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『戦国転生剣豪録 ――死ぬ間際の心残りは今期アニメの最終回でしたが、目覚めたら美少女閻魔に戦国転生を勧められたので本能寺の変を覆しに行きます』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第74話 呼ばれる側から、試される側へ

 見に行く者と、答えを置く者では、座る位置が違う。


 最初のうちは、龍之介もまだ“見に来た側”だった。

 寺の下役の顔を見、町の荷の滞りを見、番頭の不満と用人の含みを拾い、どこで何が詰まっているのかを測る。

 それは確かに重い役ではあったが、まだ器の外側から火を見ている余地があった。


 だが、ここへ来てその余地が薄くなり始めている。


 紙束を一本通した。

 秀吉の糸が現場で効いていることも見た。

 明智を今すぐ呼ぶ流れもひとまず止めた。

 その積み重ねの結果、京の側はもう龍之介を“ただの見分の使い”としては見ていない。


 では何と見るか。


 安土の意志の一部を背負って、答えを返す顔。


 つまり今度は、見に来た者ではなく、試される者として席へ呼ばれるのだ。


     ◇


 呼び出しは、やはり重かった。


 書状ではない。

 だが軽い口上でもない。

 公家筋の中でもこれまでより半歩ほど上に近い家の用人から、

 「安土のお考えを、少しはっきり伺いたい」

 とだけ伝えられた。


 それは、言葉の形としては穏やかだ。

 だが意味は穏やかではない。


 都はどう扱われているのか。

 安土は、京の顔をどこまで見ているのか。

 速さを押し通すだけなのか。

 明智を呼ぶのか、呼ばぬのか。

 そうしたものを、回り道ではなく、いよいよ少しはっきり答えろということだ。


「……来たな」


 龍之介が低く言うと、影鷹が頷いた。


「はい」


「今までとは違うな」


「ええ」


「探りではない」


「探りを終えたうえで、次の段へ上げに来ております」


 その通りだった。


 ここで“まだ見ております”とだけ返せば、器が足りぬと見られる。

 だが強く出すぎれば、今度は都が殻へ入る。

 つまり、また中ほどで立つしかない。

 だが今度の中ほどは、これまでよりはるかに狭い。


「三上殿」


 影鷹が言う。


「何だ」


「本日は、聞き役ではございませぬ」


「分かっておる」


「答えを置く役にございます」


 それが、ありがたくないが、いまの自分の立場なのだろう。


     ◇


 席は、これまでより明らかに整っていた。


 離れや宿の奥ではない。

 表へ響きすぎぬ配慮はある。

 だが、あくまで“きちんとした場”の顔を崩さぬところだ。

 座敷の調えも、出される茶も、掛けられた軸も、どれも不足なく整っている。


 つまりこの場は、

 いよいよ礼のある形で、礼のある答えを求める場

 なのだ。


 迎えたのは、年嵩の用人が一人。

 その後ろに、言葉少なに控える若い者が二人。

 どちらも明らかに、ただの近習ではない。

 聞いたことをそのまま上へ運ぶ耳を持つ者らだろう。


 龍之介は深く一礼し、座した。


「ご足労を」


 年嵩の用人が言う。


「こちらこそ」


「三上様は、京へ下られてから、よく下の声をご覧になった」


「見に来たのでな」


「ええ」


 用人は、そこで一息置いた。


「ですが本日は、下の声の先にあることを少し」


 やはりそこからだ。


「承る」


 龍之介は答えた。

 声音だけは、できるだけ変えない。

 ここで構えすぎれば、その構えがそのまま器の限りになる。


「都は」


 用人が静かに言う。


「安土に、どう扱われておりますかな」


 これまで何度も別の形で聞かれた問いだ。

 だが、今回は違う。

 含みがない。

 答えを返すことを前提に、きちんと置かれた問いだ。


 龍之介は、少しだけ間を置いてから答えた。


「軽くは扱っておらぬ」


「……」


