カラカの選択
猪野が謎の空間でお茶をしているとも知らずに、カラカは町の中を駆けていた。時折り家の前に淡い光が並ぶのは、容器に詰めた水が光っているのだろう。
明かりを持たずとも走れるのはありがたかった。
しかしカラカたちにとって明るいということは、追手にとっても視界が確保されているということ。
追手は減ったとはいえ、いなくなったわけではない。町の者は面倒ごとの気配を察してだろう、姿が見えなかった。
ひと気のない通りは走りやすい。けれど身を隠す人混みがないともいえる。
──どこかで撒かねえとな……。
巨鳥も自分も、相棒のパプラもまだまだ走れる。しかし二等星の下に作られた町はどこまでも逃げられるほど広大というほどではなく、このままでは駆け抜けて荒野に出てしまうだろう。
──荒野に出てずっと走ってけば、どっかで諦めるだろうけどよ……。
カラカの脳裏に女の顔が浮かんだ。やたらと主張の強い顔だ。
「なあ、パプラ! あいつら撒きつつあっちに行きてえんだけどっ」
考えるのは自分の仕事じゃないと、相棒の名を呼ぶ。
隣を静かに走っていたパプラは嫌そうな顔をして、でも素早く手を動かした。
「そこ、建物の影まがって」
「おうよ!」
言われるがままにまがる。
途端に水の明かりが無くなって、深い闇がカラカたちを飲み込む。
そのいっとう暗い隅にパプラは飛び込んだ。カラカも後に続く。
間も無くばたばたと足音が駆けてきた。止まることなく走り抜けるその先にいるのは、巨大な鳥のシルエット。
「くそっ、あの鳥、速くなってないか!?」
「せめてこの町を出るまでは追い立てるぞ。街から遠ざければ、始末したも同然だろっ」
追手たちは遠ざかる巨鳥を追って走り過ぎていく。
すぐそばに潜むカラカたちには気づきもせずに。
「……ふぅ、行ったか」
「どういうつもり? 『子ども連れて街に戻るぞ』なんて」
肩の力を抜いたカラカの隣、立ち上がったパプラが眉をしかめる。
「ん? んー、だってあいつら俺たちが街に戻るとは思ってねえだろ」
「それはそう。撒くために街に戻るのはわかる。でも違う。わからないのは、この子ども」
パプラは腕に抱えた幼い子どもを目線で示した。ポフィンと呼ばれた少女だ。
「この子どもはいらないでしょ。鳥に乗せて囮にしておけば良かった」
「それな。そうなんだけどよぉ」
カラカだってパプラの言い分はわかる。幼いころから二人きり、なんだってして生き延びてきた兄弟分なのだ。何かを犠牲にしなければ助からないなら、迷わず他者を犠牲にして生きてきた。女だろうが子どもだろうが関係なく、自分と相棒の身が可愛い。それは揺るぎないこと。
さっさと切り離してカラカとパプラのふたりだけで逃げてしまえばいい。そのほうが確実で簡単だ。
それはわかっている、けれど。
「でもよ、偉そうにしてる連中に一泡吹かしてやりてえじゃねえか。そのためにちょっと危ない橋を渡るくらい、良いだろ?」
男は問いかけの形をとっていたが、カラカにはパプラの返事がわかっていた。
「だからお前だって、そのガキ抱えて隠れたんだろ?」
カラカと同じ考えでないなら、子どもを巨鳥から降ろす必要はなかったはずだ。
鳥といっしょに囮にさせてしまえば元通り、身軽な二人に戻れたというのに。面倒くさがりのはずの相棒は、しっかり子どもを捕まえて巨鳥にも何かをささやいていたのをカラカは見逃さなかった。
「まあね。狙った相手が子どもまでそろって戻ってきたなんて知ったら、偉そうにしてる奴らを最高に苛立たせられそうじゃない? でも、あの鳥が戻ってくるかは、知らないよ。街に行くとは伝えたけど、鳥頭で理解できたかなんて知ったことじゃない」
パプラが鼻を鳴らすと、その横に立った子どもがぎゅっと眉を寄せる。
「い、イチはちゃんとわかってる! 絶対戻ってくるよ。だから、大丈夫っ! 先生を助けに行こ!」
「ふぅん、悪くねぇな」
カラカはポフィンの髪をぐしゃりとかき混ぜた。
「べそべそ泣いて『お姉ちゃん助けて〜』なんて言おうもんなら置いてくつもりだったが」
「お姉ちゃんは大丈夫! だって、絶対大丈夫だって言ってたから」
少女は瞳をきらめかせて答えた。強い信頼がその目を輝かせている。
どんなにたくさんの水を出す星よりも煌めくその光に、カラカは満足した。
「よしよし、覚悟の決まってるやつは嫌いじゃねえ。俺らの妹にしてやってもいいぜ!」
「カラカがいらない兄貴風、吹かせはじめたよ……」
パプラの呆れ声を無視して、カラカはポフィンを抱え上げた。「わあっ?」と驚きの声をあげる小さな体を肩に座らせる。
「そんじゃまあ、追手が戻ってくる前に街に戻ろうぜ!」
やたらとしっくりくる重さと体温に歯を見せて笑えば、相棒のパプラが呆れたように息を吐く。
「まあ、あの女が簡単にくたばらないのは同意」
ぼそっとつぶやくパプラは、面倒くさがりながらもカラカと同じ考えを持っているのだろう。
表情とは裏腹に、その脚はさっさと街に向けられていた。
カラカはうれしくなって、パプラの横に並び肩をぶつける。
「パプラは素直じゃねえなあ」
「はあ? なんなの、痛いんだけど。ていうか、のんびり歩いてく気?」
苛立たしげにしているけれど、ただの催促だとカラカにはわかっていた。
「よーし、走るか! ポフィン、ちゃんと捕まっとけよ!」
肩車した相手にひと声かけて駆け出せば「わわわっ」と慌てた声と共に小さな手がしがみついてくる。
パプラは案の定、軽やかに隣を走りはじめた。やれやれと言いたげな顔をして見せてはいるが、見せているだけだ。
「偉そうにしてるやつらを驚かせて、その顔見て笑ってやるぜ!」
気合い十分、カラカは暗い夜道に踏み出していった。




