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転移先は推しの作品世界〜経験したことしか書けない作家なんて……いるんですか!?〜  作者: exa(疋田あたる)


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辿り着くならハッピーエンド

「とはいえ、僕には魔力を回復の形に練ることなどできないのだが」

「構いません。そんなときこそ役立つのが、この私。猪野ふらん!」


 さっそく困った様子を見せるハーウに、猪野はどんと胸を張った。


「お前、紋様の知識があるのか?」

「お姉ちゃん、花の紋様もってるの?」

「花というより雑草……」

「はい! パプラはそれじゃモテませんからね?」


 びしっ、と指摘してから「紋様はありません」と答える。


「知識というのが描く紋様の形だとか紋様と特性のつながりを指しているのなら、それもないと言わざるを得ないかと」


 オウジキロクは小説家だ。オウジの書いたものは文字だけの世界であり、それを読んでこの世界の知識を得た猪野もまた、文字だけでしかこの世界を知らない。


 ――挿絵はあったけど、実物とは違っているし。髪色だとか雰囲気は似てはいるから、オウジ先生の希望を聞いて作画されたのだろうけど。


 ハーウの容姿についても、挿絵そのままではなかった。戦闘シーンのイラストには紋様も描かれていたけれど、ハーウが描いたものとは別物だった。


 ――描写力の高い先生でも、さすがに文字だけで紋様を伝えきれはしなかったわけだ。うーん、推しの人間味が感じられてハッピー! っと、今はそれどころでなく。


 うっかり逸れかけた思考を戻して、猪野は「ですが」と口にする。


「文言なら覚えています。聖女ランギの唱えていた最強の回復をもたらす文言を!」

「……僕の文言も誦じていたのだから、聖女の文言も覚えていたとて今さら驚くまい」


 目を細めたハーウは、出会ってすぐ猪野が披露した花紋知識を思い出しているのだろう。あれこれ語ったなかで、確かに彼の文言を唱えてみせた記憶があった。

 けれど彼の表情は晴れない。


「文言がわかったからといって、扱えるようなものではない」

「私はそうは思いませんっ」


 弱気を吹き飛ばすべく、猪野は吠えた。


「私には魔力の扱いはわかりません。けれどあなたは魔力を自在に操れる存在となったのでしょう? だったら、想像してください! あなたの魔力で人が癒される様を。かつて聖女そうしていたように、傷を癒やす自分を! きっと聖女の文言があなたの助けとなりますからっ」

「むう、そうだろうか……」


 暴論だろうがなんだろうが、やってみなければ始まらない。

 成せばなるというし、押してダメなら押し通すのが猪野のスタイル。

 ハーウが迷いをみせたここが、押しどころとみた。

 なにより時間がない。


「責任なんて持たなくて構いませんから。とにかく、お願いします! 諦めたくない。先生を助けられる可能性があるなら、なんだってしたいんです!」


 必死に訴える猪野のひざには、ぐったりとしたオウジの頭があった。ずっしりとのしかかる重さは意識をなくした人の重みなのか、あるいは失われようとしている命の重みなのか。


「……わかった。こんなことで諦めていては、ランギに鼻で笑われるだろうからな。ウェニアは……面倒くさがりながらもきっと手を貸しただろう。僕も、僕にできるだけのことをしよう」




「『雫よ降れ此方に。雫よ降れ貴方に』」


 猪野はオウジの手を握って記憶にある文言を諳んじる。

 その隣に立ったハーウは、寝かせたオウジの身体に手のひらをかざしていた。

 じわり。手のひらに柔らかな光が滲む。

 水が湧き出すようにじわじわと強さを増していった光は、やがて雫となってオウジの体に滴る。


 けれど。


「ああ……!」


 悲痛な声をあげたのは、固唾を飲んで見守っていたポフィンたち。


「だめだ……こぼれていく」

「なんでだよ! あんた、賢者じゃねえのか? なんとかしろよ!」


 たまらず苛立ちをぶつけるカラカに、猪野は視線を向けないまま首を横に振った。それに気づいたのはパプラだ。


「カラカ、こらえて」

「けどよぅ!」


 彼らのもどかしさはよくわかる。

 こうしている間にもオウジの呼吸が止まってしまうのではないか。命がこぼれ落ちてしまうのではないか。

 不安で不安でしかたない。


 ──そんな時こそ焦っちゃダメだと、大人な私は知っているわけで!


