第十五髪 屈強な 男の過去を 知る機会
心身共にリラックスした慎太郎は、せっかくの機会と、ルビンに色々と尋ねてみることにした。
「兵をまとめる仕事というのは、どうかね」
「簡単ではありませんなあ」
ルビンは率直な感想を述べる。
「この国は地形に恵まれておりますゆえに、元々兵士なんてものはほとんどおらず、神殿の近衛兵と国境の警備兵、それに門番などの守衛程度しかいないほどでございましたな」
「ふむ……そうなのか」
「ええ。ですが、この危機にあっては一般市民も兵として駆り出されておりますんで。人相手ではないとはいえ戦い慣れておらぬ者には、訓練を含め諸々負担に感じているでしょうなあ」
「なるほど……」
「俺はよその国から来たんで、この国の『のどかさ』には随分と驚かされたもんですよ」
「ふむ。また、どうしてこの国に来たのかね」
慎太郎のもっともな疑問に、男は無邪気な笑みとともにこう答える。
「女を、追いかけてきたんですわ」
「ほう……」
実に意外であった。
先の肉体に加え、美丈夫という言葉では表現が足りないほど、ルビンの顔立ちは整っている。
特に先程のような笑顔は少年のように輝いていて、ほっといても女性が寄ってくるような魅力に溢れている。
「いい女でしてね。一目惚れして、男女になって。ただ、土くれの研究ばかりしている変な女でして。急に祖国に戻るって決めると次の日には書き置きで帰っちまいやがった。それで俺も、仕事も何もかも捨てて、流れ着いたってわけですわ」
「思い切りがいいな、君は」
「ははは、大神官様もあちらでは身を固めているのですから、そこの機微は分かるでしょう」
「ああ、実にその通りだ」
結婚して二十年近く経つと、そういう気持ちも段々と思い出せなくなるものだが、確かにそうだったように思える。
とはいえ、慎太郎は妻と普通に出会い、普通に付き合い、普通に結婚し、莉々に恵まれた。
ドラマチックな展開は何一つ無かったので、少しばかり物語性には欠けてしまうのだが。
そこで会話が不意に途切れる。
隣を見ると、湯煙の向こうで、男はやけに遠い目をしていた。
「ただ、死んでしまいましてね」
「……そうか」
「ちょうど黒き神が復活した頃に、東の奥地へ調査に出かけてましてね。それで、黒き獣に」
「そう、か。あれはやはり、凶暴なのか」
「ええ。まあ、襲われるといっても食われたりはしないんですがね。ただ、あいつらの突進力はとにかく凄まじいですから、今みたいにカピツル神の加護がある武器や防具がなければ、人の身体なんて軽くへし折られてしまうんですわ」
それは、慎太郎も肌で経験したものだ。
この地に召喚されてきた時、あの黒き獣達は馬車に追いすがり、荷台を破壊し、慎太郎達を危機一髪の状況に追い込んだのだ。
「……治療などは出来なかったのかね」
「軽傷ならば、カピツル神の力を使うことが出来る巫女の奇跡で治すことが出来るのですがね。また、大巫女様ほどの力があれば、命さえ失われてなければ一命を取り留めることも出来ると聞きますが、あの時は大巫女様もおらず、……手遅れでしたんで」
「……すまない、辛いことを思い出させてしまったな」
沈痛な面持ちになる慎太郎に、ルビンは朗らかに笑う。
「お気になさらないでください。皆、このことは腫れ物に触るように聞いてこねえ。俺も話す機会がないから、段々と記憶が薄れていく。もし辛いことがあるとすれば、皆の記憶から、俺の記憶から、あいつが居なくなることだ。――だから、こういう機会はむしろ嬉しかったんですわ」
変な考え方ですいません、と軽く頭を下げる男に、慎太郎は柔和な表情で返す。
「いや、いいんだ。君は過去と向き合いながら、未来へ歩いているんだな」
慎太郎はその生き様に、改めてこの男の器の大きさを感じた。
*
「それでは、せっかくですから、お背中も流しましょう」
断る隙も与えず男はこちらへ、と誘導する。
大きい男は勢いも違う。
慎太郎は苦笑しながらついていく。
言われるがまま座ると、その後ろにどっかりと腰を下ろしたルビンは慎太郎の背中をじっと見て感嘆する。
「おお、これはこれは。大神官様もなかなかの戦場を潜り抜けた御仁でございますかな」
「ああ、これか」
自分の背中を見ることなど滅多にないため、時折忘れそうになる。
慎太郎には、背中に浅黒い火傷のような痕が刻まれている。
あまりに大きいそれは、背中の中心から六割以上に渡り、実に痛々しい有り様であった。
「実は、いつこうなったか良く分からないんだ。二十歳より前のどこかでなったはずなんだが、恥ずかしいことに記憶が無くてね」
「ほう。ここまでのものになると苦痛もよほどか、それを感じないほどの状態だったか。こういうのもなんですが、生きているのが不思議なくらいですな。いずれにしても、災難でございましたなあ」
「まあ、そういうものだったのかな。何、痛みはないからそんなに気にはならないんだ。人に見せると顔つきが変わるから、それだけがちょっと申し訳ないんだが」
健康診断の時、毎回尋ねられる項目だ。
医者にもよくルビンと同じように言われてしまうので、気にはなってしまうのだが。
ルビンは泡まみれの大きな手で傷痕に触れる。痛みはないし、感覚もある。
くすぐったいが、その優しい手つきはこの男なりに気を遣っているものだと分かる。
「ですが、これを女達に見せたら、モテまするな」
「そ、そうなのか」
「ええ。ここでは傷は男の勲章でございますゆえ」
そう言うと、粗野な笑み一つ浮かべて、右の手から肘に深く刻まれたひと際大きい勲章を慎太郎へ見せた。




