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『戦国転生剣豪録 ――死ぬ間際の心残りは今期アニメの最終回でしたが、目覚めたら美少女閻魔に戦国転生を勧められたので本能寺の変を覆しに行きます』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第46話 誰に、どこまで、何を見せる

世の中には、正しいことを正しい順番で全部言えば、それで収まる話もある。


 だが、戦国のしかも信長の周りでは、そういう話の方が少ない。


 誰が何を知るか。

 どの順番で知るか。

 どの器で知るか。

 どこまでを事実として受け取り、どこからを“まだ形の定まらぬ揺れ”として置くか。


 そこを間違えると、正しいことを言ったはずなのに、人が潰れたり、場が割れたり、余計な敵意だけが育ったりする。

 そういう厄介さを、龍之介はいよいよ本気で学び始めていた。


 第45話で、光秀へはあえて全部を言わず、“持たせるために絞る”判断をした。

 それは気分のよい仕事ではなかった。

 だが、あの判断をした時点で、もう戻れぬところへ来たのだとも思う。


 つまり今の自分は、

 何を知っているか より、

 誰にどこまで何を見せるか

 を考える側へ入ってしまったのだ。


     ◇


 その朝、龍之介は一人で紙を広げていた。


 机の上にはすでに何枚もの書き付けがある。

 都。

 安土。

 羽柴。

 寺社。

 公家。

 商人。

 光秀。

 勝家。

 丹羽。

 蘭丸。

 そして信長。


 そこへ今日は、別の見出しを立てる。


 誰に

 どこまで

 何を見せる


 龍之介は、まず一番上に信長の名を書いた。


 信長へは、広く上げる。

 濁りも、未確定も、危うさも含めて。

 この男は、全部を知ったうえで使うか切るかを決める。

 むしろ、きれいに整えすぎた報告の方を嫌う。

 だから信長に対してだけは、器を整えすぎるべきではない。


 次に光秀。


 ここは絞る。

 いや、隠すのではない。

 絞る。

 見えすぎる男に、全部を流し込めば抱え込む。

 だから、必要な線だけを先に渡す。

 秀吉が都筋を嗅いでいること。

 都と寺社の空気がまだ安定していないこと。

 だが“秀吉がどこまで本能寺へ寄っているか”の濃さまでは、まだ渡しすぎぬ。


 次に秀吉。


 ここが一番難しい。


 全部を隠せば、秀吉は余計に鼻を利かせる。

 だから、あえて器を置く。

 “本能寺の朝にはたしかに急ぎの調整があった”

 “都と安土のあいだで、かなり無理に整えたところがあった”

