第99話 冷たくなる手のひら
見覚えのある羽、ユーに間違いない。
「ユー!」
思考が一瞬だけとまってしまったけれど、私はその塊に駆け寄った。
塊。
あの多色が重なった美しい羽はたたまれ身体は縮こまり、血で染まり動かなくなってしまった塊。
「な、んで……」
どうしてとか、なんでとか、ぐるぐると巡る。
手のひらに乗せたユーはまだ温かいのに、ピクリとも動かない。
「リーディアどうしたの!?」
私の悲鳴を聞いて、キリカが出てきた。
「だ、だめ……」
とっさにそう思った。
キリカまで狙われてしまったら。
ユーが撃たれたのが、私に関係あるのだとしたら、キリカを巻き込んでしまう。
それは絶対に駄目よ。
「来ちゃだめっ。キリカは店に戻って、なんでもないの」
「でもっ……」
「戻って、キリカっ」
「わかったわ」
緊迫した私の声を察してくれたのか、キリカはつらそうな瞳をしたまま店に戻ってくれた。
「どうしよう」
モアディさまに報せたいけれど、ユーがその役割だったのだから、それは無理だった。
どうしよう、手のひらが冷たくなってゆく感覚に、焦りばかりでなにもいい考えが思いつかない。
ザっと、その時風が吹き抜けた。
髪が乱れて顔前に降りかかり、一瞬目を閉じた。
「え……」
風が収まり、目を開けるとそこにはモアディさまが立っていた。
「説明は要らない。夜鳴鳥を渡してください」
「は、はい」
手を出されたので、そっとユーをモアディさまの手に移した。
「城にはひとりで戻れるな?」
うなずくと、モアディさま頷き返す。
いまは余計なことを話して時間をとるときではない。
ユーを早く治療してもらわないと。
「行ってください。私は大丈夫です」
ここまでは城の馬車で来ていたから大丈夫。
そこの門に停めて待っていてくれている。
「では、失礼する。『風の精霊よ、急いで運んでくれ』」
現れたときと同じ風が巻き起こり、モアディさまを包んだかと思うと一瞬でその姿が消えた。
お願い、どうか間に合って!
「どうぞ」
思い扉を叩く音に、そう返事をした。
「よぉ」
いつものように、軽い調子の挨拶で部屋に入ってくる。
いや、いつもよりも軽く努めてくれたのかもしれない。
「泣いてたのか?」
あの小さくて可愛い命が、手のひらの上で冷たくなる感覚が手を洗ってもこすっても取れない。
怖くて、祈りながら無意識に涙が瞳に溜まってしまっていた。
「ユーになにかあったんですか?」
イリが私の部屋にやってくるなんて、なにか言いたいことがあるからで、それが辛い結果報告しに来たのだとしたら……。
「一命は取り留めた。予断はならないが、ここで治療すればまた飛べる」
「あぁ……」
良かった。
あの命がなくなってしまわないでよかった。
はらはらはらはら、安堵といっしょに涙が溢れてしまう。
「お、おいっ、助かったっていうんだから、泣くなよ」
私の涙に困ったイリが、頭を掻きながら顔をしかめる。
貴方、困るとちょっとぶっきらぼうになるのね。
その仕草がおかしくて、泣いてるけど笑ってしまう。
「なんだよ、どういう心境なんだよそれ」
「だって、イリ困ってるからおかしくて」
「おいっ」
「ごめんなさい、つい」
謝ったけど、笑いをこらえながらだから、イリの眉間にシワが寄る。
「そんなことより、今日のこと聞かせてくれ。なにがどうなって、夜鳴鳥が撃たれた」
目的は、事情聴取か。
そりゃ、ご主人様の相棒がやられたのだから、護衛は詳細を知りたいだろう。
でも、説明できない。
「わからないわ。友達の店から出たら、ユーの姿が見えて。風の音がしたの、シュッて。そしたら、ユーが……」
話すと、光景がまた頭の中で再生される。
あの嫌な光景を。
それでも、少しでもなにか手がかりになることがあればと、その光景を探る。
「風というのは、音だけか? それとも、風を感じたのか?」
そう言えば、音だけだった。
モアディさまみたいに、肌に風を感じることはなかった。
ユーを撃ち落としたのは、なんだったの? 矢などは刺さっていなかったし、落ちていなかった。
「音だけだったわ」
「音だけか……」
顎に手を当てて、イリは少し考え込む仕草をした。
「それをモアディに言ったか?」
報告の時間など、する余裕はなかった。
私が首を振ると、ふっとイリは笑った。
「な……に……?」
私、なにもおかしいことを言ってはいないはずだけれど。
「来い、お前自身で報告したら話が早い。俺は伝書鳥じゃねーんだ」
「え? ちょっとっ」
イリは私の手を掴むと、ぐいぐいモアディさまの部屋まで私を連行した。
連れて行く、ではなく周りの人にはそう見えただろう。
「あいつ、なにをしでかした?」と、語るモアディさまの部下たちの目には。
こんな、引きずるようにつれてこなくてもいいじゃない!
