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転移先は推しの作品世界〜経験したことしか書けない作家なんて……いるんですか!?〜  作者: exa(疋田あたる)


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成せばなる、はず

 けれど猪野たちには、ゆっくりと絶望に浸っている時間すら与えられない。

 魔王が倒れた。

 その巨体を作り上げていた魔力と水とがぶちまけられ、四方八方に存在するすべてを押し流さんとする。


「水がくる」

「逃げるぞ! おっさんを鳥に乗せろ!」

「でも、でも、どこへ!?」


 慌てふためく現地人たち。無理もない。彼らが知る水は、空の星から落ちてくるものだけ。

 視界いっぱいに流れてくる濁流など想像したこともないだろう。


 ――私だって、テレビで見たことしかありませんが!


 慌てるな、と誰もが言っていた。

 慌てて逃げる方向を間違えれば命取りになる、と。

 災害に見舞われた地で間一髪、生き延びた誰もが向けられたマイクにそう答えていた記憶が猪野にはあった。


 ――落ち着け、落ち着け、落ち着けっ。道を探せ、猪野ふらん! 最善の道を、オウジ先生もこの場のみんなも助かる、最高最強の手段はっ。


「助けてください! 賢者ハーウっ!」

「まったく、人使いの荒い客人だ」


 猪野の叫びに呼応して、賢者ハーウがひらりと地上に舞い降りる。

 迫りくる水の塊に彼が手のひらを向ければ、きらめく大きな紋様が宙に描かれはじめる。

 しかし。


「それじゃだめです! 相手は水、一点突破の攻撃じゃ退けきれないっ」


 ハーウの作り出した紋様を見て、猪野は彼の目的を見抜いていた。

 迫りくる水をかき分けるほどの巨大な一撃を放つつもりなのだ。


 ――それじゃだめだ。正面の水は防げても、左右の水が押し寄せてきちゃう。

 

 賢く強い賢者であっても、見も知らぬ押し寄せる水への対処がわかるはずもない。

 

「ならばどうしろと? 僕に守りの才はないのだぞ」

「爆心地にしてください! この場を、みんながいる場所を中心にして全方位に攻撃を!」

「まったく、注文の多い客で困る……」

「みんな、身を寄せ合って! できるだけちいさくまとまってっ」


 水のたてる轟音に負けじと猪野が叫ぶ。

 対する賢者ハーウは濁流を前にして焦ることもなく、紋様をいくつも宙に描き出す。


 ――先生のことは何があっても守ります! 作家を守れなくて何が編集者かっ。


 猪野はオウジの体に覆いかぶさって盾となる。青年たちも少女も巨鳥も、誰もが身を寄せあい頭を伏せていたから、その瞬間を見ていたのは賢者ハーウただひとり。

 先に描いたひとつと寸分違わぬ紋様がすべて円を結び終える。それは集団が水に飲まれる寸前のこと。

 瞬きをするまもなく到達する水を前にしてハーウは焦りは見せず、ずらりと並んだ紋様に魔力を込めた。


「爆ぜろ」


 下された命令に従ってきらめいた紋様たちが、一斉に力を放つ。

 瞬間、音が消えた。

 水と力とが真っ向からぶつかり合うその威力は、人の耳でとらえられる程度の生易しい音ではなかったから。


 ーーあ、鼓膜壊れた?


 音も光景も認識している余裕などなく、猪野が感じたのはただ衝撃。

 全身がびりびりと震えるようなひりつきに包まれて、どれほど経った頃か。


「顔をあげてみるといい」


 涼やかなハーウの声に促されて、猪野はそろそろと体を起こした。


「あ……水が、ない」


 遅れて身を起こしたカラカとパプラ、それからポフィンも周囲を見回して目をまるくする。


「なんだよこれ、全部なくなってるじゃねえか」

「地面のえぐれ、やば」 

「魔王、もういない?」

 

 あたりの景色は一変していた。

 ゆるく起伏を描いていた大地は真っ平に削られ、乾いてひび割れていた箇所にはぬかるみが生まれている。

 離れた位置に見えていたはずの街にも水は襲い掛かったらしく、巨大な壁は見る影もなく瓦礫へと変わっていた。

 だが、壊滅したわけではないのだろう。生き残った人々の騒ぐ声が遠くかすかに聞こえてくる。


 ――災害級、というか正しく災害……魔王恐るべし。というか、それに余裕で勝てる賢者のハイスペックっぷりよ。


 あたり一帯は水害にあったことが一目瞭然であるのに、その中心にいる猪野たちは濡れてさえいない。

 賢者ハーウが味方でよかった、と胸をなでおろした猪野は、はっとした。


「そうだ、先生っ!」


 生き延びた。魔王の脅威は去った。

 では、腕のなかのオウジキロク(さいおし)は?

