第十七髪 冒険の 気持ち高鳴る 迷宮へ
「……さま……慎太郎様」
「ん、ああ……」
思った通り、と言うべきか。
目を開けるとそこは、大神殿の中に用意された例の寝所であった。
視界の端に大巫女の姿を捉える。
腕に手が添えられて、ゆさゆさと優しく揺り起こされるのはこの上なく幸せな時間であった。
「おはよう。大巫女君」
「おはようございます、慎太郎様」
既にテーブルには朝食が用意されており、朝の柔らかい陽光が差し込む中、向かい合わせで食卓を囲む。
あちらで食べてから数時間と経っていないはずだが、空腹感があり、食が進む。
特に山羊乳粥の中に入った黒い粒々とした感触が絶妙だ。
「これは何の種子……もしくは卵かね」
「これは慎太郎様の世界ではアマランサスと呼ばれるお花の種ですわ」
「おお、そういえば見たことあるな」
昔、妻が庭で育てていた花を思い出す。
鮮やかな赤色の葉が実に見事なもので、確かに種子は黒かったように思える。
日本名は特徴的だった気がしたが、――なんだったか。
朝食を食べ終わると、服を着替え、大神殿の入り口まで歩いていく。
「シンタロー、おはよう」
そこで待ち受けていたのは、既に出発の準備を整えた御者兼親衛隊長のクオーレと、小学生高学年のような幼い見た目の若き軍師マリーナ。
そして。
「フモッフモッ!」
「おはよう。お、クリームも元気そうだな」
荷台の上には、先日牧場で名付けを行ったメスのカプラもすでに鎮座していた。
慎太郎が乗り込むや否やすり寄ってくる。
「さて、行きましょう。『地下迷宮』へ!」
大巫女の号令でクオーレは手綱を押すと、天馬は力強く羽ばたき始め、石畳の通りを駆け抜け助走をし、宙へ浮かび上がる。
勢いそのままに上空をぐるりと一周すると、黒き神が左前に見ることが出来る方角へと進んでいく。
「このまま南東に真っすぐ進んでいくと大森林がある。その奥地に地下迷宮はある」
マリーナの言葉に、慎太郎は小さくうなずく。
「確か、大地神が住む地ということだったな」
「ああ。大地神エルザビは強大な神の一柱であるが、神々の中でも最も人というものを理解している存在だと言われている。ここについては、大巫女の方が詳しいかもしれないが」
「そうなのか?」
慎太郎の視線に、大巫女は少し困ったようにはにかむ。
「ええ……、以前、力をお貸しいただいたこともありますので。確かにとても友好的で優しい方でもあるのですが、ちょっとだけその」
「何かあるのかね」
「……何とも言いづらいので、直接お会いした時に感じて頂ければ」
「ふむ」
言葉を選ぶのに苦労している大巫女を見ると、それ以上の詮索は可哀想に思えた。
いずれにしても、会えば分かるようなタイプなのだろう。
話を聞く限り根が悪い神でもなさそうだ。
ひと癖、ふた癖はあるかもしれないが。
慎太郎は納得するように首を縦に振ると、ところで、と話を変える。
「そういえば、こんなに少ないメンバーで挑んで良いのかね?」
四名と一頭。
例えばルビンのような屈強な兵士などが同行するものだと思っていただけに、意外なほどの少人数である。
マリーナは当然の疑問と準備していたようで、すらすらと答える。
「いくつか理由はある。人員にはそれぞれの役割を与えているし、黒き獣の襲来が多くなっていることもある。だが、何よりも」
「何よりも?」
「大巫女の結界は多くの人を守ることに向かない。一方で、シンタローの力も出来るだけ温存したい。人が多くなれば当然、食糧問題……兵站も考える必要がある。となるとカプラを多く運用し、天馬は使えない。時間も押している。最低限の人数で機動的に行うのがベスト」
「なるほどな……」
マリーナの言葉は最もであった。
クリームもなぜかフモフモ、とうなずいていた。
そうこうするうちに、天馬は緩い曲線を描く大きな川を遡るようにして進んでいく。
しばらくすると、一帯は大森林が広がり、遠くには高い山の稜線がなだらかに連なっている。
とても美しい風景だ。
だが、所々不自然に枯れ果てた大地となっていたり、深い地割れが現れるのは、やはり黒き神に因るものであろう。
先日話にあった通り、この世界は刻一刻と滅びへと向かっている。
そんな光景を大巫女も少し憂いを含んだ瞳で見つめていた。
が、慎太郎の方へ向き直ると、
「慎太郎様、頑張りましょうね!」
と、いつも通りの笑顔を見せる。
慎太郎はその眩しさに目を細めていると、奥の景色に変化があることに気づく。
鬱蒼とした森の中に、神殿跡のような、石柱が何本も立ち並ぶ場所が見え隠れしている。
その中心に、遺跡の地下に降りるための階段が奥まで続いている。
あれこそが目的の地である、大地神エルザビが支配する地下迷宮であった。




