第12話 勇者武器の試練#3
腕を組んで仁王立ちするナツミと、一人の賊の男が視線を合わせてバチバチと火花を散らしていた。
新たなる闘いの開幕――。
その闘いの名とは……?
「一対一するならやっぱ、これしかないっしょ」
「……っ!」
男はさらに警戒を増して構えの体制をとる。
そしてナツミは、何をするのかと思えば、辺りを見渡して水平に切り取られた木の丸太の横にドカッと座った。
「な……何を……」
ポカンとしてナツミを見る。
ナツミは、丸太の切られた面に右肘を置き、口角を高く吊り上げて口を開いた。
「腕相撲さ!!」
「うで……ずもう……?」
それは、日本の伝統的な漢のタイマン勝負法。
1VS1で睨み合い、手を組み合い、スタートの合図とともに、チカラとチカラのぶつかり合いを行う。
決着は簡単。
倒された方が負け。
これが真の、漢の戦い方。
「……っだ!!」
最後にナツミがそう叫ぶ。
周りにいた奴らは全員肩を震わせて驚くが、ナツミと火花を散らすあの男は別だった。
……もう、決心は着いているらしい。
「……分かった」
「よし。ならさっそく……」
「いいや、待った!」
左手を広げて前に突き出し、そう叫ぶ。
「俺から1つ、頼みがある」
「な……なに?」
「この、めちゃくちゃな戦いに挑むんだ。俺らにも何か得があったっていいだろう」
「たっ、確かに……」
と、そこで男はゴクリと唾を飲み込み、笑みをこぼす。
「この戦いに勝ったら、今までの俺らの罪を水に流してくれないか?」
「なっ!?そんなこと、許される訳が……!」
「いいだろう」
「勇者様!!」
「これは真剣勝負なんだよ!!二言は認めん!」
「勇者様……」
ギロリと目をギラつかせ、異論を述べる騎士を睨む。
睨まれた騎士は肩を落として元の列に並ぶ。
どこかもったいないとでも思っているようだった。
だがナツミはその様子を気にすることなく、騎士たちに背中を向けたまま話を続けた。
目線の先にはこれから戦う相手がいる。
「確かにアタシはあんたらに比べてクソガキで頼りないって思うかもしれないけどさ」
「いっ、いや、我々はそんなこと……」
すかさず騎士のひとりがその言葉を否定する。
「いや、その通りでしょ?アタシ背ぇちっちゃいし。でもさ……」
向けていた背中を翻し、顔を皆に向ける。
少しの間を開けて、閉じていた口を開いた。
「ちょっとぐらい、アタシのこと信じてくれんかな?」
最後にニカッと笑って、相手の方を向き直った。
「さぁ、やろうか」
「あぁ」
「名前は?あだ名でもいいよ」
「……バーンだ」
「いい名前だな」
「……冒険者名だけどな」
そこまで言い終えると、ナツミが奥の方に目をやってバーンの仲間に向かって口を開く。
「なぁおじさん!そこの人!」
「え?おぇ?」
「わ、ブッッサ」
太い声が周りに響き、ナツミが思わずそう口走る。
かと思えば、まるでそれを無かったことにするように――
「審判よろしく」
「おっ、おう……」
やっと準備が整ったところでバーンとナツミが手を組み合う。
いざ、開会。
「レディー?」
「「……」」
「……ファイト!」
「うぉぉぉぉあぁぁ!!!」
「なぁぁぁぁぁぁー!!腕……キッッツイィぃぃぃぃ……!!」
開始の合図とともに互いの力がぶつかり合う。
大気が揺れ、2人の覇気がぶつかり、嵐のような暴風が辺りを包み込む。
「(なんだ……この……女……!)」
バーンがナツミの鋭い目付きを見ながら、そう思う。
「(腕細せぇし……身体もちっちぇくせして……いったいなんなんだ……!?この馬鹿力は……!!?)」
そう、疑問に思ってならなかった。