「だが、安土の理の速さが、都の細やかな段を乱すことはある」


 用人は黙って聞いている。

 その黙り方は、前より深い。

 これは単なる探りではなく、言葉の骨を見ている沈黙だ。


「軽くは見ていない。だが、乱してはいる」


 用人がゆっくり繰り返す。


「そうだ」


「それを」


「無いとは申さぬ」


 ここで否定してはならない。

 否定すれば、この場はすぐに閉じる。


「では」


 用人の声が低くなる。


「安土は、その乱れをどう始末なさるおつもりで」


 来たな、と思った。


 ここが今日の肝だろう。

 つまり、もう京の側は“困っている”とは言っていない。

 困りを見ているなら、その先の始末をどう考えるのかを問うている。

 それはほとんど、安土の政の一部を代わりに語れと言っているに等しい。


「始末、か」


 龍之介は小さく繰り返した。


「穏やかな言葉ではございませぬか」


 用人は少しも顔色を変えない。


「都の顔に触れたのであれば」


「……」


「始末を問うて、無礼ではありますまい」


 その通りだった。


 ここはもう、下の荷の話ではない。

 都の顔。

 家の段。

 公家筋の面目。

 そこへ安土の速さが触れた以上、どうするつもりかを問われるのは当然だ。


「三上様」


 用人が言う。


「あなた様は、ただ見て帰るお方ではございませぬな」


 龍之介は、そこでようやくはっきりと、自分が呼ばれる側から試される側へ変わったのだと悟った。


 そうだ。

 もうこの都は、自分を“聞き役”としては見ていない。

 答えを返せる顔かどうか、その値をつけようとしている。


「見て帰るだけではない」


 龍之介は静かに答えた。


「ほう」


「だが、ここで軽々しく“安土はこう退く”とも申さぬ」


 用人の目が少しだけ細くなる。


「なぜ」


「それを私一人の言葉で軽く置けば、今度は都がその言葉を基準に安土を見る」


「……」


「それでは器が逆になる」


 これはかなり踏み込んだ返しだった。

 だが必要だった。


 京は、こちらが差し出した言葉をすぐ値に変える。

 “こう退く”と一度置けば、それが次から基準になる。

 だから、ここで個人の裁量で安売りしてはいけない。


「では、何を置かれる」


 用人が問う。


「三つだ」


 龍之介は答えた。


「まず、都の顔が傷むことを無いとはせぬ」


「うむ」


「次に、その顔を守るために安土の理を止めるわけにもいかぬ」


「……」


「最後に、その二つのあいだで、どこが最も折れやすいかを、まだ見ている」


 用人は、しばらく何も言わなかった。


 やがて、小さく息を吐く。


「三上様は」


「何だ」


「答えを置きながら、まだ全部は決めぬおつもりですな」


「そうだ」


 それが、いまの正直な器だった。


 全部を決めた顔はできない。

 だが何も決めぬ顔でもいられない。

 だから、都の顔は見る。

 安土の速さも退けない。

 そのあいだのどこが本当に折れる境かを、まだ測っている。

 それが現実なのだ。


「……なるほど」


 用人はそう言った。


「軽いようで、軽くない」


 その評は、もはや京の中で一つの決まり文句になりつつあるらしかった。


「ありがたいことです」


 龍之介はそう返したが、内心では少しだけ苦かった。


 軽くない。

 それは評価だ。

 だが、軽くないと値をつけられた時点で、橋としては少しずつ太り始めているということでもある。


     ◇


 席はさらに続いた。


 今度は用人が、少し違う角度から問うた。


「安土が橋を選ぶ、と先日おっしゃったそうですな」


「言った」


「では、どの橋を」


 来るだろうと思っていた問いだ。


 明智か。

 羽柴か。

 それとも、まだ三上龍之介自身で持つのか。

 そこを見に来ている。


「それは」


 龍之介は静かに言った。


「火の形で決まる」


「……」


「都が誰を望むかではない」


「そうでございましょうな」


