表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『戦国転生剣豪録 ――死ぬ間際の心残りは今期アニメの最終回でしたが、目覚めたら美少女閻魔に戦国転生を勧められたので本能寺の変を覆しに行きます』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
28/109

第28話 安土の宴は、値踏みの席

信長が「今夜、軽く座を設ける」と言った時、龍之介はまず“軽いはずがない”と思った。


 案の定、軽くはなかった。


 安土において、上様が“軽く”と言う時は、たいてい本題を正面から言わぬだけで、中身は十分に重い。

 とくに今の龍之介は、本能寺の朝を越えた後、信長の側へ置かれた妙な異物である。

 そんな男を、わざわざ宴へ同席させる。


 それがただ酒を飲ませるためのはずがなかった。


「嫌そうなお顔で」


 支度を整えているところへ、影鷹が例によって気配薄く現れた。


「嫌だとは言うておらぬ」


「言わずとも、そのお顔は“宴ほど面倒な値踏みの場はない”と申しておられます」


「……図星だ」


 龍之介は小さく息を吐いた。


「正面から詰められる方が、まだ楽だ」


「柴田殿のように、ですか」


「うむ。あの方は嫌なら嫌と出る。だが宴は違う」


「違いますな」


 影鷹は頷く。


「笑うて、褒めて、酒を勧め、話を逸らしながら、どこまで腹があるかを測る」


「まったく胃に悪い」


「ですが、向いておられる気もいたします」


「褒めているのか」


「感想です」


 そこは一貫している。


 龍之介は着流しの襟を軽く直し、刀の位置を確かめた。

 宴席にあっても、丸腰の気分では落ち着かない。

 だが武張りすぎてもまた浮く。

 そのあたりの加減が、まだ完全には掴みきれない。


 安土へ来てからというもの、言葉だけでなく立ち居振る舞いそのものが“どこに属する者か”を示すと痛感させられることが増えた。

 都の顔、安土の顔、と自分で言っておきながら、自分自身の顔はまだ定まっていない。


「……まあよい」


 龍之介は呟いた。


「どうせ避けられぬ」


「左様にございます」


「ならば行くしかあるまい」


「その方が三上殿らしい」


 まるで最初から分かっていたように影鷹は言った。


     ◇


 宴の座は、評定の広間ほど大きくはなかった。


 だが小さくもない。

 内輪だけの打ち解けた酒席というには、明らかに人選に意図がある。

 勝家がいる。

 丹羽がいる。

 ほかにも、信長の近くで顔の利く者、武で立つ者、政で動く者が何人か。

 光秀はいない。

 そこにもまた意味があるのだろう。


 本能寺の朝を越えた直後に、あの男までここへ置けば、酒席の温度では済まなくなる。

 今夜、信長が見たいのは別のものだ。


 龍之介が座へ入ると、視線が集まった。


 露骨ではない。

 だが隠してもいない。

 “ああ、これが噂の”と見る目。

 “都筋の妙な男”を実際にどういうものか見ようとする目。

 “上様が近くへ置いた以上、ただの客ではない”と値をつけに来る目。


 その中へ入る。


 信長はすでに上座にあった。

 珍しく、最初から機嫌が悪いようには見えない。

 だが、機嫌がよく見える時ほどこの男は怖い。

 面白がっているからだ。


「来たか、龍之介」


「は」


「座れ」


 いつも通り短い。


 だが、その一言で位置づけが決まる。

 どこへ座るか。

 誰の近くか。

 それだけでこの場では意味が違う。


 龍之介の座は、上座に近すぎず、遠すぎず。

 客として末席へ追いやる位置ではない。

 かといって重臣の並びへそのまま混ぜるでもない。

 まさに“異物として座らせる”位置だった。


 信長らしいと思う。

 近くへ置く。

 だが近すぎて安心もさせぬ。

 常に、自分が何者として見られているかを意識させる位置だ。


 酒が出る。

 肴が並ぶ。