力強く握りしめられた手は、決して離すことなく、ただバーンの腕を倒すことにのみ集中している。
この、身の丈以上もある男に、まだか弱い女が対等に渡り合っている。
「お前……いったい何者だ……ッッ!?」
バーンがそう聞くのと同時に、ナツミの腕が押される。
これを見ただけだと、ナツミが不利に思える。が……
「じゃあ逆に聞くけどぉっ!人間って何?って……聞かれたらなんて答えるのっ!」
ナツミがグッと力を込め、バーンを窮地に追いやる。
だがしかし、バーンもなかなかしぶとい。
ギリギリ負けが決まる手前で、ナツミの腕を始めの位置にまで戻す。
「腕……キツイってば……ッ!!」
「キツイんなら……さっさと諦めればいいだろっっ!!」
「アンタが諦めなよっ!!」
「いや……」
「「負けろだなんて言われても……」」
2人の声が重なる。
「「絶対に断る!!!」」
視線を合わせ、睨み合いながらそう叫ぶ。
一進後退の熾烈な戦い。
その2人の気迫がぶつかり合って辺りを嵐のように吹き荒らす。
木の葉が大きく舞い上がり、小石や土が二人から離れていくようにして飛んでいく。
「「うぉぉぉぉあぁぁぁぁぁ!!」」
2人の声が、舞い上がる砂埃の壁の向こうで響く。
吹き荒れる風。
2人の覇気に圧倒され、立つのですらままならい騎士やその他の者たち。
「っ!!そろそろ……倒れろ……!!」
「絶対に……イヤ……!!」
そんな二人の会話が外に聞こえるわけがない。
互いに1歩も引く気はなさそうに思えた。
勝つことにのみ集中し、相手を倒すことにのみ力を込める。
そんな2人だが、体格には大きな差があった。
なぜ、ナツミがここまでの相手を窮地に追いやれるのか。
その差を埋めているのは一体何なのか。
ナツミとバーンの大きな違い。
それは……経験の差だった。
姿勢、力の入れ方、腕の効率的な倒し方など。
様々な経験が、その差を埋めていた。
そして、その技術を、バーンは知らなかった。
「なっ……!?」
次の瞬間、片方の気迫がまるで何もなかったかのように無くなる。
嵐のような風はその一瞬だけ薄まり、砂埃が落ち着く。
そこには、驚きに満ちた表情をしたバーンと、口角を高く吊り上げたナツミの姿があった。
「今しかないッ……!!!」
バーンに生まれたほんの一瞬の隙を、ナツミは見逃さなかった。
残りある全ての力を使い切り、倒すことにのみ集中力を注ぐ。
その瞬間に辺りに今までにないほどの気迫が吹き荒れ、何人かの人間が尻もちをつく。
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!」
『ダァァン!!』
大きな音が周りに響き、風がおさまり、砂埃が落ち着く。
辺りは水を打ったように静まり返り、全員が一点に注目した。
その視線の先にあったのは、バーンの手の甲を丸太に打ち付けた、ナツミの姿があった。
「っっっシャァァァァァ!!!!」
ナツミが思わず立ち上がり、大きなガッツポーズをとる。
その次に、ナツミの喜びに乗っかるようにして、騎士たちが手を掲げて喜びを表す。
バーン達はポカンとしていて、何が起こったのか分からない様子だった。
「なっ……お、おい!!今のは一体なんなんだ!!力が急に抜けて……魔法でも使ったのか!!?」
そう、バーンに問われ、ナツミが振り返る。
「魔法なんかじゃない。ごく簡単なものだよ」
「じゃあいったい……何がどうなって……!?」
そして、ナツミがバーンの目と鼻の先にビシッと人差し指を突きつける。
「腕相撲の秘技、『押してダメなら引いてみろ戦法』だっ!☆」
「押してダメなら……引いてみろ……戦法……!?」
「その通り」
