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『戦国転生剣豪録 ――死ぬ間際の心残りは今期アニメの最終回でしたが、目覚めたら美少女閻魔に戦国転生を勧められたので本能寺の変を覆しに行きます』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第51話 火の根は、寺の縁の下にある

 大きな火は、たいてい目立つ場所から上がるように見える。


 城の屋根。

 門前町。

 兵の駐屯地。

 あるいは本能寺のように、歴史へそのまま名を刻む場所。


 だが実際には、火の根というものはもっと低いところに潜むのだろう。

 縁の下。

 土蔵の裏。

 人目につかぬ炊事場。

 誰もが大したことはないと思っている場所ほど、気づいた時には熱が回っている。


 都の火も、そういう性質のものかもしれぬと、龍之介は考えていた。


 第50話で、都に新しい火種が上がり始めたと知った。

 寺社の不満。

 兵の通行。

 人足の負担。

 公家の面目。

 町人の暮らし。

 それらがまだ表立って燃え上がったわけではない。

 だが、ばらばらだった不満が、少しずつ同じ方向を向き始めている。


 それは、ある意味で炎より厄介だった。

 炎なら見える。

 火の根は見えにくい。

 そして見えぬまま広がる。


 だから龍之介は、この段階で信長や秀吉を大きく都へ動かすべきではないと考えていた。

 まず見るべきは、火がどこでつながり始めているかだ。


     ◇


 朝まだき、龍之介は机の上に広げた紙へ新しい見出しを書いた。


 火元

 燃え筋

 風向き


 その下へ、細く項目を並べる。


 寺社そのもの。

 寺社の下働き。

 寺社に出入りする商人。

 公家屋敷の用人。

 町の顔役。

 酒肆。

 茶屋。

 宿。

 荷の出入りを扱う者。


「……大物ではないな」


 思わず呟く。


 もし火が朝廷そのものから上がっているなら、もっと分かりやすい。

 大寺社そのものが正面から怒っているのなら、それはそれで対処の筋も立てやすい。


 だが、たぶんそうではない。


 大物が直接怒る前に、その下で働く者らが先に“困っている”のだ。

 物が届かぬ。

 兵の通りで面倒が増えた。

 人足が足りぬ。

 段取りが崩れる。

 挨拶が雑だ。

 上の顔は立てねばならぬのに、下は日々の始末で手を取られる。


 そういう小さな歪みが、まず先に熱を持つ。


「三上殿」


 影鷹が現れた。


「おぬし、本当に紙の上へ火まで描き始めたな」


「火は見えぬから、まず紙の上へ出す」


「賢いやり方にございます」


「茶化しておるな」


「半分ほど」


 影鷹は机の上を見て、小さく頷いた。


「寺社そのもの、ではなく」


「その縁の下だ」


「左様にございますな」


 あっさり同意した。


「見えておるか」


「はい。都側の口入れも、似たようなことを申しております」


 影鷹は声を落とす。


「大寺の僧正や門跡が、いきなり表で“織田は困る”とは申しておりませぬ」


「だろうな」


「ですが、寺へ出入りする者。下働き。荷を運ぶ者。御用聞き。そういう者らが、“この頃やりづらい”と言い始めております」


「そこへ」


「商人が混じる」


 やはりか。


「荷が通りにくい。兵が優先される。人足が取られる。値が揺れる。そういう話が、寺の縁の下と町の店先で同じ向きになり始めております」


「公家は」


「まだ表では静かです。ですが、用人や出入りの者が“寺も町も困っておるなら、うちだけ黙ってもおられぬのでは”という顔をし始めております」


 龍之介は、そこで紙へ細い線を引いた。


 寺社の下働き。

 出入り商人。

 町の顔役。

 その先に、公家屋敷の用人。


 上ではなく、下から上へ滲み始めている。

 つまりこれは、理屈や権威で起きる火ではない。

 日々の不都合が、面目と結びついて広がる火だ。


「大きい」


 龍之介が低く言う。


「はい」


「しかも、表に出た時にはもう“誰が最初に言い出したか”が曖昧になる」


 影鷹は静かに頷く。


「そういう火にございます」


 まったく、始末が悪い。


     ◇


 その日の昼前、龍之介は都筋に通じる商人と、寺社の下役に近い口入れの者、それぞれと順に言葉を交わした。


 無論、本人が都へ出たわけではない。

 まだこの段で安土から京へ軽々しく飛ぶようなことはしない。

 距離もある。

 動けば目立つ。

 それに、まだ火の根の位置を測る段階だ。

 大きい顔が動けば、かえって火元は潜る。


 だから、来るべき者から聞く。

 安土へ上がってきた者。

 都と安土のあいだを行き来する者。

 そういう者の口から、火の匂いを測る。


 年嵩の商人は、茶をすすってから小さく言った。


「近頃、寺へ品を入れるにも、いちいち段取りが増えましてな」


「兵の通りか」


「ええ。それ自体は致し方ありませぬ」


 商人は首をすくめた。


「ですが“致し方ない”が続くと、人はだんだんそれを言わなくなる」