 香の物、煮物、焼き魚、酒に合うよう整えられた品々。

 派手ではない。

 だが粗末でもない。

 “上様の内輪の席”としては、ほどよく整えられた膳だ。


 最初のうちは、あくまで軽い話だった。


 城下のこと。

 天気。

 道の具合。

 兵の動き。

 どれも宴の手すさびとしては自然だ。

 だが、その自然さの中で少しずつ針が紛れ始める。


 最初に明確に刺してきたのは、やはり勝家だった。


「三上殿」


「は」


「安土には慣れたか」


 問いだけを見れば穏やかだ。

 だが勝家にしては珍しく、わざと柔らかく入ってきている。

 柔らかく入る時点で、もう値踏みである。


「まだ半ばにございます」


 龍之介は酒盃を置いて答えた。


「都とも本能寺とも、空気が違う」


「ほう。どう違う」


 来たな、と思う。


「都は、言葉が多い」


「安土は」


「目が多い」


 一瞬、座が静かになった。


 勝家の目が少しだけ細くなる。

 丹羽の口元が、わずかに動く。

 笑ったのか、面白がったのか、そのあたりが絶妙に分かりにくい。


「面白い返しだ」


 勝家が言う。


「嫌われますかな」


「それもまた一興だ」


 今度は信長が声を立てて笑った。


「よい。たしかに安土は目が多い」


 上様がそう言ってしまえば、場は一度そこで和む。

 だが和んだように見せておいて、次の針はまた来る。


 今度は名前も知らぬが、奉行筋らしい男だった。


「都の方と申すれば、やはり公家や寺社の言葉も日々お耳に入るのでしょうな」


「多少は」


「こちらのように、言いたいことを真っ直ぐ申すわけには参りますまい」


「真っ直ぐ申しておるつもりでも、相手にはそう響かぬことも多いかと」


「ほう」


「都では“言ったこと”より“どう言ったか”の方が残ることもございます」


 男は盃を傾けながら頷いた。


「では安土は」


「“どう言ったか”より“何を決めたか”が残る」


 その答えに、今度は丹羽が口を開いた。


「つまり、都では過程が顔を作り、安土では結果が顔を作る、と」


「近いかと」


 丹羽の問い方は、相変わらず静かだ。

 だが、静かに会話を自分の土俵へ寄せていく。

 気づけば“軽い雑談”が、すでに政の話になっている。


「では、三上殿」


 丹羽が続ける。


「その二つの顔を、どうやって一つの政へ繋ぐ」


 あまり軽い酒席の問いではない。

 だが、ここは安土なのだ。

 酒席でも本気の話は混じる。


「一つには致しませぬ」


 龍之介は答えた。


 勝家が眉を上げる。


「ほう」


「一つにしようとすれば、どちらかが無理をする。都を安土のように真っ直ぐにすれば、都が壊れる。安土を都のように曖昧にすれば、上様の速さが鈍る」


 信長が面白そうに目を細めた。


「ならば」


「繋ぐしかあるまいと」


 龍之介は酒に口をつけ、少しだけ喉を湿らせてから続けた。


「言葉を変える。届け方を変える。どこで角を落とし、どこで曖昧さを削るかを決める。それは一つの顔にすることではなく、二つの顔のあいだで噛み砕くことかと」


 勝家が低く言う。


「相変わらず、理屈は立つな」


「ありがたく」


「褒めておらぬ」


「承知しております」


 座に、わずかな笑いが走る。

 ほんの少しだけ。

 だが、その少しが大きい。


 異物が座にいる。

 最初は皆そこへ違和感を向けていた。

 だが今は、その異物がどう返すかを面白がる空気が少し混じり始めている。


 それは油断できぬ変化でもあった。

 面白がられるということは、もっと見られるということだ。


「三上殿」


 また別の男が口を開いた。

 今度は年嵩で、笑みを絶やさぬ顔をしている。

 こういう男もまた厄介だと、龍之介は知っている。


「都筋に通じ、武も少しは扱われるとか」


「少しばかり」


「本能寺でも、なかなか見事であったと」


 来た。


 本能寺の朝。

 そこへ軽口のように触れる。

 笑って済ませられぬが、怒るほど露骨でもない。