互いに力を込め、ぶつかり合っているとき。
急に力を抜いて見ると、相手はそれに対応できず、体勢を崩される。
そして、体勢を崩されたそのとき、力を込められると、またしても対応する事ができず、力を込められないままに相手に倒される。
これが、『押してダメなら引いてみろ戦法』なのだ。
「ふっ……ハハッハハハハハハハハハ!!!」
急に、バーンが笑いだす。
「ハハハ……はぁ……負けだな。俺の完敗だ」
そう言って、大の字に地面に寝転がった。
どこか遠くを眺めるような目で空を見ている。
その表情は、恨みの心も、憎しみもなく、ただ清々しそうな表情をしていた。
「悔しいなぁ……」
懐かしむような目で、そう呟く。
脳裏に浮かぶのは、バーンらが『姉貴』と呼ぶ一人の女性。
それがどうしようとも、なつみと重なってしまってしょうがない。
「いい試合だったよ。ありがと」
そうして、なつみが手を差し伸べる。
バーンは差し出された手を取り、立ち上がる。
ナツミが手を離すと、後ろにいた騎士たちに縄で拘束される。
その様子を見届ける間も無く、ナツミは踵を返した。
「なつみ」
「……え?」
「アタシの名前。なつみって言うんだ」
「……アバンだ」
「アバン……いい名前してるじゃん」
両手を結ばれて拘束されるアバンに、目を向け、そう言う。
その肩には、布に巻かれた武器が担がれていた。
「姉貴……」
アバンが思わずそう呟く。
まただ。
また、その薄くかかるシルエットに濁りはなく、キレイに重なる。
声に反応したなつみが思わず振り返る。
「は?」
「なつみさん!!」
「んなっ、なんだよ……」
「俺たちに、なつみさんを『姉貴』と呼ばせる権利をくれ!!」
「はぁ?」
思わず、そう呟いてしまう。
そこには、頭を深々と下げるアバンの姿があった。
「……」
しばらくの沈黙。
騎士たちも、自然となつみの方に目をやっていた。
アバンだけでなく、他の賊たちも頭を深々と下げ始める。
「……ま、いいんじゃね?」
そう言うと、賊たちは互いに目を合わせて満面の笑みを浮かべる。
「「ありがとうございます!!」」
そう言って、アバンたちは騎士達に連れていかれることになった。
が、そいつらにとって、ナツミが特別な存在になったというのは、言うまでもない。
視界の先にある、背の小さな少女の背中が、遥かに大きく感じるのだった。
………………………………
旅を続けること、なんと4日。
途中で賊が加わったこともあり、ナツミの帰りは遅くなっていた。
案の定、ナツミが最後の帰りとなった。
「やぁっと着いた〜〜〜〜〜!!!」
「よぅ!やぁっと帰ってきたか!」
「りきウザイ。来んな」
「ひどっ」
「めっちゃ遅かったね」
「アモンくん!そうなんだってぇ〜、めっちゃ遠かったの」
「ふーん、ところで、『聖武器の問い』ってやつ、ナツミはどうだった?」
「ん?何それ?」
「あれ?なんかなかったの?」
「りきまで……」
「あの……金色の粉がさ、ぶぁーって出てきて」
「何それ知らない」
「武器掴んだ時に出てこなかった?」
「あっ」
そして、その時になってやっと気づく。
ナツミの武器は、布に包まれていて、握るどころか、拝めることすらできていないことに。
そして、肩に担いでいた武器を下ろし、布を剥がす。
「おぉ……」
「す……すごい……」
どんな武器だったのか、どんな姿をしていたのかは、また別の機会に話すとしよう。
そして、ナツミが、リキが、アモンやその他の勇者たちが、どんな『聖武器の問い』に応えたのか、それは別のお話。
夜になると、騒ぐこともなく、疲れきってしまった勇者たちは、素直に自室に戻って深い眠りについた。