 慌てて見下ろせば、真っ白な顔をしたオウジの姿。彼もまた魔王を成していた水で濡れてはいないはずなのに、左半身はぐっしょりと濡れている。彼自身からこぼれる赤い液体で。


「うあ、賢者ハーウ! 助けてください。先生を救って!」

「無茶を言うな。僕の能力を知っていると豪語したのはどこの誰だ。破壊しか能のない僕が救えるのは、何かを破壊してこそだ。誰かを救うことなどできはしない」


 すぐそばにたたずむ賢者は非常にもそう告げた。


「じゃあ、じゃあ、あなたの力で最寄りの別の街までひとっとびは!? あなた、地下の空洞内であったとき神出鬼没だったじゃないですか! あの力で私たちをぴゃっと飛ばして、誰か回復に特化した紋様持ちがいる街に送ってくれれば!」

「それも無理だな。あれは僕自身が魔力の塊でしかないためになせること。現に、この場所に出るときも土の下を移動してきた。それに僕の力で吹き飛ばせば、木っ端みじんになるだけのこと」


 猪野の提案はあっさりと却下されてしまう。

 

「だ、だったら、聖女を復活させてくださいよ! あなたと同じように、魔力体で構わないのでっ」

「無理だ」

 

 やけくそで叫んだ案が叶うことはないと、ハーウの冷ややかな声が告げた。

 いや、声だけでなく瞳が、表情が、彼に宿ったすべてが告げる。


「それができることなら、僕は魔王にだって魂を売り渡しただろう。それこそ彼らが、ウェニアとランギが生涯をかけて復活を願い、引き留めた僕自身の魂を売り渡してでも。だが」


 涼やかな瞳が絶望に染まる。


「無理だった。何度試しても、彼らの魂は戻ってこない。百年もあとの世界に僕だけをよみがえらせておいて、あの二人は。あの二人の魂はもうこの世界のどこにも、ひとかけらだって残っていなくて……」


 どこまでも絶望に沈んでいってしまいそうだったハーウが不意に言葉を止めた。

 まばたきをひとつ。再び涼やかな顔に戻った彼は、寂寥をにじませてまぶたを伏せる。


「たとえウェニアやランギを呼び戻す方法があったとして、結果が現れるのに百年はかかるだろう。僕が目覚めるまでそれだけの月日がかかったように。いや、彼らが二人がかりで成したことを僕ひとりで行うのだから、百年どころでは済まないだろうな」

「そんな……」


 淡々と事実を突きつけられて猪野はがくりと座り込む。

 代わりに立ち上がった青年たちと少女とが、ハーウを取り囲む。


「おいおいおい、何とかならねえのか? 賢者さんよお。賢いんだろぉ? 何かいい案出してみろよ!」

「所詮は過去の英雄? それとも語られてるように魔に堕ちてるわけ? 人を助ける気なんてゼロ?」

「センセイを助けて、ねえお願い!」


 苛立ち紛れの青年たちの言葉、真っ直ぐにすがる少女の言葉。

 すべてを耳にして、それでもハーウは静かに首を横に振る。


「無理だ。僕の紋様は攻撃に特化している。操れる魔力こそ生前よりはるかに強大になったが、誰かを助けることなど僕にはできない」

「……役立たず」

「くそっ」

「そんな……」


 絶望があたりに広がる、そのただなかでふと顔を上げたのは猪野だった。

 

「……やれるのでは?」

「は?」

「いや、お前、話聞いてたか? だいじょぶか? 俺が説明してやろっか?」

「お姉ちゃん……」


 一斉に向けられる怪訝な目など気にせず、猪野は「うん、やれる。はず!」と息巻いた。

 ついにはハーウまでも困惑した様子をみせる。


「何度も言っているが、僕の紋様は攻撃に特化していて……」

「知ってます! ですが、それは昔の賢者ハーウの話では!? あなたは生まれ変わった。魂だけの存在なんでしょう。魔力の塊なんでしょう? だったら何とかなるでしょう!」

「そんな乱暴な理論がまかりとおるわけが……」

「あろうがなかろうが、やるんです! そうしなきゃ先生は助からないんだから。お願いします!」


 猪野は必死に言い募る。それはそうだろう。今ここで諦めるのは、オウジの命を諦めるということ。


 ──そんなの許せるわけがない! 私はハッピーエンド至上主義なんです!


 いっそ睨む勢いでハーウを見つめる。

 思いが伝わったのか、猪野の熱意に折れたのか。

 ハーウはため息をひとつ。


「試そう。保証はしないが」

「構いません! ありがとうございます!」

「礼は成功してから言うんだな」


 

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