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『戦国転生剣豪録 ――死ぬ間際の心残りは今期アニメの最終回でしたが、目覚めたら美少女閻魔に戦国転生を勧められたので本能寺の変を覆しに行きます』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第33話 笑顔の裏で、腹を探る

 秀吉と初めて顔を合わせたあの日の夕方、龍之介は部屋へ戻ってからもしばらく落ち着かなかった。


 信長の前での短い接触だけだった。

 長く話したわけではない。

 にもかかわらず、妙に疲れている。


 それが腹立たしかった。


 勝家と向き合えば、重い。

 丹羽と話せば、静かに削られる。

 どちらも分かる。

 分かるから、備えようがある。


 だが秀吉は違う。

 柔らかく入ってきて、場に馴染み、笑いながら、こちらへ爪を立ててくる。

 気づけば“何に疲れたのか”を言葉にしづらいまま、じわじわと消耗している。


「厄介だな」


 思わずそう呟いたところで、案の定、障子の向こうから影鷹の声がした。


「もうそれは、今日三度目にございます」


「数えておるのか」


「印象深いので」


「おぬし、そういうところだけは几帳面だな」


「忍びゆえ」


 意味があるようなないような答えだ。


 だが、影鷹の軽口に少しだけ肩の力が抜けた、その時だった。


 別の声がした。


「三上殿」


 蘭丸だ。


 いつも通り、声は整っている。

 だが少しだけ、呆れたような気配も混じっていた。


「何だ」


「羽柴殿より」


 来たか、と龍之介は思う。


「早いな」


「“今宵、少しゆるりと話せれば”とのことにございます」


 やはり来る。

 しかも早い。


 初対面で顔を見て、その日のうちに次の場を打つ。

 間を空けないのは、こちらへ考える時間を与えすぎぬためか、それとも“気軽な続き”という顔で深く入るためか。

 たぶん両方だろう。


「上様は」


「ご存じにございます」


 蘭丸は淡々と答える。


「そして」


「そして?」


「止めてはおられませぬ」


 信長らしい。

 止めないどころか、面白がっている顔まで目に浮かぶ。


「場所は」


「奥の小座敷にございます。酒は出ますが、正式な宴ではございませぬ」


 つまり、半ば私的な会話の場だ。

 だが“私的”であることほど、こういう男相手には怖い。


「……わかった」


 龍之介がそう答えると、蘭丸は一瞬だけ間を置いて言った。


「三上殿」


「何だ」


「羽柴殿は、よく喋るように見えて、ご自身の腹はあまり見せませぬ」


「勝家殿と丹羽殿からも似たようなことを聞いた」


「であれば、なおさらお気をつけを」


 それだけ言って、蘭丸は下がった。


 今日は皆、秀吉について少しずつ違う言葉で同じことを言う。

 それだけ危うい男なのだろう。


     ◇


 秀吉が指定した小座敷は、いかにも“話をするための距離”を取れる部屋だった。


 広すぎない。

 狭すぎない。

 酒と肴を置いても窮屈ではなく、かといって正式の場のように他の者が割って入りやすい空気でもない。


 信長の前での対話なら、あの男自身が場の中心を決めてしまう。

 だがここは違う。

 誰が先に柔らかく入り、どこで相手へ言葉を預けさせるか。

 そういう“会話の主導”が物を言う場だった。


 秀吉はすでにいた。


 膳は整っている。

 酒は二人分。

 供回りも最低限、部屋の外へ下げさせてある。

 この時点で、すでに“よく気がつく人間”の顔が完成していた。


「これはこれは、三上殿」


 秀吉が笑う。


「急なお誘いにて失礼」


「いえ。羽柴殿のお声がけとあれば」


「いやいや、そう固うならんでくだされ」


 秀吉は手を軽く振る。


「上様の御前ではないのです。今宵は少し、ゆるりと」


 ゆるりと、か。

 その“ゆるりと”が一番怖い。


