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『戦国転生剣豪録 ――死ぬ間際の心残りは今期アニメの最終回でしたが、目覚めたら美少女閻魔に戦国転生を勧められたので本能寺の変を覆しに行きます』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第30話 信長の未来を、誰が支える

安土の高みから降りる道は、登る時よりも長く感じられた。


 信長は前を歩いている。

 背は大きくない。

 少なくとも、勝家のように体格で圧をかける類ではない。

 だが、その背が持つ密度はまるで違う。


 この男は、自分がどこへ向かおうとしているかを知っている。

 天下を取る。

 それだけならまだ、戦国の覇者として理解できる。

 だが信長は、その先にある“世の仕組みそのものの組み替え”まで見ている。


 寺社の在り方。

 朝廷との距離。

 城の意味。

 商いの流れ。

 海の向こうとの関わり。

 勝った後の正しさ。

 偉さの形。

 人が何を目指すべきか、その当たり前まで変える気でいる。


 そこまで見えている男を、本能寺で止めた。

 止めて、生かした。


 その意味が、ようやく腹の底に重く沈んできていた。


 信長は歩きながら、一度も後ろを振り返らない。

 それでも、龍之介がきちんとついてきていると知っているような歩き方だった。

 まるで、見えているのは前だけだが、背後の人の気配も計算に入っていると言わんばかりだ。


 やがて一室へ通される。


 茶室でもなく、評定の広間でもない。

 ほどよい広さの部屋だ。

 障子の向こうには夕方の光が残っている。

 高所の風の冷たさから比べれば少し温かいが、気の緩む場ではない。


 信長が先に座し、龍之介も少し下がった位置へ膝をつく。


 しばし、静かな時間があった。


 遠くで鳥が鳴く。

 城のどこかで人が動く音もする。

 だがそのどれも、この部屋の中心へは入ってこない。

 中心は、完全に信長のもとにある。


「龍之介」


「は」


「おぬし、いま何を考えておる」


 問いは唐突なようで、唐突ではなかった。


 信長はさきほど高みで、自分の未来図の一端を見せた。

 そして最後に、見るだけで済むと思うなと言った。

 ならば次に来るのは、龍之介がそれをどう受け止めたかの確認だろう。


「……本能寺を止めたことの重さを」


 龍之介はゆっくり答えた。


「今さらか」


「今さら、にございます」


 信長はわずかに鼻を鳴らした。

 呆れたのか、面白がったのか、その両方かもしれない。


「申してみよ」


 龍之介は少しだけ視線を落とした。


「私はあの朝、上様を止めれば、それで大きな悲劇を防げると思っておりました」


「ふむ」


「ですが実際には、悲劇を止めたのではなく、本来終わるはずだったものを先へ押し出した」


 信長は何も言わない。

 だが聞いている。


「光秀殿は生きた。上様も生きた。羽柴殿は嗅ぎつけた。都と安土はまだ噛み合わぬ。家中も、表向きは変わらずとも、内側では揺れている」


 龍之介は、言葉を一つずつ置いていく。


「つまり私は、一点を救ったのではなく、もっと大きな流れを、別の形で動かしてしまったのだと」


 信長の目が少しだけ細まる。


「ようやくそこへ来たか」


「はい」


「遅い」


「承知しております」


 その返しに、信長はふっと笑った。


「まあよい。遅くとも、自分でそこへ辿り着いたならまだ使える」


 その“使える”が妙に重い。

 だが今の龍之介には、その重さが前より少し分かる気がした。


「ならば」


 信長が続ける。


「おぬし、儂の未来図をどう見る」


 龍之介は息を整える。


「大きすぎます」


「当然だ」


「人が一人で抱えるには」


「それも当然だ」


「だからこそ」


 龍之介は顔を上げた。


「誰が支えるのか、という話になるのかと」


 信長の口元が、ほんの僅かに上がる。


「ようやく題へ来たな」


 題。

 たしかにそうだった。

 第29話で未来図を見せられたなら、その次に来るのはそこしかない。


 この怪物の未来を、誰が支えるのか。


 勝家か。

 丹羽か。

 光秀か。

 秀吉か。

 あるいは誰か一人ではなく、何人もの違う強さで支えねばならぬのか。


 信長は、そこで言う。


「おぬしは、誰が支えると思う」


 厄介な問いだった。

 だが、逃げるわけにはいかない。


「一人では足りませぬ」


「ほう」


「勝家殿は武で支えられましょう。丹羽殿は流れを静かに整えられる。光秀殿は都と理を繋げる才がある。羽柴殿は人と機を嗅ぎ取る」


 信長は黙って聞いている。


「どなたも必要かと」


「ずいぶん丸いな」


「ですが、それぞれでは足りませぬ」


 信長の目が少しだけ細くなる。


「申せ」


「勝家殿は真っ向から強い。ですが、都の曖昧さとは噛み合いにくい。丹羽殿は静かに整えるが、ご自身が前へ出て大きく引っ張る方ではない。光秀殿は有能すぎて、重なればまた潰れるやもしれぬ。羽柴殿は、上様の未来図を支える一方で、ご自身の未来も必ず勘定に入れましょう」