 猪野は焦ってしまいそうな心を必死に押し込めた。


「賢者ハーウ、続けてください! まだ、諦めるにはまだ早いはずですっ。まだ文言は終わってません! 『宙に生まれし雫。巡る、巡る、その流れのひと雫を……』」


 ハーウの返事も聞かずに猪野は唱え続ける。想いを込めて、祈りを込めて。

 弱まりかけた光がじわりと広がる。ハーウが再び魔力を練りはじめたのだ。


 祈りの言葉と清らかな光。

 注がれてはこぼれ落ちる祈りと魔力。


 ──どうか受け取って、オウジ先生。どうか生き延びて、新作を書いてください……!


 ぽつ、とオウジの腹に光が宿ったのはそう願ったときのこと。


「おい、光ってるぞ!」


 カラカの声は奇跡を邪魔しないようにと控えめで、けれど興奮は抑えきれていない。


「わあ……! すごい、これが紋様の奇跡!」


 ポフィンがはしゃいだ声をあげるのもうなずける。

 一滴、オウジの身体に光が宿ったかと思えば、そこからは景色が一変した。

 滴る光はオウジの身に次々と降っては、水が大地にしみ込むように消えていく。そのたびオウジの腹に開いた穴が塞がっていくのが見えて、猪野は泣きそうになる。

 

「まだ止めないで。もっと続けて」

「うぐっ……『巡れ巡れその一滴。巡れ巡れ命へ』」


 泣きたい気持ちをパプラになだめられ、猪野はなおも言葉をつむぐ。

 言葉と魔力が絡まり合うような感覚があった。

 発する前に引き出されるような、音が勝手に出てくるような不思議な感覚。

 ちらりと視線だけで横を見れば、ハーウもまた横目で猪野を見ている。わずかな驚きを乗せたその表情で、猪野は悟る。


 ──賢者ハーウも同じ感覚があるのでは? 魔力が勝手に出ていくような、意識しなくても魔力が練られていくような感覚が。


 操られるようにして文言が紡がれ、魔力が練り上げられていく。

 輝きを増す光によって、みるみるうちにオウジの腹の傷が塞がっていった。

 やがてふと光が弱まったのは、猪野が言葉を止めた時のこと。流れるように紡いでいた文言の途中だった。


 ──ああ、これでおしまいなんだ。


 そう直感した。注ぐのをやめた光が静かに霧散していく。

 続けるつもりだった言葉の代わりに息を吐いた猪野の手に、ぎゅうと力が込められる。オウジの手だ。握っていたオウジの手が、猪野の両手を握り返しているのだ。


「先生!」

「……ぅ、ああ?」


 顔を覗き込むとオウジがうっすら目を開けるところだった。

 蒼白だった顔にも色がいくらか戻ってきている。何より、血をこぼし続けていた傷がすっかりと塞がっていた。


 ──もう大丈夫だ。


 安堵に笑みをこぼした時、再びあたりに光が舞った。


「賢者ハーウ? もう癒しは十分ですが」

「僕じゃない」

「ええ? 俺らでもねえぜ?」

「そもそも花紋を持ってない」

「センセイとお姉ちゃんが光ってる!」


 ポフィンの声で猪野は気づいた。

 光っているのはオウジだけではない。猪野もまた、光に包まれている。


「ああ……」


 ──戻る時が来たわけだ?


 それは直感。けれどきっと事実。

 オウジの言っていた通り、来る瞬間も戻る瞬間も選べないらしい。


「私たち、帰る時間みたいです!」


 にいっと笑ってみんなに手を振る。


「はあ? 何言ってんだ」

「あんたも花紋持ち? 花紋で奇跡起こしてる?」

「お姉ちゃん、どこ行っちゃうの!?」


 口々に上がる質問に答えたいけれど、別れを告げる時間がどれだけあるのか。

 わからないらから、猪野は告げるべきことを告げる。


「ありがとうございました! 手帳は好きに使ってくれて良いですが」


 ──日本語で書いているから読めないか。転移者特典はどれくらい有効なのかな?