 龍之介は席についた。

 秀吉の正面ではあるが、向かい合って斬り結ぶほど堅い位置ではない。

 少しだけ斜め。

 信長が人を置く時と少し似ている。

 相手に圧をかけすぎず、話しやすくしつつ、逃がしすぎない位置だ。


 やはりこの男、場の作り方からしてうまい。


「では」


 秀吉が盃を差し出す。


「ひとまずは、上様のご無事に」


「……ご無事に」


 盃を合わせる。

 音は小さい。

 だが、その小ささの中に本能寺の朝の残り香が混じる気がして、龍之介は少しだけ神経を使った。


 酒は口当たりがよい。

 きつすぎず、軽すぎず。

 話をしながら飲むのにちょうどいい類だ。

 そこまで計算しているのか、たまたまなのか。

 たぶん前者だろう。


「三上殿は」


 秀吉が、まるで世間話のように言う。


「都のご出身にございますか」


 最初の一手としては柔らかい。

 だがもちろん、それだけではない。


「そう申して差し支えないかと」


 龍之介は答える。


「差し支えない、とな」


「細かく申せば、都だけで生きてきたわけでもございませぬ」


「ほう」


「寺社も、町も、武家も、いろいろと覗いてきた口にございます」


 秀吉は楽しそうに頷く。


「それで、あれだけ上様の御前でも物を申せる」


 軽く褒める。

 だが褒めるということは、そこに秀吉が興味を持ったということでもある。


「羽柴殿ほどでは」


「いやいや」


 秀吉は笑う。


「わしはよう喋るだけで」


 そう言って笑う顔が、また怖い。

 自分で“よう喋るだけ”と置くことで、喋る中身への警戒を一度軽くしてくる。


「羽柴殿は、よく働かれる」


 龍之介もまた、あえてひとつ返す。


「人づてにも、文の運びにも、それはよう見えます」


「ありがたいことですな」


 秀吉は盃を傾けた。


「働かねば、上様の下では生き残れませぬ」


「その通りかと」


「三上殿も、もうそれは身に沁みておられましょう」


 そこへ来る。


 “信長のそばでどこまで食い込んでいるか”を、軽口の形で測りにくる。


「少しずつ」


 龍之介は笑って受けた。


「まだ沁み始めたばかりにございます」


「それが一番危ない」


 秀吉は、柔らかい声で言う。


「沁みるのに慣れぬうちは、つい足場を見失いがちです」


 何気ない忠告のように聞こえる。

 だが中身は違う。

 おぬし、足場はあるのか。

 信長のそばへ近づいて、自分をどう置いている。

 そう聞いているのだ。


「足場を失わぬよう、見て歩くしかありますまい」


 龍之介は答える。


「上様のおそばは、立っているだけで酔いそうですゆえ」


 秀吉が少しだけ目を細めた。


「酔いますかな」


「私は酔います」


「ほう」


「羽柴殿は酔わぬので」


 秀吉はそこで笑った。


「それはまた、ずいぶん買いかぶってくださる」


「買いかぶりではなく、働きぶりを見た印象にございます」


 秀吉は盃を置き、龍之介をまっすぐ見た。


「三上殿は、人の顔色をよう見ておられる」


 その一言で、やはり自分は“人を見る側の人間”として認識されつつあるのだと分かる。


「羽柴殿ほどでは」


「いやいや。わしなど、人に笑うておるだけにございます」


 この男、やはり絶対に自分から中身を名乗らない。

 “ただの働き者”“ただの愛嬌ある男”という位置へ、一度必ず自分を置く。

 その上で、相手に“いやいや、あなたはもっとこうだ”と言わせようとする。


 厄介だ。


「それにしても」


 秀吉が話を変える。


「安土は、都と違いましょう」


「ええ」


「どちらが肌に合います」


 来たな、と思う。


 勝家にも似た問いをされた。

 だが秀吉のそれは少し違う。

 相手を分類し、どこへ寄る男かを見る問いだ。


「どちらも、合うようで合わぬところがございます」


 龍之介が答えると、秀吉は楽しそうだ。


「それはまた面白い」


「都は、曲がることで折れぬようにしておる」