 その言葉を口にしながら、龍之介は自分でもぞっとした。

 だが、それがいま見えている正直な輪郭でもあった。


「……つまり」


 信長が低く言う。


「皆要るが、皆足りぬと」


「はい」


「では、何が要る」


 龍之介は少しだけ間を置いた。


「噛み合わぬものを噛み合わせる手、かと」


「抽象だな」


「承知しております」


「もっと言え」


「上様の速さに、皆がそれぞれ違う仕方でついていく。その違いがあるからこそ政権は大きくもなりますが、同時にそこが歪みになります」


「うむ」


「ゆえに必要なのは、勝家殿を光秀殿のように使うことではなく、光秀殿を羽柴殿のように動かすことでもなく、それぞれの強さの違いを、噛み合わせたまま保つことかと」


 信長は黙った。


 その沈黙は短くなかった。

 龍之介は、自分の言葉がどこまで届いたかを測りかねた。

 だが、信長は話を切らない。

 それだけで十分だ。


「龍之介」


「は」


「おぬしは、自分が何をもってそこへ噛むつもりだ」


 その問いは鋭かった。

 これまで龍之介は、人を見る、流れを見る、詰まりを見る、と言ってきた。

 だが信長がいま問うているのはもっと直接だ。


 おぬし自身は、何で支える。


 そこが定まらねば、ただの口利きや便利屋で終わる。

 あるいは次の光秀のように、曖昧な役を重ねて自分も潰れる。


 龍之介は、自分の胸の内を探った。


 剣か。

 違う。勝家ほどでも、光秀ほどでもない。

 都の顔か。

 違う。生まれ育った者のようにはいかない。

 人たらしの才か。

 それも違う。秀吉のようには到底無理だ。


 では何か。


「……私は」


 言葉が、少しずつ形になる。


「人より少し、詰まりを見るのに向いておるのやもしれませぬ」


 信長は目を細める。


「またそこへ戻るか」


「戻るほかありませぬ」


 龍之介は静かに続けた。


「誰が悪い、誰が弱い、で済ませる前に、どこへ重みが寄り、どこで流れが潰れ、どこへ一本通せばまだ持つか。それを見ることなら、たぶん」


「たぶん、か」


「はい。そこを言い切るには、まだ早い」


 信長はふっと笑った。


「よい」


「は」


「己を知らぬ大言壮語より、よほどよい」


 その言葉に、龍之介は少しだけ息をつけた。

 だが、次に来るものは分かっている。

 信長が人を認める時は、そこで終わらぬ。

 必ず次の役を載せてくる。


 案の定、信長はすぐに続けた。


「ならば、おぬしの次の役をやろう」


 来た。


「は」


「羽柴秀吉と会え」


 部屋の空気が、ほんの少しだけ変わった気がした。


 それは龍之介の気のせいではないだろう。

 自分の胸の内が、一瞬だけ強く鳴ったのだ。


「……やはり、来ますか」


 思わずそう言うと、信長は面白そうに笑う。


「来るぞ。あれはもう嗅いでおる」


「でしょうな」


「文だけで済ませてはおかぬ。いずれ顔を出す」


「はい」


「ならば、その前に腹を測れ」


 龍之介は少しだけ眉を寄せた。


「私が、でございますか」


「何か不満か」


「不満というより、重すぎるかと」


「当然だ」


 信長の答えはあまりにも速い。


「羽柴は、勝家とも丹羽とも違う。日向とも違う」


「ええ」


「だからこそ、おぬしをぶつける」


 その理屈もまた、信長らしかった。


 違う者同士をぶつけ、そこで何が見えるかを面白がる。

 だがただ面白がるだけではない。

 信長はきっと、本気でそこで何かを見極めるつもりなのだ。


「上様」


「何だ」


「私は、羽柴殿にどう見えるのでしょうな」


 信長は少しだけ考えるようにしてから答えた。


「得体が知れぬ」


「でしょうな」


「だが、都の匂いがあり、安土にも噛み始めた妙な男だ」


「嫌な言い方です」


「羽柴は嫌がるだろう」


「それはあまり嬉しくありませぬ」


「だが、面白い」


 結局そこへ戻るのか、と龍之介は思う。


「で、どうします」


「会う」


 信長は言い切った。


「会うて、何を見て、何を隠し、何に食いつくか。おぬしの目で見てこい」


 龍之介は黙った。