そうイリには言いたかったけれど、今は文句を言う時間も労力も割きたくないから、飲み込んであげるわ。
「入るぞ」
入室の合図のあと、返事もないのにイリは扉を開ける。
モアディさまの私室には、初めて入るわね。
「失礼します」
中は、思ったよりも質素な調度品だった。
寝台と、その脇に机、書棚は天井まで伸びた大きなものが3つもあるけれど、それだけだ。
「ユー?」
机の上に、綿をもこもこに敷いた箱があった。
ユーの姿は見えないけれど、わかる。
だって、ユーの子供たちが心配そうにその箱の周りをウロウロとしている。
「あの、モアディさま、ユーは……」
「一命は留めたとイリに伝言頼みましたけど、なぜここまで」
モアディさま、少し顔色が悪くみえる。
ユーを癒すのに、力を使っているせいかな。
「どうせなら、ユーを撫でてやってくれ。女性の方が手が柔らかく心地良いだろう」
「な、撫でます!」
私はユーの眠る箱に近づいた。
ユーはお腹のあたりに包帯が巻かれていて、かろうじて息をしているのがわかるぐらいの衰弱ぶりだった。
こどもたちが、私を見上げてくる。
あぁ、つぶらな瞳が潤んでる。
お前たちも、心配だよね。
「ユー、頑張ってね」
たしか、クリアリはよくユーの首の後ろあたりをくりくりと撫でていた。
そうするとユーが、目を細めてクックッの喉を鳴らしていたっけ。
私がクリアリを真似して、指先で首の後ろを撫でると、つぶっていたユーの目が開いた。
「ユー!?」
その姿に、なぜかモアディさまが驚いた声を上げる。
「早く良くなってね」
指先で、尻尾まで何度かなでおろす。
傷に触るといけないので、もう手を離した。
ギュ、キュ。
力のない鳴き声。辛くなる。
「あなたはっ」
「え? えっ!?」
突然モアディさまが私の手首を掴むから、何事かと。
撫でていいって許可を出したの、モアディさまなのに。
「や、優しく触っただけですっ」
「違うっ! なにをした? 夜鳴鳥はかろうじて命をつないだだけだ。お別れのつもりで撫でさせた」
「え? え?」
瀕死状態だったってこと? だって、指先に抜くものも感じたし、ユーは泣いて返事してくれた。
ユーを振り返ると、こどもたちが寄り添って涙を流して泣いている。
え? ユー、立ち上がってる!?
だって瀕死って……。
「ユーになにをしたんですか?」
「え? え?」
モアディさまに凄まれて、イリに睨まれて、私は混乱した。
撫でただけなのに!
ちょっと予定より遅くなってしまい……そして予定より、少し長くなってしまったのですよ。
なんでも予定通りなんてないんですねー。
精進したいといつも思います。




