黙っていた。

 やがて腕を組み直す。


「なら、町は“いよいよ本気だ”と見ましょうな」


「そう見せてよい」


「ですが」


「何だ」


「都が望んだから、では困りますか」


 そこもやはり見えるか。


「困る」


 龍之介は即答した。


「なぜなら、それでは次からも都が橋の太さを決めることになる」


 番頭は、目を細めた。


「なるほど」


「火の重さで決める」


「ええ」


「そして、今回は重くなった」


「その通りだ」


 番頭は、そこで初めて少しだけ笑った。


「三上様も、ようやく“橋を呼ぶ側”になりましたな」


 ありがたくない言い方だが、間違ってはいない。

 ここまでは、橋を分け、持たせ、時に荷を一本通す側だった。

 だが今は、橋を太くする決断を実行する側に回っている。


「まだ終わってはおらぬ」


 龍之介が言うと、番頭は頷いた。


「むしろ、ここからでしょう」


 それもまた、その通りだ。


     ◇


 夕方には、寺社の下役筋にも話が届き始めた。


 そして届いた時の反応は、予想していた通り半分ずつだった。


 安堵。

 やはり明智が来るなら早い、という顔。

 その一方で、わずかな緊張。

 つまり場が大きくなり、自分たちの下の話だけでは済まなくなる気配への身構えだ。


 寺の下役の一人が、龍之介へ向かって言った。


「三上様」


「何だ」


「これで、話は早くなりましょうか」


 よい問いだと思った。


 皆、そこを知りたいのだ。

 明智が来れば、話は早くなるのか。

 そして、京はその“早さ”を歓迎してよいのか。


「早くはなるだろう」


 龍之介は答えた。


「だが」


「……」


「早いからといって、何もかもを明智殿へ寄せるつもりはない」


 下役は少しだけ驚いた顔をした。

 おそらく、“明智が来る=橋が一本に戻る”とどこかで期待していたのだろう。


「明智の橋は太くなる」


 龍之介は続けた。


「だが、他の橋を消すわけではない」


 その一言は、寺の下に対しても必要だった。


 光秀が来れば、都はそこへ寄る。

 それは避けられない。

 だが最初に“戻るわけではない”と置いておかねば、本当にまた一本橋になる。


「……なるほど」


 下役は、少し考えるような顔をした。


「三上様は、明智殿を呼びながら、明智殿一本には戻さぬと」


「そうだ」


「難しゅうございますな」


「知っておる」


 そこに飾りは要らなかった。


     ◇


 日が落ちる頃、影鷹が新しい報せを持ってきた。


「三上殿」


「何だ」


「出ました」


「どこまでだ」


「すでに、“都がついに明智を呼んだ”という言い方と、“安土が明智を前へ出した”という言い方が、二筋に割れております」


 龍之介は、そこで小さく息を吐いた。


 やはりそうなる。

 だからこそ先に主人や番頭へ器を置いたのだ。


「どちらが強い」


「今のところ、まだ割れております」


「ならよい」


「はい」


 少なくとも今は、都が望んだから明智が来るという一本の空気にはなっていない。

 この“割れている”ことそのものが、たぶん大事なのだろう。


「……秀吉殿なら、こういう割り方は上手いだろうな」


 龍之介が言うと、影鷹が少しだけ笑った。


「ええ。ですが今回は、三上殿が先に器を置かれました」


「ありがたいことではない」


「ですが必要にございます」


 それはそうだ。


     ◇


 夜、龍之介は改めて書き付けの前に座っていた。


 光秀は来る。

 そこまでは決まった。

 しかも、都の望みに引かれてではなく、安土が選んで橋を太くする理で。

 その筋も、まだ完全ではないにせよ、京の中で少しずつ流れ始めている。


 ここまではよい。

 だが問題はその先だ。


 光秀が来れば終わりではない。

 むしろ、そこからが本番だ。

 どの話を最初に見せるか。

 どの顔から当てるか。

 自分の橋をどこで退き、どこでなお持つか。

 秀吉の糸をどこに残すか。

 そうした荷の整えが要る。


「……呼んだら終わり、ではないな」


 龍之介が呟くと、影鷹が静かに答えた。


「今さらでございます」


「本当に、そればかりだな」


「本当にその通りにございますので」


 やはり腹が立つ。

 だが今日は、その通りすぎて言い返しようもなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