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転移先は推しの作品世界〜経験したことしか書けない作家なんて……いるんですか!?〜  作者: exa(疋田あたる)


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一難去ってまた一難

「あ〜あ、だから言ったのにぃ」


 緊迫した場に不似合いな呆れ声。声の主であるプラタナスを振りかえれば縛られ転がったまま、にまにまと笑っている。鼻血を垂らしていることも相待って不気味だ。


「お前の仕業か?」

「うう〜ん? そうとも言えるしぃ、そうじゃないとも言えるなあ」


 なんとも煮え切らない返事。

 カラカの剣呑な視線にもプラタナスは動じない。それどころか、楽しげに笑って見せる。

 

()()、今すんごい魔力の塊だから。魔力遮断するこの部屋から出しちゃだめなんだよぉ」


 プラタナスの視線はオウジに真っ直ぐ向けられていた。つまり『それ』が指すのはオウジのこと。


 ──さっき詰め込まれた宙水のせいか。


 魔力がからっきしのオウジには腹が膨れて苦しい以上の自覚はないが、事実なのだろう。プラタナスはふざけた言動をするけれど、事実でないことを口にすることはなかったから。


「ああ? じゃあ、もっかいこの部屋に入れば」


 俺、天才! とカラカが顔を輝かせるが、プラタナスはおかしそうに笑う。

 

「無駄無駄ぁ〜。一回補足されちゃったんだもーん。取り込むまで魔王は止まんないよぉ」

「その理論からいくと、水を溜め込んでいるこの街が無事なのはなぜだ?」

「今いるかあ? その話」


 つい気になって尋ねればカラカは呆れ声。しかしプラタナスは「良いよ、良いよぉ」と頷いた。


「水はねえ〜、ぜぇんぶ地下に貯められてるんだよぉり魔力を遮断する特殊素材でできたおっきなプールがあってねぇ。もちろん、天井も壁もおんなじ素材。この建物もいっしょ。そんで、使う時は少しずつ、魔王に気づかれないくらいの量を取り出して使ってるんだってさあ〜」

「なるどな。考えられているわけだ。街全体を覆えるほどの量はないのか?」

「そーそー」

「おい! そういうの良いからさあ。逃げようぜ!」


 苛々と吠えたカラカの肩越しに目を向ければ、魔王の姿がずいぶんと近づいている。

 唸り声だろうか、低く地に響くような音も聞こえてきていた。


 ──逃げるべきなのか? あの龍は俺を狙っているわけだから、俺が街を出れば済む問題なんじゃ。


 猪野が聞けば起こり出しそうな自己犠牲に思考を巡らせたのは、オウジが答えを出す前にカラカは駆け出す。


「逃げきれないと思ったら、帰ってきてねぇ〜。ナカに入れた魔力、抜いたげるからさぁ。壊れるのはもったいないよぉ。まだ実験したいこといろいろあるんだもん」


 プラタナスの声を背に建物を出ると、あたりは騒然としていた。

 駆ける人、大声で指示を出す人、青い顔で早足に去っていく人。

 こんなにも人がいたのかと思うほどのごった返しのなか、オウジたちに目を向ける者はいない。皆、それだけの余裕がないのだろう。


「おーおー、賑わってんなあ」


 カラカが見上げる先には、地上から生えたいくつもの砲台が見えた。

 ゆっくりとだが動いているらしい砲身が空で身をくねらせる魔王に向けられている。動きに合わせてブシュ―ッ、ブシュ―ッと太い音が大気を揺るがす。そのたび白い煙が上がっては、空に消えていく。どこか熱く湿ったにおいがあたりを埋め尽くしているのは、散らばった蒸気のためだろう。


 ――ああ、さっき聞いたうなるような音は、砲身を動かす音だったか。魔王の鳴き声ではなかったんだな。

 

 納得しつつ、オウジは驚いていた。

 

「蒸気機関なのか。あれは、よくある道具なのか?」


 以前、百年前に来たときにそんな機関はなかった。存在はしていたのかもしれないが、少なくともオウジが目にした範囲に普及はしていなかった。

 思わず尋ねれば、カラカが「んなわけねえだろ」と笑う。


「俺だってはじめて見るぜ。ここじゃ知らねえけど、よその村や町じゃ見たことねえ。第一、生活するための水で精一杯だっての」

「ああ、そうか。そうだな」

 

 ――潤沢な水を溜め込んだことで攻撃手段を得たというわけか。その水を狙って魔王が来ているのだから、皮肉というべきか本末転倒というべきか。

 

 あわただしい人の隙間を縫って、カラカは街の外縁に続く扉に手をかける。迷いはない。迷っているのはオウジだ。

 

「本当に逃げる気か」

「ああ? そりゃ逃げるだろ」

「仲間は」

「パプラたちなら別行動だ。待ち合わせしてあっから、問題ねえ」


 走りながらとは思えないほどの会話の速度。打てば響くような返事にオウジは言葉に詰まった。本当に聞きたいことは他にあったからだ。

 迷っているうちにもカラカはどんどん進んでいく。

 蒸気で満ちた中央を抜け、街の外へ、外へ。魔王から逃れるように離れていく。

 