 実に宴らしい探りだ。


「大げさに伝わっておりますな」


 龍之介は少しだけ笑って返した。


「血は出しておりませぬ」


「出ておらねば、喉元へ刃を置いても大事なし、と」


 男がそう言うと、勝家が鼻を鳴らした。


「やめておけ。その辺りを酒の肴にすると、ろくな味にならぬ」


 その一言が、場の空気をわずかに締め直す。


 勝家はこういう時、露骨に釘を刺してくれる。

 ありがたいのかありがたくないのかは微妙だが、少なくとも座が変に濁らずに済む。


「失礼いたした」


 年嵩の男は笑みを崩さぬまま頭を下げた。

 だが、今ので分かったこともある。

 やはり本能寺の朝の話は、家中の中で完全に消えてはいない。

 誰も表では言わぬ。

 だが、言おうと思えば酒席の軽口に紛れ込ませるくらいには、もう“空気”になっている。


 信長は、その一連を黙って見ていた。


 何も言わない。

 止めもしない。

 ただ見ている。


 それが一番怖い。

 この男は、ここで自分がどう受けるかを見ているのだ。

 本能寺に触れられた時、怒るか。はぐらかすか。妙に正義ぶるか。

 そういうところで、信長は人の値を測る。


「三上」


 信長が不意に呼んだ。


「は」


「酒はどうだ」


 唐突な問いだった。


「嫌いではありませぬ」


「強いか」


「ほどほどにございます」


「ほどほど、な」


「潰れるほどではない、という意味にて」


「よろしい」


 信長は盃を軽く上げた。


「では飲め。話ばかりでは味気ない」


 それは“もっと砕けろ”ということでもあり、“酔って崩れるな”という試しでもあるのだろう。


 龍之介は盃を受けた。


 酒は強い。

 だが悪くない。

 安土の酒は、都の雅な席で飲んだものよりも、どこか芯が太い気がした。


 何口か進むうちに、座の温度が少しずつ変わる。

 笑いも増える。

 声も一段やわらぐ。

 だが、そのやわらぎの中で探りの針が減るわけではない。

 むしろ酒が入ったぶん、相手の問いは一見軽く、しかし芯は深くなる。


「三上殿は」


 勝家が再び口を開く。


「都と安土、どちらが性に合う」


 難しい問いだった。


 どちらが好きか、ではない。

 どちらへ寄る男に見えるかを、勝家は見ている。


「どちらも面倒にございます」


 龍之介は答えた。


 勝家が目を細める。


「逃げたな」


「いえ。本音です」


「で」


「都は、言葉で人を立てる。安土は、働きで人を立てる。どちらも筋があり、どちらも面倒です」


 丹羽が静かに問う。


「ならば、おぬしはどこへ立つ」


「そのあいだ、かと」


 龍之介は言った。


「都へ寄りすぎれば安土に嫌われる。安土へ寄りすぎれば都に弾かれる。ならば、そのどちらにも半歩ずつ足を置くしかあるまいと」


 信長がそこで笑った。


「器用なことを申す」


「器用でなければ、ここまで来られませぬ」


「違いない」


 上様がそう言えば、座も少し和む。


 だがその“和み”の中で、龍之介はよく分かっていた。

 いまのやり取り一つ一つが、全部記憶されている。

 勝家も、丹羽も、他の者らも、“都の妙な男はこう返す”と腹の中へ刻んでいるのだ。


 宴とは、記憶の席でもある。


     ◇


 夜が少し深くなった頃、座はようやく本当に酒席らしい緩みを帯び始めた。


 もっとも、それは完全な緩みではない。

 皆、上様の前では崩れすぎぬ。

 だが、最初のような“異物をどう見るか”の硬さは薄れている。


 龍之介も、自分が無事に最初の山を越えつつあるのを感じていた。


 その時だった。


 信長が、ふいに盃を置いて言う。


「次は羽柴にも飲ませてみるか」


 座が、一瞬だけ静まった。


 やはり来るか。


 勝家が露骨に顔をしかめる。


「上様」


「何だ」


「面白がりすぎにございます」


「何を」


「この男と羽柴を同じ座へ置けば、酒より先に腹の探り合いになりますぞ」


