第94話 誰にも秘密はあるもの
「胸が大きくなるですって?」
自分でも驚くほど、低い声が出た。
「そうそう、母さんは街で一番の容姿を持っていたんだ。きっとこのキアのおかげだと俺は思ってるぜ。お前のために、故郷から取り寄せてやった」
あぁ、台の下で握りしめた手が震えてしまうわ。
見た目は小娘だから、イリはこんななのかしら……。
でも中身は大人、私はこのフツフツとしたものを飲み込める。
「そう、そうですか。あぁ、大事なものを預かったままでしたね。一旦お返ししても?」
実は、ここに持ってきたものがある。
あの、鏡を持ってきた。
だって、うちのわがまま女神さまがそれがあると居心地悪いからと文句を垂れるので。
「ちょっと確認したいんだけど、その自慢のお母さまの形見なのよね? これ」
袋に包んでいたものを取り出して、台の上に出した。
「…………」
イリ、なぜ口をつむぐの?
急に暗い顔つきになる。
さっきまでのニヤリ顔は姿を隠してしまった。
「あなたは城にいるんだから、あなたが持っていてもいいでしょう? 大事なものだって言っていたじゃない。違うの?」
「大事だから、預けたんだ。俺が持っていると、狙われるから」
え? これって実はとても高価なものなの?
高価よね、神器だってクリアリが言ったんだから。
でもなぜ狙われる?
待って、待って。
これって、実は盗品?
盗品以外ありえなくない?
ん?
でも、クリアリだってお母さまが持っていたのは変な話よね。
「どうした? なんかいろいろ考え込んでいるが……なにを考えている?」
「え? えっと……いろいろとね、私だって考えてしまうことはあるわ」
整理する時間が欲しい。
生前?←この表現が正しいかはわからないけれど、こんなに目まぐるしくなかったわ。
お母さまの死から、まるで時間が止まったように感じて。
嫌だったけれど、お父さまが連れてきたあの親子も仕打ちも、抵抗しなかった。
離れに行けと言われても、学園を去れと言われても、嫌だったけれど言うままにした。
死ぬまでの期間は短かったのか長かったのか、流されるままただ生きていたように思う。
意志を持って動き出したら、おかげでこんなにも目まぐるしい。
色んな人に出会って、いろんな事が起こって、そしてここにいる。
「とにかくお前が持っていてくれ。俺の取り分を減らしてもいい、預り代金としてくれてかまわない。俺が持っていると……」
「持っていると?」
イリは口にしてしまったことを後悔している顔をした。
思わず口にしてしまったのだろう。
言葉を止めても、もう伝わってしまった。
「護れなくなる。これが何なのか、なにを護りたかったのかは、今は教えられない。だが、いつかその日が来たら、ちゃんとお前に伝える」
頭を掻きながら、ボソリとイリはそう説明した。
言えないことがあるのは、私だけじゃないわね。
「その、茶化して悪かった……」
意外。
イリが謝罪を口にした。
眉間にシワが寄っているけれど、謝らなきゃこの場が収まらないと思ったみたい。
「お前の胸が少しでも育てば、あの女もそのことでいじれねぇだろ」
あの女とは、クミンのことね。
この前の城での会話、イリはどこかで聞いてしまったのね。
はぁ……。
ため息しか出ない。
こんなの二次被害じゃない。
クミンが私を蔑まなければ、それを聞いてしまったイリが哀れみを感じて胸が育つと言われる食事を振る舞って軽口叩くこともなかったのに。
せめて本当に私のこの可愛らしい胸が多少育ってくれれば、笑い飛ばせるのに。
薄く期待しておきましょう。
「とても大事で、大事だから預けたいということはわかりました。今までいろいろ助けてもいただいているので、お代は結構です」
助けもしているので、お釣りが来そうだけれど。
これを預かっている間は、イリは私を護ってくれるだろう。
まだ頼ることもあるだろうし、少なくとも私のために用意してくれた食事だった。
とても不器用に優しい男ね、あなたは。
私はそのなにかに巻き込まれるかもしれない。
誰を、なにを護りたかったのか、それを知れるまで生きていられますように。
私は再び、その映らない鏡を手にした。
秘密はありますか?
私はありまくりです。
言いたい、でも言えない。言ったら嫌われちゃう、って秘密ばかりです。
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