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第91話 とある狸の話

「スジェせんせーい! スジェ先生っ」

 机の上には山積み書類。

 毎日、その高さが更新されている。

 それもそうだ。

 過去の書類を洗うのが仕事ではなく、本来は現在の財務を管理するのが主たる仕事だと言うのに。

 一気に暇を出したり処刑してしまったから、とにかく人が足りない。

 その上、責任者がすぐ現場からいなくなる。


 どこにいるかなんて、わかっているのだけれど。


「先生っ!」

 いた。

 積み上げられた数本の本の柱に隠れる……いいや、埋もれるように身を潜めていた。

「え? あ、あぁもう朝?」

 目の下の隈。

「まさか、部屋に戻らずずっとここに!?」

「んーー……あはは」

 スジェ先生は力なく笑って誤魔化し、頭を掻いた。

「先生、身体を壊しますよ! 毎日毎日、いつ寝てるんですかっ」

「目は閉じてるわよぉ」

「…………」

 その返答に絶句していると、先生はすくっと立ち上がり「スジェ・イシカ」の顔つきになった。

「リーディア、その『先生』ってやめてくれる? もう私は学園の者じゃないのよ」

 パンパンと服に付いた埃を払いながら、修正を求められた。

 つい「先生」と呼んでしまっていたけれど、確かにここで「先生」はふさわしくない。

 師弟関係といえば近いかも知れないけれど、私は一生徒なだけだった。

「どうせなら、『女史』って呼んで」

「じょ、女史……は、はい、わかりました。スジェ女史」

「よしよし」

 まるで幼子にするように、私の頭を撫でる。

 スジェ先…女史にとっても、私はいつまでも学生なのね。


 あぁ、いま私は学生か。 

 (ここ)に来たら、忙しさに学園には行けなくなってしまった。

 おかしいな、護衛付きなら許可するって言われたのに、行く時間がない。

 大人って口ばかりね。


「あら」

 隣の執務室に戻ると、不機嫌そうに足をタンタンして立っていた。

「もうできた? 流石ね」

「当たり前だ」


 モアディさまが。

 紙束を持って。



「そうよね。貴方様ほどのお方なら、この書類の束の魔法の痕跡を洗い出して色付けするなんて、幼子からお菓子を取り上げるぐらい簡単よね」

「え? モアディさま、幼子からお菓子を取り上げるんですか? ひどいな」


 言葉通りに受け取ってしまった私は、モアディさまの無言の蔑み視線に凍らされた。

 ひ、比喩ね。

 聞いたことのない比喩だったから、頭の中でモアディさまが子供からお菓子を取り上げて泣かせている場面が浮かんでしまったのよ。


「どれどれぇ」

 スジェ女史は紙束を受け取ると、パラパラと中を確かめる。

「すごい、わかりやすいですね」

 横から覗いてみると、書き換えられたと思われる箇所が薄い赤のインクで目印されたようになっている。

「これはお前たちの仕事だろう? なぜ私が……」

 モアディさまは、すごい仏頂面。

 こんな顔するのに、引き受けてくれたことに感謝ね。

 この量を洗い出すのに、どれほど時間がかかるか計算するのもうんざりする。


「だって、私たちはなにも持たないか弱いおなご。この量を見つけ出すのに数ヶ月もかかってしまうわ。その間、現行のしなくてはならない作業が止まることになるし、もしかしてそちらも並行して進めろというのですかね。か弱い私達にそんな強制労働を強いることはありませんよね? ありませんよね?」


 スジェ女史はサラサラーっと一気にまくし立てて、にっこり笑った。

 こ、怖い……。

 女史も静かに怒っていたんだ。


「増員はいつですか? リーディア嬢もよくはやってくれますが、この人数で回すなんて無理なんですけど」

「わ、私はこちらには関与していない。ザイアードに言ってくれ」

 

 ザイアードさんは城の家令で、ちょっと癖のある初老の従者だ。

 この方はとてものらりくらりがうまくて、物腰が柔らかいのはいいのだけれど、いつの間にか話を流されてしまったりで女史との相性が悪い。

 

「とっくに言っているわよ。あの狸オヤジ、『前向きに検討いたしますね』とか微笑みながら最もそうに言うけどいつもその一点張りで、前向きってなに? どの前を見つめているのかしら。問い詰めたい、問い詰めていい!?」


「待て、早まるな。ザイアードを敵に回したら厄介なことになる。それはやめてくれ」

 スジェ女史なら本当にやりそうで、ハラハラする。

 モアディさまの立場の方でも、穏便にしたい相手ということだ。

 私の顔も当然覚えているから、場内では怪しまれないように気をつけないと。


「あなたが持ち込んできた厄介事なんだから、少しは協力してよね」

 女史がここで働くこと、モアディさまが推薦したということか。

 古くからの知り合いで実力を知っているからこそ、なんだろうけれど二人の仲が良好かは別の話みたいね。

 あのモアディさまが、女史に圧されてる。


 でも、ちょっとスッキリ。

 いつも凍らされているから。


「私も忙しい、できることには限りがある」

「わかってるわよ。程々の頼み事しかしないわよ」

「どうだか」


 あぁ、ずっとこの会話を見ていたいわ。

 でも、そうもいかない。

 帰らないモアディさまを、部下が迎えに来てしまった。


「では、頼まれていたものは渡したからな。頼むから穏やかに仕事をこなしてくれ」

 そう言い残して、モアディさまは部屋を早足で出ていってしまった。


「もう、もっと言ってやりたかったのに」

 

 私ももっと、たじたじの貴重なモアディさまを見ていたかったです。

 


春休みです。いかがお過ごしですか?

私、春休みなんてないんですけれど、書けてません。

こんなに亀なのに、更新すると来てくれる人にはとても感謝です。

たじたじ魔法師を想像して、リーディアのように笑ってください。

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