 そのあたりまでは、いずれ耳から拾わせてよい。


 だが、誰がどこで何をしたか、誰がどこまで噛んだかまでは、曖昧にする。

 そうでなければ、秀吉はその一点へまっすぐ歯を立てる。


 最後に都。


 都へは、角を削る。

 断定を避け、面目を潰さず、安心は置くが言い切りは避ける。

 都は、強い言い切りより“聞く耳を残す器”の方が長持ちする。


「……まるで別の言葉を四つ作るようだな」


 思わずそう漏らした時、影鷹が柱の影から声を出した。


「まことに」


「おぬし、今日もそこで聞いておるな」


「便利でしょう」


「その言い方しかできぬのか」


 影鷹は音もなく近づき、紙を見た。


「信長公、日向守殿、羽柴殿、都」


「うむ」


「同じ事実でも、見せる形を変える」


「そうしなければ、持たぬ」


 影鷹は静かに頷く。


「つまり、翻訳ではございませぬな」


「……設計だ」


 その言葉を口にすると、妙に腹の底が重くなった。


 そうだ。

 ただ右から左へ流しているのではない。

 どういう器で、どの濃さで、どの順で見せるか。

 それを考えている時点で、もうただの翻訳ではない。

 流れそのものの設計に近い。


「三上殿」


 影鷹が言う。


「いまのお顔は、少し嫌そうで、少し腹を括っておられます」


「嫌だが、括るしかない」


「それで結構」


 まるで他人事のような返しだ。

 だが、他人事だからこそ冷静でもある。


「問題は」


 龍之介が紙の上を指で叩く。


「誰へ何を見せるかを、私一人の頭で決めきれると思い始めた時だ」


「……」


「そうなれば、今度は私が新しい詰まりになる」


 そこは強く意識しておかねばならなかった。


 情報を整理する。

 器を作る。

 それ自体は必要だ。

 だが、それを一人の采配で抱えすぎれば、次は自分が“何でも通る管”になってしまう。

 それでは光秀と同じ危うさを、別の形で繰り返すだけだ。


 影鷹は、龍之介の言葉を聞いて少しだけ目を細めた。


「そこまで見えておられるなら、まだ持ちましょう」


「まだ、か」


「ずっとではありませぬ」


「容赦がないな」


「事実にございますので」


 それもまた、その通りだった。


     ◇


 昼前、信長のもとへ呼ばれた。


 今日の部屋は、少しだけ開けた造りだった。

 蘭丸が控えている。

 信長は何枚かの文を前に、すでに目を通していた。


「来たか」


「は」


「どうだ」


 またそれだ。

 だが、もはや慣れてきた自分が少し嫌だった。


「誰に、どこまで、何を見せるか」


 龍之介はそのまま答えた。


「ようやくそこへ来たか」


 やはりそう返すのだな、と心の中で思う。


「申せ」


 信長が顎を引く。


 龍之介は、整理した四つの器を説明した。


 信長へは、濁りも危うさも含めて広く。

 光秀へは、抱え込みすぎぬよう線を絞って。

 秀吉へは、あえて拾わせる器を置きつつ、真の核は曖昧に。

 都へは、顔を潰さぬよう角を削って。


 信長は一つも遮らずに聞いていた。

 こういう時のこの男は本当に怖い。

 最後まで聞かせたうえで、どこが甘いか、どこが使えるかを一度に見切るからだ。


「ふむ」


 やがて信長が言う。


「悪くない」


 短い。

 だが軽くはない。


「ただし」


 来る。

 この男が“悪くない”で終えるはずがない。


「おぬし、都への器をやや守りすぎておるな」


 龍之介は少しだけ息を止めた。


「と、申しますと」


「角を削るのはよい。だが、聞く耳を残しすぎれば、向こうは“まだ押せる”と思う」


 なるほど、と思う。


 都の顔を立てる。

 それは必要だ。

 だが、逃げ道を残しすぎれば、今度はそこからじわじわ押してくる。

 とくに寺社筋や公家筋は、そのわずかな余地を長く使う。


「では」


「都には“聞く耳”と同時に“ここから先は上意にて動かぬ”も置け」


 信長は言う。


「柔らかく、だが退かぬ形でな」


 そこが、自分にはまだ少し足りなかった。

 どうしても都相手だと、角を削る方へ寄りやすい。

 だが信長が求めているのは、柔らかさだけではない。

 柔らかさの中に“退かぬ芯”も必要なのだ。


「肝に銘じます」


「よい」


 信長は続ける。


「羽柴への器は、そのままでよい」


「……」


「少し拾わせる。少し考えさせる。そうして働かせる」


「はい」


「ただし、羽柴が“自分で嗅ぎ当てた”と思えるようにせよ」


 それはかなり難しい注文だった。

 だが、秀吉相手にはそこまで要るのだろう。


 あからさまに与えられたと感じれば、あの男はその器ごと疑う。

 逆に、自分で辿り着いたと思えば、その中でよく働く。


「なるほど……」


「分かるか」


「はい。秀吉殿には“与える”のでなく、“拾わせる”形でなければ」


「その通りよ」