 ふとよぎった考えは、考えるだけ無駄かと思い直す。それよりも伝えるべきことがある。


「カラカ、パプラ! 魔力と水の関わりを大勢に伝えて歩いては? 特権階級たちに盛大な嫌がらせができるかと」

「おおお? 面白そうだな?」

「どうやって伝え歩くのさ」

「吟遊詩人です。ポフィンは歌がうまいから、三人で歌い歩けば良いんでは」

「えええ、あたし?」


 驚くポフィンの姿がかすむ。いや、かすんでいるのは猪野とオウジか。

 ポフィン、カラカとパプラの姿がにじんで声が遠ざかる。抗いようもない力に押し流されているのを感じた。


「界をまたぐ観測者」


 真っ白な視界、無音のなかで落ちてきたのはハーウの声。

 魔力に乗せているのか、白い視界にちらちらと光が舞う。


「僕らのことを書き残してくれたこと、感謝する」


 それだけ告げて声は途切れた。

 真白い空間はやがて光に包まれていき。




「あれ……ここ、オウジ先生の部屋の前……?」


 瞬いた猪野は古ぼけたアパートの廊下に座り込んでいた。

 膝の上のオウジがゆっくりと身を起こす。


「今回はずいぶん早く戻ってきたな」

「先生! 怪我はっ」

「治してくれただろ、ハーウとあんたが」


 ぺらり、オウジがめくってみせたシャツの下には傷のない腹。自分の力でしっかりと身体を支えて座るオウジは、姿勢こそだらりとしているが危なげない。

 もう大丈夫なのだと、改めて実感して猪野は涙ぐむ。


「……先生、あんまり筋肉無いんですね。解釈一致っ」

「うるせぇな」


 猪野にぼやいてオウジは廊下の天井を見上げた。


「……ハーウが、最後に言ってた言葉。聞こえたか?」

「観測者、というやつですか。界をまたぐという。人外パワーでそういうのわかっちゃうんですかね?」

「いや、そっちもだが」

「『感謝する』って、言ってましたね」


 オウジがぴたりと口をつぐむ。


「先生が賢者ハーウのことを、勇者や聖女たちの戦いを書き残してくれたことに感謝してました」

「……ああ」


 ため息のような声には、喜びと安堵がにじんでいた。


「先生が転移させられてきたこと、意味があったんです。先生が生きて、見て、書いて、残して、伝えてきたこと。意味があったんです!」

「ああ……」


 そっぽをむいたオウジの肩がかすかに震えていた。彼が泣いているのかどうか、猪野からは見えない。

 覗き込むのも違う気がして、猪野は微笑む。


「先生、私が賢者ハーウに伝えたんですからね。先生が賢者たちの旅を見ていたこと。胸をいため、すべてを書き記していたこと。つまり、先生は私を褒めても良いと思うのですが?」

「は、ははっ! ずいぶんと厚かましい編集だなあ」

「いえいえ、厚かましくなんてありません! 先生のお部屋を聖地巡礼させてもらえば十分なので! あ、もうひとつりました。先生の名刺が欲しいです。名刺交換を希望しますっ」


 控えめに希望を告げれば、オウジが立ち上がって振り返る。

 

「名刺なんて持ってねえよ。俺は体験したことしか書けない、ぽんこつファンタジー作家だからな」


 口の端を歪めて笑う様は一見ニヒルだが、その目には楽し気な気配がちらついていた。

 言葉と共に差し伸べられた手をがっしり掴みながら、猪野は決心する。


「オッケーです。それじゃあまずは、名刺を作りましょう。先生の写真入り名刺を、先生の部屋で!」


 立ち上がりざま、取り出したスマホの写真フォルダを開く。表示したのは異世界についてすぐに撮った、オウジの写真たち。


「この写真をシルエットにして使うのはどうです? いや、彩度を落としてイラスト風にして使うのもありか」

「おい、それは著者近影で使うとか言うから撮らせたんであって」

「もちろん著者近影でも使いますがね! 本はすぐ出ないじゃないですか。それとも先生、今回の異世界転移を速攻で書いて原稿を預けてくださるおつもりだったり!?」


 わくわくを抑えずに顔を寄せれば、オウジは身を逸らして迷惑そうにする。


「あー、どうだろうな。まあ、書くのは書くんじゃねえか。ぼちぼちとな、ぼちぼちと」

「んふふふふふふ」

「なんだよ」

「いぃええ〜、べつにぃ?」


 作家が書く気になっていて、編集者(見習い)としては嬉しい限り。

 にまにまゆるむ頬をそのままに、猪野はオウジの部屋の扉に手をかけた。


「それじゃあ、名刺作って交換しましょう。先生の初、名刺交換は私のものなので!」

「はあ?」


 一方的な約束を取り付けて、開いたドアを押さえた猪野はオウジに入るよう促す。


 ──オウジ先生の新作原稿、期待しててくださいって編集長に言っとくべき? 『オウジ先生との相性抜群なようだから、専属編集になってもらおう』なーんて言われちゃったり!


 楽しい未来に想いを馳せつつ、オウジの背中を追って玄関をくぐる。

 オウジの目を通した今回の異世界は、どんな物語として書かれるのだろう。猪野はオウジキロクのいちファンとして、そして編集者としてわくわくするのだった。


〜終〜

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