第93話 キアづくし
「なんでこんな夜なの」
ろうそくと魔炭の明かりだけの薄暗い通路。
お茶といえば、大抵が明るいうちなのに書かれていた時刻は夜。
それも、寝るような時刻。
服に困るわ。
ドレスという重い席じゃないだろうし、だからといって寝着では……。
なんだか夜這いみたいじゃない。
それこそそんな姿を誰かに見られたら、即、噂が立つ。
「ねぇ聞きました? ほらあの噂のカイゼン家の長女、城でお菓子と男を漁っているそうよ」
「聞きましてよ。あのカイゼン家の長女でしょ? ほら、追い出されて飢えているのよ、きっと」
「そうそう、父親が後妻をすぐ迎えたって話ですものね。やぁね、城の風紀を乱さないでほしいわ」
幻聴かな。
キョロキョロ周りを見てしまった。
「お姉さまったら、恥ずかしいですわ」
ここにいないはずの、クミンが私を上から見ている視線を妄想してしまう。
「ここ?」
そこは、様々な塔の立つ入口。
台所には近いけれど、通り越し三つぐらい扉を数えたところだった。
「こんなに奥に伸びていたのね、この廊下」
イリが指定した部屋の奥にまだ続いている廊下。
あぁ、この奥にたぶん第一王子のダーリアさまが幽閉されていると思う。
確信はないけれど、最奥の棟に幽閉されていると兵士が話していた。
カンカン。
重い扉は、鉄の輪がかかっていてそれで扉を叩けば手も痛くならない。
扉を許可なしに開けることが許されない人が使う部屋。
なぜイリがここに?
モアディさまならわかるけど。
もしかして、城の中は比較的安全だから護衛を外れて塔の様子をうかがう役目になったのかしら。
罪を犯したとしても、仮にも王子を暗殺させないように。
私は王子の死因を知らない。
いや、死んだかも定かではない。
あんなに叫んでいた声が弱くなり、そして届かなくなったから死んだ、または同等の状態になってしまったと推察しただけ。
多少のずれはあっても、似た未来をなぞる現在、ダーリアさまの身もまだまだ危ない。
「よぉ」
返事なしに扉が開かれると、イリが頭を掻きながらそこにいた。
「こんな時間に呼び出して、なに?」
ちょっと文句を言ったら、イリは周りを伺って私の腕を引っ張り部屋の中に入れた。
「ちょっと!」
「騒ぐな、まったくお前はやかましい」
「なっ!」
や、やかましいですって!?
反論しようと思ったけれど、私は招かれていたのよね。
貴族の娘が、主催を罵倒なんてしたら淑女になれないわ。
我慢、我慢。
私は我慢が得意。
自分に言い聞かせて、大きく息を吸い込んだ。
「お招きありがとうございます」
一歩足を引いて、スカートの裾を持ち深く頭を下げる。
私は淑女、貴族の娘、我慢強い大人の女。
「お、おう」
私の正式な挨拶に、イリはちょっと面食らったような顔をしていた。
その顔を見たら、少しだけ怒りは収まる。
私が怒るばかりの女じゃないと、見直したわね。
たぶん。
「茶っていうか、食事だけどな」
「食事……?」
城に来てから、三食ちゃんと保証され十分に食べられている。
いまだってそんなにお腹が空いているわけではない。
「ど、どうしたの!?」
イリの後ろの台に、いっぱいの料理が並んでいた。
お肉にお魚、スープにパン。
普通に豪勢に見える食事。
一緒に行動したときに、ちょっとがっついてしまったから食いしん坊だと思われてる?
「あ、あの、実は私そんなに食べられる方では……」
と口にしたところで、今までが今までなので大きく否定もできない。
「嘘だろ」
街で多くパンやお菓子を買っていることも、イリととった知らない料理に興奮していっぱい食べちゃってた。
否定できない。
理由を口にできない以上、ここは私が「いっぱい食べる女」にしておいたほうがいいのよね?
違うけれど、不本意だけれど、そうする。
「食うよな? 食えるよな?」
「は、はい……」
「だよなっ」
私がうなだれ気味に返したら、なぜかイリはニヤリと右の口角をあげた。
本当、意地の悪い笑みだなぁ。
「まぁ、座れよ。料理は温かいうちに食うもんだ」
「まぁ、そうね」
それには同意見だわ。
貴族の食事は、ときに主人が揃うまで待たされることもあり冷めきったスープや冷えて固くなった肉なんてのはよくあることで、いくら味付けが良くても美味しさが半減してしまうもの。
用意されていたお皿からは湯気が立ち、まだ温かいと物語っていた。
あぁ、イリが連れて行ってくれたジアさんの料理を思い出すな。
できたて熱々で、すごく美味しかった。
「これが、キアソースの肉、クセが有るがそれがまた旨味だ。こっちはキアの実をすりつぶしたスープ、独特の香りと苦みが大人味だ。このパンはキアの根を粉にして混ぜ込んである。これはキアの花茶、鼻に抜ける爽快感と色が美しい。これは……」
「キアのなんかの焼き菓子でしょ?」
「なんで分かる?」
わからないわけないじゃない。
『キア』が何なのかわからないけれど、ぜんぶキア。
「まぁとにかく食え……なんだよ、なにか疑ってるのか? 俺も同じの食うんだぞ」
怪しい。
なぜこんないきなり二人で食事を?
理由がわからない。
「季節もんなんだよ。俺の母親も好きだったやつだ」
そう言いながら、イリはずずっとスープを啜った。
「いただきます」
そんなことを言われたら、断れない。
母親の話を出してくるなんて。
「本当にちょっと癖のある…でも美味しいわ」
香草なんだろうな。
スープはちょっと複雑な、何味と形容し難いのだけれど後味が良い。
「うん、あの味を再現できてる」
ちょっと乱暴に肉に食らいつきながら、イリはその目に懐かしさをにじませた。
「お母さまは、どんな人?」
だったの? と聞こうとして、思いとどまった。
ジアのところに、孤児のようにいたという話。
お母さまはご存命ではない、というのは私の思い込み。
「母親はとても美しい声を持っていたよ。歌が上手くて、それで稼いでいた」
「イリは顔立ちはいいから、きっとお母さまも美しい人ですね」
だった。
過去形の話。
悲しい響き。
だって、イリの顔がどこか寂しげで、会えないお母さまを思ってこの料理を口にしている。
なにかあると疑ったことを、後悔した。
イリは思い出を誰かと共有したかったの?
独りでは、この料理を食べたくなかった?
私にはその気持がわかるから。
「ちなみに、このキアには特別な効能があると言われててな」
「効能?」
デザートを手にした私に、イリは語る。
「母さんがこっそり教えてくれたんだが」
「こっそり?」
そんなに特別な効能が?
毒……ということはないわよね? イリも食べたわけだし。
「男が食べると筋肉がつくと」
ん?
なにか引っかかる言い方。
「女が食べるとどうなるの?」
もう、不穏な気持ちしか湧かない。
「女が食べれば、胸が育つんだってよ。効果出るといいな」
ニヤリとしたイリが、私の胸元を差しながら言い放つのと、私がゴクンと焼き菓子を飲み込むのが同時だった。
キアづくしのフルコース、レストランにあったらいくらになるでしょうね。
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私が今欲しい効能は、「時間」を有意義に使える様になる効能です。
下手なの。すぐ他のこと始めちゃうの。
知り合いに頼まれて、もうひとつ仕事を持つことになりそうです。
執筆には全く関係ないけど、疲れるお仕事で。
受けるか悩むけれど、お金は大事だからなー。