 信長は満足そうに笑った。


 この男は、秀吉をよく分かっている。

 分かったうえで、なお使う。

 危うい。

 だが惜しい。

 だからこそ、“どう泳がせればもっともよく働くか”へ発想が向くのだろう。


     ◇


 その日の午後、龍之介は丹羽長秀とも少し言葉を交わした。


 庭に面した廊で、丹羽は龍之介の顔を見るなり言った。


「少し、顔つきが変わったな」


「嫌な意味で」


「必要な意味でだ」


 この男も言葉が短い。


「誰にどこまで見せるか、という顔をしておる」


「やはり、顔に出ますか」


「少し」


 丹羽はそう言って、庭へ目を向けた。


「羽柴殿を前にして、全部隠す方へ行かなかったのはよい」


「それでよろしいので」


「隠しすぎれば、あの方はもっと深く潜る」


 やはり皆、そこへ来る。


「ですが」


 龍之介が言った。


「見せる器を作るというのは、少しばかり冷たく感じますな」


 丹羽は、それを聞いてもすぐには返さなかった。

 しばらく風の音を聞いてから、静かに言う。


「冷たいだろうな」


 あっさり認める。


「……」


「だが、冷たくても持たせるために要る手がある」


「はい」


「上様の政は、そういう手を要する」


 それは、まっすぐな答えだった。


「龍之介」


「は」


「全部を正しく見せることが、いつも正しいわけではない」


 龍之介はその言葉を、重く受け止めた。


「分かってはきたつもりです」


「つもりでよい」


 丹羽は言う。


「それを“当然だ”と感じ始めた時の方が危うい」


 その忠告は、かなり大きかった。


 たしかにそうだ。

 いまはまだ、情報を絞るたび、見せ方を選ぶたびに少し苦い。

 その苦さがあるうちは、まだ自分を見失いきってはいないのだろう。


「ありがとうございます」


「礼には及ばぬ」


 丹羽は静かに去った。


     ◇


 夕刻、秀吉と廊下ですれ違った。


 今日は何も仕掛けてこぬかと思ったが、そんなはずもない。


「三上殿」


 秀吉が笑う。


「羽柴殿」


「ずいぶん、お忙しいご様子で」


「皆様ほどでは」


「いやいや」


 このあたりのやり取りは、もはや儀式に近い。

 だが儀式のように見せながら、秀吉は相変わらずよく見ている。


「少し」


 秀吉が言う。


「お顔が変わられましたな」


 来た、と思う。


「そうでしょうか」


「ええ」


 秀吉は柔らかいまま続ける。


「前より少し、“どこまで見せるか”をお考えになるお顔だ」


 そこまで見抜くか、と龍之介は内心で舌を巻いた。


 この男は、人の情報ではなく、人の情報の持ち方を見る。

 そこがやはり厄介なのだ。


「羽柴殿には」


 龍之介は少しだけ笑って返した。


「そのように見えますか」


「見えますとも」


 秀吉は楽しそうだった。


「綺麗に組みたい方が、少し濁り方を覚え始める時のお顔にございます」


 それは、かなり痛いところを突く言葉だった。


 前なら不快さが先に立っただろう。

 だが今は、それを完全には否定できぬ。


「嬉しくない言い方ですな」


「誉めております」


「羽柴殿の誉め言葉は、だいたい胃に悪い」


 そう返すと、秀吉は声を立てて笑った。


「それは失礼いたした」


 やはりこの男、こちらが一歩進んだことまで拾っている。

 しかもそれを、嬉しそうに見ている。


「では」


 秀吉は軽く頭を下げるようにして言った。


「また、そのお顔でお話しとうございますな」


 そう言って去っていく背を見ながら、龍之介は小さく息を吐いた。


 やはり、秀吉はただの敵ではない。

 こちらの変化を見て、そこへ合わせて探り方も変えてくる。

 だから面倒だ。

 だが、だからこそ無視もできない。


     ◇


 夜、影鷹が現れた時、龍之介は机の前でまた紙を見ていた。


「お疲れにございます」


「本当に疲れる」


「でしょうとも」


 今日は素直だな、と思う。


「誰に」


 龍之介は紙を見ながら言う。


「どこまで」


「はい」


「何を見せる」


「はい」


「それを間違えぬようにするだけで、一日が終わる」


 影鷹は静かに頷いた。


「それが、いまのお役目にございます」


 たしかにその通りだ。


 本能寺の朝を止めた。

 その時は、もっと分かりやすい戦いだと思っていた。

 だがいまや自分がしているのは、刀も槍もなく、人が何をどう知るかを整える仕事だ。

 きれいではない。

 だが必要だ。


「……少しずつ、私も嫌な方へ慣れてきたな」


 そう漏らすと、影鷹は少しだけ笑った。


「それは成長かもしれませぬ」


「嬉しくない成長だ」


「戦国にございますので」


 やはり最後はそこへ戻るのだった。

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