 信長は愉快そうだった。


「それの何が悪い」


「胃に悪うございます」


 勝家の返しに、座のあちこちで笑いが漏れた。

 だが、その笑いの下で皆、本気でそう思っているのだろう。


 丹羽だけは、静かに言った。


「いずれは避けられますまい」


「うむ」


「ならば、早い方がよろしいかもしれませぬ」


 信長が頷く。


「やはり丹羽は分かっておる」


「分かりたくはございませぬが」


 それもまた本音なのだろう。


 龍之介は盃を持ったまま、小さく息を吐いた。


 やはり、逃げられぬ。

 信長はもう、その先を面白がっている。

 勝家も丹羽も、時期の問題だと思っている。

 ならば、いずれ羽柴秀吉と同じ座につくのだ。


 会いたくないような。

 会ってみたいような。

 そういう相手ほど、本当に厄介だ。


「三上」


 信長が名を呼ぶ。


「は」


「どうだ」


「何がでしょう」


「羽柴と飲むのは嫌か」


 龍之介は少しだけ考えた。

 考えてから、正直に答えた。


「嫌と申せば嫌にございます」


 座に、また小さな笑いが起こる。

 だが信長は続きを待っている。


「ですが」


「うむ」


「嫌だからこそ、避けては通れぬとも思います」


 信長の目が細くなる。


「よい」


 それだけ言う。

 だが、その“よい”は軽くない。


 この男は、怖いと知ってなお向かう者を好む。

 無鉄砲とは違う。

 怖さを知ったうえで退かぬ者を使いたがる。


 だからこそ、周囲は削れるのだろうとも思う。

 光秀がそうであったように。

 自分もまた、どこかでその速さに巻き込まれつつある。


 宴は、それからしばらくしてようやく解かれた。


 皆が立ち、礼を取り、部屋を出ていく。

 その去り際に交わされる短い言葉、視線の一つ一つにも、まだ探りは残っている。

 だが少なくとも、最初に座へ入った時の“完全な異物を見る目”とは少し変わった。


 異物ではある。

 だが、ただの珍物ではない。

 それくらいには、今夜の値踏みを抜けられた気がした。


     ◇


 外へ出ると、夜気が少しだけ肌へ心地よかった。


 安土の夜は、都の夜より静かだ。

 城の明かりはあるが、町のざわめきは遠い。

 その静けさの中で、龍之介はようやく肩の力を少し抜いた。


「お疲れのようで」


 影鷹が、案の定そこにいた。


「おぬし、本当にどこにでもいるな」


「便利でしょう」


「今日はとくに、便利すぎてありがたい」


 影鷹は目を細めた。


「乗り切られましたな」


「乗り切った、というより」


 龍之介は少しだけ考えて言った。


「値をつけられた、という方が近い」


「それで十分かと」


「十分か」


「安土の宴とは、そういうものでございましょう」


 影鷹は淡々と言う。


「今夜で、皆が“都の妙な男はこう返す”と覚えたはずです」


「嫌な言い方だ」


「ですが、大事なことにございます」


 たしかにそうだ。

 宴は遊びではない。

 安土の宴は、記憶と査定の席だ。

 誰がどう笑い、どう返し、何を嫌がり、何に怯えぬか。

 そういうものが酒の中で測られる。


「それにしても」


 龍之介は空を見上げた。


「信長公は、本当に面倒なことを面白がる」


「羽柴殿との酒にございますか」


「うむ」


「避けられぬでしょうな」


「分かっている」


「では、腹を括るしか」


 龍之介は小さく笑った。


「おぬしはいつもそこへ戻すな」


「戦国にございますので」


 まったく、その通りだ。


 安土の宴は終わった。

 だが、それで終わりではない。

 今夜の座でついた値は、これから先も残る。

 そしてその先には、まだ見ぬ羽柴秀吉との対面が待っている。


 龍之介は静かに息を吐いた。


 嫌な予感は、だいたい当たる。

 長く生きていれば、そのくらいは分かる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