 これはもう、断る話ではない。

 断れる立場でもない。

 それに何より、自分の中にもどこかで分かっている。

 信長の未来図を少しでも本気で見ようとするなら、秀吉は避けて通れぬ。


 あの男は、この先の織田の政権の中で、あまりに大きい。


「……承知いたしました」


 やがてそう答えると、信長は満足そうに頷いた。


「よい」


「ですが」


「まだ申すか」


「会うだけでは済みますまい」


 信長は笑う。


「当然だ」


「では」


「羽柴に値をつけられ、おぬしも羽柴に値をつけよ」


 ひどく物騒な言い方だった。

 だが言い得て妙でもある。


 秀吉との対面は、ただの挨拶にはならない。

 互いに互いを読み、どこまで使えるか、どこが危ういか、どこへ喰い込めるかを見る場になるのだろう。


「龍之介」


「は」


「本能寺を止めたことより難しいのは、この先だと申したな」


「はい」


「ならば最初の試しが羽柴だ」


 それはあまりに的確で、あまりに胃に悪い。


 龍之介は小さく息を吐いた。


「上様」


「何だ」


「できれば、もう少し胃にやさしい試しから始めとうございました」


 信長は、今度こそ声を立てて笑った。


「そのようなものがこの城にあるか」


「ございませぬな」


「そうだ」


 笑いながらも、信長の目は鋭いままだった。


「だがな、龍之介」


「は」


「おぬしが羽柴を怖いと思うなら、それでよい」


 少し意外な言葉だった。


「よい、にございますか」


「怖いと知ってなお向かえるなら、それで足る」


 その言い方は、どこか本能寺の朝にも通じていた。

 信長は、人が恐れを感じることそのものを否定しない。

 恐れぬふりをする者より、恐れを知ったうえで進む者を好むのだろう。


「……肝に銘じます」


「よろしい」


 そこで話は切れた。

 だが、龍之介の中では何も切れてはいなかった。


     ◇


 部屋を出たあと、廊下の途中で影鷹が待っていた。


 いつものように気配は薄い。

 だが、今はむしろその薄さがありがたかった。

 誰かと一言二言かわさねば、胸の重みを持て余しそうだったからだ。


「いかがでした」


 影鷹が問う。


「来るぞ」


「羽柴殿が」


「うむ。いや、正確にはこちらが会うことになる」


 影鷹は少しだけ目を細めた。


「ついに、でございますな」


「まったく嬉しくない“ついに”だ」


「ですが、避けられませぬ」


「それも分かっておる」


 龍之介は廊下の柱へ軽く手をついた。


「信長の未来を誰が支えるか。その最初の試しが秀吉だと」


「上様らしい」


「面白がっておられる」


「でしょうな」


 しばし沈黙が落ちる。


 安土の夕方は静かだ。

 だが、その静けさの奥で、次の波はもう形になり始めている。


「影鷹」


「は」


「私はいま、少しばかり胃が痛い」


「今さらでございます」


「今さらだが、今回はとくにだ」


 影鷹は小さく笑った。


「ですが、ようやく次の章へ入る顔になっておられます」


「次の章、か」


「羽柴秀吉。上様の未来図を支える者であり、同時に上様の未来図を喰うかもしれぬ男」


 その言い方は、妙にぞっとした。


 たしかにその通りだろう。

 秀吉は支える。

 だが、支えるだけの男ではない。

 必ずその先に、自分の時代も見ている。


「本能寺を止めたことより難しいのは、この先だ」


 龍之介は小さく繰り返した。


「そうでございましょう」


「……だが」


 そこで龍之介は少しだけ顔を上げた。


「それでも、見てみたい気持ちはある」


 影鷹は何も言わず、ただ頷いた。


 信長の未来。

 その未来を支える者たち。

 そして、その未来をいつか食うかもしれぬ秀吉。


 それらが真正面からぶつかるところを、自分はもう避けては通れない。

 ならば、腹を括るしかあるまい。


 龍之介は安土の空を見た。


 本能寺を止めたことで終わりではなかった。

 むしろ、ここからが本当に始まりなのだ。

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