第90話 大食い令嬢
「なぜここに…」
派手な色の組み合わせの柄のドレスは、私は落ち着きがなくて下品に思うけれど、焼けた肌のクミンには似合っていた。
ドレスが派手なので、クルクルに巻いた髪も似合っている。
自分のことがわかっているのね。
「お姉さまは仕事……じゃないようですわね」
私が手にしているものを見て、クスクスと笑う。
嫌な感じだわ。
絶対バカにしている。
こんな時間にお菓子を持って場内をうろついている、と私は見えるだろう。
ユハスさまは、クミンの少し後ろに立ち複雑そうな顔だ。
「知ってました? お姉さま」
にたりと笑った顔を、ユハスさまに見せてやりたい。
見えていないと思うから、そんな挑発的な顔できるのよね。
「噂になってましてよ。『カイゼン家にはよく食べる娘がいる』って」
「は?」
噂? そんなの聞いたことがないわ。
前はやせ細って自分でもみっともないと思うような体型だったから、そうならないように出されたものはしっかり食べていたけれど、そのこと?
あ、違うわ。
この手に持っているものねっ。
恨むわよ、クリアリ!!
だけど本当にそんな噂が立っているとしたら、まずいわ。
「私だと思われたら、すごく嫌なので人目も気にせず食い尽くすのはやめてほしいですわ。ぷくぷくに太ったら、それこそカイゼン家の恥」
「…………」
そんなことにはならない。
だってこれは私が食べるものではないもの。
だけど、クリアリのことを明かせない以上、これは私が食べていることにしないといけない。
「ユハスさまの耳にも、届いているんですか?」
クミンとは話をしたくなくて、ユハスさまに尋ねてみる。
「噂は大げさだと思いますよ。あなたはこの城で注目されているので、話に上がりやすいのでしょう」
苦笑しながら、そう返されてしまった。
「ほぅら、ね。カイゼン家の名を汚さないでほしいわ」
ギリと、奥歯を噛んだ音がふたりまで届きませんように。
昨日今日、うちに入り込んできたのにカイゼン家のことを語らないで欲しい。
カイゼン家はお母さまのもの。
今となっては、お父さまがその家柄だけを欲していたことがわかる。
ユハスさまは?
なぜいま、あなたの傍にクミンがいるのかしら。
あなたも「カイゼン家」が必要だった?
そこに愛はあるの?
嫌疑をかけられる前に私を、断頭台に私が上がった時クミンを、愛してた?
聞きたいけど“現在”の時点では、まだなことが多い。
「毎夜毎夜、そんなお菓子を食べているなんて、ほんと恥ずかしいですわ」
頭に血を上らせてはダメ。
ここで私が反論したり、クミンに当たったりしたら、それこそ醜聞。
いまこの廊下には私たちだけに見えるけれど、誰かが聞き耳を立てているかも知れないし、騒ぎになったらそれこそ衛兵が駆けつけてくる。
「でもお姉さま、お胸にはお肉がつかないのですね。相変わらず、貧相にぺたーんとして」
プチ、となにかが弾ける音がした。
男性の前で、このささやかな胸をいじられるなんて屈辱。
貧相じゃないわ、ささやかなのよ!
まだこれからの伸びしろがあるんだからっ。
つい、ささやかな胸が可哀想で、ぱっと両手で隠してしまった。
クミンといえば、胸の大きく開いたドレス。
きっと見せつけるために選んだんだわ。
「クミンさま、お菓子はひとりで食べているわけではないのでは?」
ユハスさまの言葉にドクン、と心臓が鳴った。
本来なら助け舟の言葉なんだろうけれど、私には別に聞こえてしまった。
クリアリの存在を覚られた?
いや、でも。
本当に注意しているから、クリアリのことはバレていないはず。
モアディさまが探知魔法で調べてくれたので、部屋に他の魔術師の遠隔監視魔法などは仕掛けられていないことがわかってる。
目の前でしてくれたし、モアディさまも少しぶっきらぼうに「私だって、あなたの部屋を覗くようなことはいたしません」と宣言してくれたので、大丈夫なはず。
はず。
ユハスさまがクリアリを知ることはない。
はず。
こんな仮定ばかりの考え、とても危ない橋だけれど。
モアディさまの力と紳士魂は信じたい。
「こ、これは明日のお茶菓子ですわ。私はここに仕事をしにきているけれど、仕事に集中するためには息抜きも必要なの」
よしよし、いい言い訳よね?
不自然じゃないわよね。
「し、仕事にお菓子? なに言ってるのお姉さま。そんなのお菓子を食べたい言い訳ですわよね、はしたないっ」
モアディさまが私に助けを出したのが気に入らないのか、クミンはまだまだ攻撃的だ。
言い返してやろうと思った時、ユハスさまが動いた。
とん、とクミンの肩に手を置いて制したのだ。
「そこまでにしましょう。追々教えてはゆきますが、脳には“砂糖”が必要なのですよ」
子供に言い聞かせるような、優しい口調だった。
ユハスさまはクミンに寄り添っているようで、波風立てず間に入り収めてくれようとしている。
「そ、そうなのですか? さすがユハスさま、博識でいらっしゃる。クミンなにも知らなくて…もっとユハスさまに習わないと駄目ですね」
ちょっと瞳を潤ませ、上目遣いにクミンはユハスさまを見上げる。
さっと媚を売れるその才能、真似たくはないけど呆れますわ。
この称賛は、褒めていますのよ。
呆れますけれど。
「では、週1の授業を少し増やすことにいたしましょう」
「うれしい! クミン、頑張って通いますっ」
待って、クミンが城に!?
今日はじゃあ……。
「毎回カイゼン家に通う時間が取れなくなってきてので、クミンさまに来てもらうことにしたのです」
嬉しさのあまりユハスさまに抱きついたクミンを引き剥がしながら、そう説明してくれた。
第一王子の件があってから、みんないまは混乱していて忙しいから、その理由はわかるけれど城にクミンが来る、私のいる場所にいる、それがすごく嫌だった。
城は広いから、そうそう遭うことはないだろうけど、現に今日こうして遭ってしまっている。
油断ならないわね。
「さあ、遅くなりましたので門までお送りいたします」
「は、はい……」
と、はにかむふりのクミン。
「それではまた、リーディアさま」
クミンの腰を押して、帰りをうながす。
その場を収めてくれたユハスさまがいなかったら、つかみ合いになっていたかも知れないわね。
まだなにか言いたそうに私を睨むクミンに、私は笑顔で手を振ってやった。
「はぁ、疲れた。クリアリに食べ過ぎを忠告しないと、ね」
後日、クミンが街の菓子店で大量の砂糖菓子を注文していると噂で聞いた。
あの子、砂糖を摂れば頭が良くなると絶対勘違いしているわね。
遅くなりました、すみません(こっそり)。
ちょっと優先したことがあり更新が遅ーくなっていました。
本当は昨日したかった、ぐすん。
私も、砂糖を食べながら書いていきます!