「そして」


 龍之介は続けた。


「私がこの場で“次は誰”と軽く置けば、その瞬間にまた一本橋になる」


 用人の後ろで控えていた若い者の一人が、わずかに目を上げた。

 いまの一言は、かなり通ったのだろう。


「つまり」


 用人が言う。


「三上様は、いまご自分が一本橋になりかけているとも見ておられる」


「見えてきた」


 ここはもう、隠しても仕方がない。


「明智を今すぐ呼ばぬ。羽柴一本にも寄せぬ。そうして下を見、上へ答えを置けば、次は私が“まず話を当てる顔”になる」


「ええ」


「それをそのまま育てるつもりもない」


 用人は、そこで初めて少しだけはっきりと頷いた。


 たぶん今日ここで一番効いたのは、その認識だったのだろう。

 京の側は、自分が新しい一本橋になりうることまで見えているかどうかを試していた。

 そして、見えていると分かった。


「三上様」


「何だ」


「それならば、まだ少し持つやもしれませぬな」


 その言い方は、認めたようでいて、まだ試している顔でもあった。


「持たせる」


 龍之介は答える。


「できるだけな」


「その“できるだけ”が、都では一番難しゅうございます」


「知っておる」


 席はそこで終わった。

 深く詰めきらない。

 だが、確かに一段上のやり取りだった。


     ◇


 帰り道、影鷹は珍しくすぐに感想を言わなかった。


 宿へ戻り、障子が閉まり、ようやく人の気配が薄くなってから、ぽつりと口を開く。


「変わりましたな」


「何がだ」


「三上殿が、でございます」


 龍之介は少しだけ眉を寄せた。


「どのあたりが」


「最初は、“見に来た者”でございました」


「うむ」


「いまは、“答えを置く者”にございます」


 それは、嫌なほど正確だった。


 今日の席で、自分はもう様子見の使いではいられなかった。

 荷の滞りを見て回る顔ではなく、安土は都をどう扱うつもりか、その答えの器を少しは背負って座っていた。


「……ありがたくない成長だな」


 龍之介が言うと、影鷹は小さく笑った。


「戦国にございますので」


 それもまた、その通りだった。


     ◇


 夕方、安土からさらに短い返しが届いた。


 今度は蘭丸筋ではない。

 信長からの、ほんの数行の文だった。


 まだ持てるなら持て。

 だが、誰の橋を太くするかは早めに決めよ。

 京の値踏みに任せるな。


「……やはりそこか」


 龍之介が低く言うと、影鷹は頷いた。


「上様らしゅうございます」


「京が勝手に値をつける前に、こちらで橋の太さを決めろ、ということだな」


「はい」


 つまり、今日の席で露わになったことは、すべて信長の見立ての内でもあったのだろう。

 自分が試される側へ回った。

 新しい一本橋になりかけている。

 それをそのまま育てるな。

 ならば次は本当に、誰を前へ出すかを決める段だ。


「……ようやく、そこまで来たか」


 龍之介が言うと、影鷹は静かに答えた。


「はい。次は、上様が橋を太くせよと仰せになるやもしれませぬ」


 その一言が、ひどく現実味を帯びて聞こえた。


 自分の橋では、もう重い。

 秀吉の糸では、まだ軽い。

 ならば次に現実味を帯びるのは、やはり明智の橋なのだろう。


     ◇


 夜、龍之介は机の前で今日の席の言葉を整理していた。


 都の顔はどう扱われているか。

 安土はどう始末するつもりか。

 どの橋を選ぶのか。

 そして自分自身が、もう試される側になっていること。


 見に来た者ではない。

 答えを置く者だ。

 そうなった以上、この先はもう自分の器だけで長く持たせる段ではないのかもしれない。


「……面倒だな」


 最後にそう漏らすと、影鷹はいつも通り言った。


「今さらでございます」


 もはや、それが一番落ち着く返しになりつつあるのが癪だった。

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