「……」


「言わなくなったあとで、別のところで“あれは困る”になるのです」


 なるほど、と思う。

 不満が表で叫ばれるうちは、まだ整理もできる。

 厄介なのは、表では“まあ仕方ない”と言いながら、裏で同じ愚痴がつながり始める時だ。


「寺の方は」


 龍之介が問うと、商人は少しだけ声を落とした。


「寺そのもの、というより」


「うむ」


「寺の下で動く者らが、顔を曇らせておりますな。上は上で体面がある。下は下で実入りが減る」


 その構図が、そのまま火の根なのだろう。


 別の口入れの者は、もっと直接的だった。


「寺の偉い方々は、すぐには怒りませぬ」


「だろうな」


「ですが、下の者が“顔は立てるが、腹は立つ”になっております」


 その言い方が、ひどく正確に聞こえた。


 顔は立てる。

 だが腹は立つ。

 都の火とは、たぶんそういうものなのだ。


     ◇


 夕刻近く、龍之介はようやく全体の形が少し見え始めた。


 火の根は、寺の縁の下にある。

 比喩ではなく、実際にそうなのだろう。


 寺社の偉い者が表で怒鳴る前に、

 下働きが困る。

 出入り商人が困る。

 町の顔役が困る。

 その困りごとが、公家の用人や周辺の口へ入り、やがて“都全体の空気”になる。


「つまり」


 龍之介は紙の上に指を置いて言った。


「火元は高いところではなく、低いところだ」


 影鷹が頷く。


「そして低いからこそ、広がりやすい」


「そうだ」


「大寺そのものを押さえても、もう足りぬやもしれませぬな」


「うむ」


 寺の上だけ静めても、縁の下が熱を持っていればまた燃える。

 ならば、見ねばならぬのは“偉い者をどう説くか”だけではない。

 その下にある不都合の結び目を、どうほどくかだ。


「……面倒だな」


 思わず漏らすと、影鷹がいつも通り答える。


「今さらでございます」


「今日はそれを言うと思っていた」


「期待に応えまして」


 腹立たしいが、少しだけ笑ってしまう。


 その時、影鷹がふと表情を引き締めた。


「もう一つ」


「何だ」


「火元に近い寺社筋のうち一つに、明智殿の旧縁が、まだ薄く残っております」


 龍之介は、そこでゆっくりと視線を上げた。


「……そうか」


 来たな、と思う。


 やはり都の火は、ただの行政上の不満では済まぬ。

 光秀の名が、そこへ勝手に意味を持ち始める可能性がある。


「強い縁ではございませぬ」


 影鷹が続ける。


「ですが、“明智なら話が通るのでは”と思い出すには十分な薄さにございます」


「それが一番厄介だ」


「はい」


 もし光秀の名が、本人の意志より先に都で“橋”として歩き始めれば、またあの人に重みが寄る。

 本能寺の朝の余波が、別の形で光秀へ戻ってくることになる。


 龍之介は紙の端に、小さく明智の名を書いた。

 そこから、寺社の下役層へ細い線を引く。


 まだ細い。

 だが、細いからこそ危ない。

 太い線なら皆が警戒する。

 薄い期待の線は、気づかぬうちに人を縛る。


「影鷹」


「は」


「次は、光秀殿の“名”が勝手に歩かぬよう考えねばならぬな」


「左様にございます」


「本人より先に名前が動く」


「都らしい火にございますな」


 まったく、その通りだった。


     ◇


 夜、龍之介は信長へ火元の見立てを上げた。


 寺社そのものではなく、その縁の下。

 下働き、出入り商人、町の有力者、公家の用人。

 上ではなく下から滲んでいること。

 そして、そこへ光秀の旧縁が薄く引っかかりうること。


 信長は、最後まで黙って聞いていた。


「なるほどな」


 やがてそう言った。


「火は寺の屋根ではなく、縁の下か」


「はい」


「であれば、屋根に水をかけても足りぬな」


「その通りにございます」


 信長は少しだけ笑った。


「面白い」


「私には面白くございませぬ」


「だからおぬしはよい」


 そういう理屈が本当に腹立たしい。


「龍之介」


「は」


「光秀の名が勝手に歩き始める前に、手を打て」


「承知」


「だが、今すぐ明智を前へ出すな」


「はい」


 やはり、信長もそこを危ういと見ている。


「寺の縁の下を見よ。上ばかりを相手にするな」


「承知いたしました」


 それで話は終わった。

 だがもちろん、何も終わってはいない。


     ◇


 部屋へ戻ると、影鷹が最後に一言だけ言った。


「火の根は、見つかりましたな」


「ああ」


「ですが」


「何だ」


「火の根が見つかったということは、次はそれが誰の名で燃え広がるかを見る段にございます」


 龍之介は、静かに息を吐いた。


 その通りだった。


 本能寺を止めた。

 だが止めた先の世は、もっと細かく、もっと見えにくい火に満ちている。

 それを一つずつ見つけ、燃え上がる前に手を入れる。

 それがいまの役目なのだろう。

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