「……」


「安土は、折れぬよう真っ直ぐ立とうとしておる」


 秀吉の目が一瞬だけ深くなる。


「ほう」


「どちらにも理があります」


「で、三上殿は」


「そのあいだで、よく潰れぬものを探しておるところにございます」


 そこまで言って、少しだけ酒に口をつける。

 言いすぎてはならない。

 だが曖昧に逃げすぎても、こいつには“守っている”と見える。


 秀吉は頷きながら、ふっと笑った。


「綺麗に組みたがるお方だ」


 その一言に、龍之介は少しだけ背筋が冷えた。


 来た。


 これはただの感想ではない。

 自分の性質の核心へ、秀吉はもう手をかけている。


「そう見えますか」


「見えますとも」


 秀吉は柔らかい声で続ける。


「流れを見て、詰まりを見て、どこへ一本通せば持つかを考えておられる。たいそう結構なお働きです」


 褒めている。

 だが、その褒め方が怖い。


「羽柴殿は、そうはなさらぬので」


 龍之介が問う形で返すと、秀吉は少し肩をすくめた。


「わしですか」


「ええ」


「わしは、綺麗に組むより先に、まず勝たねばなりませぬので」


 出た。


 軽く言った。

 だが、これはかなり本音に近いだろう。


「勝つ」


「はい。人をこちらへ寄せ、場を取り、いま必要なところを押さえる。そうしてから整えることもある」


 その言い方に、龍之介は秀吉のやり方の芯を見る気がした。


 自分は“持たせる”ことから考える。

 秀吉は“取る”ことから入る。

 取ってから整える。

 だから速いし、だから怖い。


「濁して勝たねばならぬ時もある、と」


 龍之介がそう言うと、秀吉は目を細めた。


「おや」


「そういうお顔をしておられる」


「三上殿は、まことよく見ておられる」


 その返しもまた、褒めているようで探っている。


「ですが」


 龍之介は続ける。


「濁しすぎれば、あとで人が潰れます」


 秀吉の笑みが変わらないまま、目の奥だけがほんの少し静かになる。


「潰れますかな」


「ええ」


「誰が」


「背負わされる者が」


 そこまで言えば、かなり踏み込んでいる。

 光秀のことを、直接ではないが連想させるからだ。


 秀吉も、それは分かっただろう。

 だが顔色は変えない。


「なるほど」


 むしろ、感心したようですらある。


「三上殿は、勝つことより持たせることを先に見る」


「羽柴殿は、取ることを先に見る」


 互いに互いの輪郭を、ひとつずつ置いていく。

 これも会話だが、同時に査定でもあった。


「上様のおそばには」


 秀吉が盃を持ちながら言う。


「どちらも要りましょうな」


「そうでしょうな」


「ですが、三上殿のようなお方は、上様の御側では少々疲れませぬか」


 またそこへ戻る。

 だが今度は、ただの軽口ではない。

 おぬしは何に疲れる。

 何を守ろうとしている。

 そこを探っている。


「疲れます」


 龍之介は、あえて認めた。


「ですが、疲れるから離れられるとも限らぬのが、上様のおそばの厄介なところでしょう」


 秀吉が、ほんの少しだけ笑みを深めた。


「よいことを申される」


「本音にございます」


「本音だから厄介だ」


 その一言は、妙に重かった。


 この男もまた、信長のそういう引力を知っているのだ。

 恐ろしい。

 だが、だからこそ近くにいたくなる。

 その厄介さを知っているから、龍之介の返しを本音と見たのだろう。


 しばし、間が空く。


 酒は進んでいる。

 だが酔いは深くない。

 深くしてはならぬ場だと、二人とも分かっている。


 秀吉が、少しだけ声を和らげて言った。


「三上殿」


「は」


「上様のおそばで、胃を悪くなさらぬよう」


 また軽口に戻した。

 戻したように見せた。

 だが、その軽口の裏には“おぬしがどこまで保つか見ておるぞ”という響きがあった。


「羽柴殿こそ」


 龍之介も笑って返す。


