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第95話 とある魔法師の密談

 「モアディ」

 慣れた声に呼び止められる。

「ちょっと顔貸せよ」

 親指を立て、その部屋に入れと言われる。

 私の護衛のはずのこの男は、いつもこう態度が大きいので部下に示しがつかずに困る。

「嫌な顔すんなよ。誰かに見られる前に、いつもの」

 思いが顔に出てしまったか。


「静寂を護りたまえ」

 略式の結界を部屋に張る。

 あえての略式でないと、敵に魔法師や魔術師がいた場合勘づかれてしまうが、私だから簡単に張れるのであって、この男は軽々しく頼みすぎる。


「マドックを…マドックさまを言われた通り、奥の部屋の個室に移動した。これでいいんだな?」

 イリが提案したことは、とても危険をはらんでいた。

 我が隊に囲っていれば安全なのに、わざわざ離れた場所に移動など。

「……賭けだな。相手が動いてくれば斬れるが、そう簡単ではないだろうな」


 そう、簡単ではないのだ。

 この城に巣食う魔物をあぶり出し、討伐するのは。

 簡単にできていたら、あんな悲劇も防げただろう。


「マドックさまの魔法は不完全すぎる。わかってて囮にするな」

「お前がいればいい。ユーたちが見張ってはいるんだろ?」

「一応、です」


 ユーたちは忙しい。

 見張るのは、マドックさまだけではない。

 あの娘も、その妹も、あぁ、あの男もだ。

 私の遣いもある身で、それを強いている。

 子供たちの手も借りてはいるが、正直手が…いや、羽が足りない。


 誰を優先すべきか。


「城に不穏分子が集まりすぎている、こんなことは初めてだ……なんだか、あの娘と出会ってからな気がするのは私だけか?」

「あの娘? リーディアのことか?」


 わかりきっているのに、イリはわざとその名前を口にした。

「お前が巻き込んだんだろう」

「巻き込んだのか巻き込まれたのか、判断できませんね」

 心外だ。

 最初にあの娘と絡んでいたのは、あなたのはずだ。

 私は止めもした。

 だけどどうしてか、イリが手を貸しあの娘の望みを叶えるからこんなことに。


「今更、街に帰しても殺されるだけだろう。いいのか? 一夜を共にした女が裏路地で冷たくなっていたら、お前も寝覚めが悪いだろう」

「誰がっ! 誰が一夜を共に!? た、たしかに? いや、あれは治療でっ、それを言うならあなただって同じことしたでしょう!!」

「なに、狼狽えてるんだよ、冗談だぞ」


 クックッ、と喉の奥で笑った男を棍棒で殴りたい。

 飲み物に少し細工したい。

 氷柱にして、城の礎にしたい。


「おいおい、なにか物騒なこと考えていないか? 怖いぞ、顔が」

「私を怒らせて、あなたに何の得になるんですか?」

 からかわれるのは好きではない。

 不快を込めた言葉をぶつけると、イリはフンと鼻を鳴らした。

 冗談に付き合えない私が、面白くないのだろう。

 子供の頃から似たことを言われ慣れているので、そんな顔をされても私には少しも響かない。


「真面目な話、あの鏡に写らない女だ。どうしてだかは謎だが悪い作用だとも言い切れない。なにか理由があるはずだ」

「ええ」

 その写らない、というのが大問題であることはいまは置いておくのだろう。

「まぁ、追々それはいいとして」

 それについては後回し、ということだ。

「あの性悪妹とユハスはリーディア以上に何かある気がするな」

「性悪? 会ったのですか?」


 性格がわかるほどの会話をしたのか? いつ?

 私が知る中でも、イリは城から出ていない。

 クミン・カイゼンがユハスの元を定期的に来ていることは知っているが、城中で会ったというのか。

「なにか言われましたか?」

 にわかとは言え貴族のすることだ。

 ただの護衛に礼儀を欠いた対応をすることはあるだろう。

 だが、イリの言葉は違っていた。


「仮にも、姉に対しての言動ではない場面を見た」

 噂通りというわけか。

 この男がそんな場面を見たからといって、それを理由にリーディアの味方につくという訳ではないだろうが、多少交流があるがゆえに情が動いたか。

「盗み聞きみたいな形になっちまったけど、ユハスはリーディアを庇っていたぞ」

「ユハスが? 妹の方についたと思ったが」

 城へ妹が出入りするようになったのは、ユハスが招いたからだと聞いていた。

 ユハスは第二王子の補佐候補なので、誰かを招いても咎められることはない。

 女性となると話は少し意味を持つのだが。


「妹が馬鹿にしていたが、それを少し、な。ほら、例の大飯喰らいだという話」

「あぁ……」

 リーディアが台所によく出向いて、軽食やら焼き菓子やらを特別に作らせているという話か。

 あの薄い身体によく入るものだ。

 食事を共にしたときは、口に合わないと残すことはしない女だとぐらいしか感じなかったが、食い意地だとすれば納得がゆく。

 あの娘については、それ以外にも別の噂が出ている。


「商売の方も、上手く行っているようで。あなたにも恩恵はあるのでしょう?」

 イリが商会を紹介した契約料が、そろそろ懐に入る頃だろう。

 私の部下でさえ嫁や子供に、彼女が作った防寒着を回して欲しいと頼まれているからと、私に口添えして順番待ちを早めるよう働きかけてくれと言われることもある。


 なぜ私が。


 量産ができなかったとかで、いま急ごしらえで体制を整えているらしいが、本格的な冬が来る前に間に合うかどうか。

 あの夢の予言が本当だと言うなら、今冬からは凍てつく冬になるだろう。

 いまでさえ、去年より寒くなるのが速いと感じる。

 風が強く吹く日は、体感が下がる。

 冬が恐ろしいな。


 幸いなことに、私は寒さに強いので関係ないが。


「来月にまとまって入る。資金はあったほうがいいからな」

「そうです。不当に使われてしまった国庫回復にも、回してほしいです」

「俺の金だぞ」


 真顔で返されたが、それが逆に頼もしかった。

 泡銭だと、周りに気前よく撒いてしまうような男にようはない。


「マドックさまは私の大事な部下でもあります。くれぐれもその生命を危険に晒し、傷を負わせることの無いよう、護ってくださいね」

「あぁ、わかってるよ。わかってる」


 まるで自分に言い聞かせるみたいに、目の前の男はカチャリと剣の柄を握り直した。



とてもお世話になっている人が新しい事業を展開していて、それを手伝うことになりまして。

あ、言い訳はいいですね。

でもお金は大事だから、ね。

お金は大事です(今回の内容にかけてます)←あえて言おう。

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