第100話 油断
「こいつは癒しの力を持っていないんだよな!? モアディ、魔法の残穢はないのか?」
イリが、まるで掴みかかるようにモアディさまに詰め寄る。
「確かになにか気が流れているのですが、私は触れたことがない気のようですので、どんな力なのかは解析できません」
私? 魔法なんて使えません。
そんな、探るように目を細めて睨まないで欲しい。
「私は、力なんて持っていないですよっ。魔法なんて使えませんっ」
クリアリやお母さまのことがあるから、なんらかの魔法の残穢を感じているかも知れないけれど、私のものではない。
だいたい、使えていたらもっと状況が変わっているはず。
「……この間抜けた顔は、なんらかの力を隠している感じではないですね」
「そうですよ、私はなにも……え?」
モアディさま、見下ろすように私を見て今なんて言いました?
「確かに、俺たちの眼の前で使うわけないな。そんな顔してる」
「え? か…お……?」
思わず自分の頬を手で触って、確かめてしまった。
私どんな顔してるの?
その前に、なんか侮辱されていない? 私。
「し、失礼なこと言われているように聞こえますけど」
「あやしいのに違いはありません、夜鳴鳥の回復の兆しは喜ばしいですが、襲われたことも究明しなければならないので、“なぜか”についてはいまはあとに回します」
そうモアディさまが言ったとき、ユーがまだ弱い力で、同調するかのようにピィと鳴いた。
痛い腹を探られているというのは、なんとも居心地が悪くなるものだ。
ユーはとても心配だけれど、ここに長くいたくない。
後回しにしてくれると言うなら、それに乗っかろう。
あとでクリアリに相談ね。
「それから」
今度はイリが口を開いた。
腕組をして、まるで叱るみたいに私を見る。
「な、なによ」
なにを言われるかと、私だって身構えてしまう。
「狙われたのはたぶんお前だ。城の内外、油断できねぇ状態だぞ、お前」
「内外って……」
私が狙われる? ここでも外でもその危険性が高まっている。
誰かが私を、何らかの理由で殺したがっているってこと?
イリの口調はとても静かで、それが返って真実味を帯びてくる。
「夜鳴鳥にあなたをつけるように命じました。ただ友達のところに行くだけとの申請でしたが、昨夜のこともあるので」
「昨夜?」
つけられていたということより、気になる言葉をモアディさまはいい出した。
「昨夜って……なにかありました?」
今日いくつかの案をまとめて渡したかったし、キリカに会えると嬉しくて夜ふかししてしまったけれど、それだけだ。
クリアリも出してない。
「気づかないでしょうね。高度な魔術です」
「えっと……なにか?」
クリアリのことじゃありませんように。
だってクリアリ言っていたもの。
この部屋に結界が張ってあるようだけど、中までは大丈夫だって。
クリアリの言葉を信じて、堂々としていないと見破られる。
「侵入を試みた者がいたようです」
「え!? いつ!?」
私が起きていた間に、物音だって廊下や外からしなかったわ。
作業に集中していたこともあるけれど、部屋に誰かが入ってこようとしたならそれぐらいは気づくと思う。
「私の結界に触れた。それだけです」
「…………」
それだけと言うだけでは済まない。
モアディさまの結界は、とても高度な魔術で生成してあるとモアディさまの同僚ギンさんが感嘆しながらつぶやいていた。
力のある魔法師は触れただけで、かけた相手の技量がわかるのだと言う。
「触れた者は印が一定期間刻まれる。消える前にあとを追えれば、誰が侵入を試みたかわかるのだが」
「その刻印が消えるまでは、おそらく鳴りを潜めると思っていたけどな」
続けざまに行動を起こしてくるというのは、イリにとっても予想外だったらしい。
「私も、だから夜鳴鳥だけでいいと思っていました。護衛をちゃんとつけるべきでした」
私の知らないところで、動いてくれていたんだ。
いつもからかうから、つい怒ってしまうけれど今世彼らに出会ったことは、私にはとても大きく作用している。
命を救われている。
危機にあわされたこともあるけれど、それ以上に助けられているから。
「あなたは女史となにを調べているのですか? なにか大きな鍵を見つけているというのは?」
「私たちが見つけ出したものは、モアディさまも知っているものばかりです。あれ以上のことはまだ」
手伝わせたから、モアディさまだって知っていることばかりだ。
それが狙われる理由とは思えないけれど。
「念のため、女史にも護衛を……」
「もうつけてある。腕のいいのをつけているから、安心していい」
「そうですか」
モアディさまが言うのだから、女史の安全は任せてもいいのだろうけれど、城っていうのはつくづく怖いところだわ。
覇権やしきたりやしがらみががんじがらめで、本当に嫌な場所だわ。
いまは仕方ないけど、こんなとこに棲みたくないわね。
「イリは用事があるので、私が部屋まで送ります」
「あ? 用事?」
そんな思いあたりはないと言ったイリだけど、モアディさまに睨まれて「そうだったな」と頭を掻いて引き下がった。
なぜイリではだめなのかわからないけれど、態度はでかいけど雇い主には逆らわないのね。
「部屋ぐらい、ひとりで……」
言いかけて、口をつぐむ。
非力な私が、なにかあったときになんの対処もできやしない自覚はある。
「お願いします」
私はモアディさまに頭を下げた。
「ちょっと下がっていてください」
部屋の前まで行くと、モアディさまは自分の後ろに下がるように言ってきた。
片手をあげてすぐ詠唱を始めたので、なんらかの術を施しているのはわかった。
「結界をより強いものに換えました。それと……失礼」
「え!? ちょっ……」
いきなりモアディさま、ふっとかがんだかと思うと、私の腰を抱いて引き寄せた。
「あ、あのっ……」
こんな近くでこの顔を見られるなんて、キリカだったら悲鳴をあげそうだけれど私はなんとか堪えたわ。
ただ、ちょっと鼓動は跳ねてしまったけれど。
「あなたの部屋に入りたいのです。許可をいただけますか?」
「えっ!? え?」
耳にそんな囁きをされるとは思っていなくて、モアディさまの落ち着いた響く音に、頬が赤くなってしまう。
イリではなく、自分が送るといい出した理由はこれ!? なぜ!?
いままで、そんな素振りモアディさまからされた記憶がない。
「あなたに聞きたいことがあるのです。私を部屋に入れる許可を」
だから、油断していた。
モアディさまだって、ひとりの男だったということを。
100話ですって。
書き終わって、ひとりでテラミス食べてお祝いしました。
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