「……なあ、俺を置いてってくれ」

「はあ? 何言ってんだ、おっさん!」


 顔をしかめながらもカラカは足を止めない。

 おかげで二人は人が一番多く住まう街中に出てきていた。数日前、猪野と現地の少女を連れて歩いた通り。活気にあふれていたその通りも今は

逃げ惑う人々で埋め尽くされていた。穏やかさもにぎわいも、すべてが恐怖と混乱で塗り替えられている。


「この事態を招いているのは俺だ。俺を街の外、魔王が向かってきているあたりに捨て置いてくれれば騒ぎは収まるだろう」


 自己犠牲、というべきなのだろうか。

 けれどオウジはもう疲れていた。何度も何度も繰り返される異世界転移。そのたびに人の命が失われる様を目に焼き付けさせられて、けれどオウジだけが無事なまま安全な日本へと返されて。

 そのたび、オウジの心は擦り減っていった。

 擦り減った心と距離を置くために文字にして残してきたけれど、それももう限界だ。


 ――親とは縁が切れている。弟妹とも疎遠だ。一番気にかけてくれてるのは編集長だが、あの人も仕事の付き合いだからな。うまいこと忘れてくれるだろ。


 これ以上、無力感と罪悪感に苛まれるのは耐えられない。

 自己犠牲というよりも自己中心的な考えでそう願ったのに。

 カラカはぴたりと足を止め、べっと舌を出す。

 

「やーだね!」


 返されたのはあっさりとした拒否。


「は……なぜだ。君と俺との間に特別なものは何もないだろう。むしろこの世界に生きる君からすれば、街を壊されるよりも安いものだろう」

「そりゃそーだ。俺とアンタはなんの関わりもねえ。けどな、俺とこの街も大した関わりなんかねえんだぜ?」

「いや、それはまあ、そうかもしれないが……」


 まごつくオウジにカラカはさらに告げる。


「世界だとかなんだとか、やたらでけえ話してっけど。関係ねえやつらがどうなろうと、どうだって良いだろ。俺は俺が中央の連中を笑ってやりてえから、アンタを連れて逃げる! そう決めてんだ」


 きっぱりと、あまりにもきっぱりと言われてしまったオウジは絶句した。

 しかし言われてみれば確かに、彼には世界のことなど関係ない。


「アンタだって別に、誰かにこの街のこと頼まれたわけじゃないんだろ? ん、世界か?」

「ああ、まあ、そうなんだが……」


 その通りだった。

 オウジがこの世界に来る時に、神のような存在に会ったわけではない。百年前の転移時に勇者たちに「世界を頼む」なんて言われたわけでもない。


 ──ああ、そうだった。勇者も聖女も賢者も、世界を救おうなんて大それたことは考えていなかったな。


 ただそれぞれの守りたい人、町、物のために戦っているうちに、世界を救うことになっていただけだ。


 ──けれど、俺がここに来たことに何か意味があるのなら。


 そう考えて、オウジは気がついた。


 ──違う……意味があって欲しいと。俺がそう望んでいるだけなのか。


 気付かされて、呆然とする。

 気負う必要など何ひとつ無かったのではないかと、思い至ったのだ。


「つーか、アンタが勝手に命を投げ出したらアイツがうるせえだろ」

「あいつ?」

「猪野ふらん」

「ああ……」


 それは確かに、と納得した。


「ぜーったい大騒ぎして周りを巻き込んで、なんやかんやどうにかしちまうんだぜ」

「そうだろうな」


 容易に想像できる。

 猪野が飛び出してきて、騒ぎを大きくしながらも解決に導く姿が。


「そういえば、猪野は……」


 あの編集者もこの後に合流するのか。そうたずねようとしたとき、大気が揺れた。雷かと空を見上げたとき、一瞬遅れて地が揺れた。


「大砲か!」

「お、命中!」


 大気を揺らした音の発信源は街の中央から伸びる大砲。そこから放たれた砲弾が魔王の体を包み込む。砲身からこぼれる蒸気が晴れて、空が見えて。


「無傷……」


 姿を見せた魔王に、傷ついた様子はかけらもなかった。

 ゆるりと身をくねらせた魔王が吠える。


「わはっ! めちゃくちゃ怒ってやがる!」

「ああ、だろうな……」


 ビリビリと空気が揺れるほどの咆哮。

 一瞬、静まり返っていた街のあちこちから悲鳴と怒号が上がった。

 次々と砲身から蒸気とともに弾が放たれるが、速度を増す魔王の動きは止まらない。

 魔王は街の中央を目掛けて飛んでいく。オウジという魔力の塊を狙っているのではなかったり地下に溜め込まれた水の存在に気がついたのかもしれない。


「俺たちも逃げるぜ! あんなの相手にしてられっかよ!」

「ああ」


 もう反論する気は起きなかった。答えたオウジを抱え直し、カラカは街の外に向かうべく駆け出した。

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