「ようあの御方の速さへついておられる」


「ついていくしかございませぬ」


「そうでしょうな」


「それに」


 秀吉は少しだけ首を傾げた。


「速いお方についていく時は、自分の足で走るだけでは足りませぬ」


「……」


「場そのものを、少しこちらへ寄せることも要ります」


 それは、かなり本音だ。


 信長の速さへただついていくだけではなく、場の流れを自分が動きやすい方へ少し寄せる。

 秀吉はそうやって生きてきたのだろう。


 龍之介は、その一言を深く覚えておこうと思った。


 やはりこの男は、自分で場を取る。


 ただ従うだけの忠臣ではない。


     ◇


 話はそれ以上、深追いする形では終わらなかった。


 秀吉は急に踏み込みすぎない。

 こちらが完全に守りへ入るほどの圧はかけない。

 むしろ、“もう少し話せる”と思わせるくらいのところで一度引く。


 それがまた厄介だ。


「三上殿」


 席を立つ前、秀吉が言った。


「今宵は、ようございました」


「こちらこそ」


「また、ゆるりと」


 笑って言う。

 だが、その“また”の中には次の探りがすでに含まれている。


「いずれ」


 龍之介もそう返した。


 秀吉は去る。


 襖が閉じる。

 部屋に一人残ると、ようやく龍之介は小さく息を吐いた。


「……なるほどな」


 これはたしかに、腹を探る男だ。


 露骨に刺さない。

 だが、こちらの物の見方、疲れ方、守り方、信長との距離の取り方、そういうところを一つずつ拾っていく。

 しかも自分のことは、働き者だ、よう喋るだけだ、で済ませようとする。


 顔の裏で腹を探る。

 題名通りだ。


 その時、障子の向こうから蘭丸の声がした。


「三上殿」


「何だ」


「上様がお呼びにございます」


「……早いな」


「でしょうとも」


 やはり信長は、終わったそばから感想戦をやる気なのだろう。

 面倒な男ばかりである。


     ◇


 信長のもとへ行くと、あの男は相変わらず面白そうだった。


 秀吉と龍之介の会話を、どこまで見ていたのかは分からない。

 だが、見ていなくとも何かしら拾っている気配がある。

 それがまた怖い。


「どうだ」


 開口一番、それだった。


「何がでしょう」


「羽柴よ」


 やはりそう来る。


「……よう喋るようで、一つも油断しておられませぬ」


 龍之介がそう答えると、信長は頷いた。


「うむ」


「こちらに喋らせようとなさる」


「うむ」


「しかも、ご自分のことはほとんど見せぬ」


「その通りだ」


 信長は笑う。


「それで」


「面倒にございます」


「よい」


 またそれか、と思う。


 だがこの男にとって、“面倒だと正しく感じられること”自体が、一つの値なのだろう。


「上様」


 龍之介は少しだけ躊躇いながら言った。


「何だ」


「羽柴殿は、私をどう見たと思われます」


 信長は少し考えるような顔をしてから答えた。


「ただの都人ではない、とまでは見たであろうな」


「……」


「それで十分だ。今宵はそれ以上に行かせぬ方がよい」


 なるほど。

 秀吉も探るが、信長もまた探らせる深さを調整しているのだ。

 そこがこの男の怖さでもある。


「しばらくは、互いに腹を測れ」


 信長が言う。


「羽柴は何を拾い、おぬしは何を拾うか。そこが肝よ」


「承知いたしました」


「よい」


 それで話は終わった。


 だが、終わってはいない。

 むしろ、本当に始まったのはここからなのだろう。


 本能寺の朝を止めた。

 信長の未来図が動き出した。

 そしていま、その未来図の中で秀吉と自分の線が交わり始めている。


 龍之介は、部屋を辞しながら思う。


 会話のひとつで、こんなにも疲れる相手はそういない。

 だが、だからこそまだ会わねばならぬのだろう。

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