十九片:闇夜の目覚め
堪えがたい痛みに「うっ」と声をあげ、花梨は瞼を開けた。星一つない漆黒の夜だ。このまま見ていたら、身も心も闇にとけそうなほど、残酷なまでに真っ黒な。
「ここは……」
ぽつりと呟くと、ふわりと白い息が昇った。ここはどこで、何をしていたのか? 花梨の意識は混濁した。わかる事は硬い場所に寝てる事、ぱちぱちと何かが燃える音、そして揺れる暖色の光から感じる温もりだけだ。もし肩の痛みがなければ、極度の疲労で再び意識を手放していただろう。
「目が覚めた?」
(この声……)
「大すけ……っぐ!!」
起き上がった途端、花梨は激痛のあまり叫んでしまった。じわりと脂汗が流れ、ひぃひぃと情けない声まで出てしまう。
「どこなのここ?」
「庭園にあった建物……といっても今は廃屋だけどね」
(ていえん? 廃屋?)
「火を熾したかったから、ここに移動したんだ」
花梨は周囲をゆっくりと見渡した。廃屋といっても建物かも疑わしい場所だ。屋根どころか壁すらない。痛んだ床とその中央にある囲炉裏がその残渣を残しているだけだ。
「あたしは今まで何を?」
「一時間ほど眠っていた。肩の穢れは取り払ったけど、傷は治せなくて。ごめん、もう少し早ければ君が怪我をする事はなかったのに」
大輔が説明するも、花梨の耳にはほとんど届いていない。大輔に会えて嬉しいはずなのに、花梨は地獄に落ちた気分になった。目にうつる光景や大輔の存在すら信じたくない。
「寝てた……だけ?」
(あれはただの夢だったの?)
「おじさんは?」
「喰われたままだ」
「は……はは」
(物語が変わった、だなんて。どれだけ都合のいい夢をみていたんだろう)
花梨の目からぽばぽたと涙が流れ落ちた。大粒の涙が深紫の上衣にシミとなり、広がっていく。上衣は大輔が掛けてくれたのだろう。包帯替わりに使ったため、ほぼただの布切れとなっていたが。
「大輔……ログアウトしよう? この世界は辛すぎる。頑張っても頑張っても報われないもの」
花梨は吐くように言った。だが大輔は暗い顔のまま首を振る。
「言ったろ? クリアーするまでダメだって。はやく穢れ主の所に行くんだ」
「なんでよ!! もう古典なんかどうでもっ──痛っ!!」
(だめだ。痛くて頭が働かない。もしこの瞬間に黒獣が来たら)
夏行の事を思い出し、花梨は震えあがった。冷静になれと花梨は少しずつ息を吐きだす。次に油断したら、今度は大輔を失うかもしれない。だが高鳴る心の音はなかなか退かなかった。
(落ち着け、落ち着くのよ)
痛みと焦りが心を占めれば、何事も悲観的に考えてしまう。それでも大輔の発言は酷かった。目の前で夏行が消え、花梨が大怪我を負ってもクリアーしろとしか言ってくれない。
(大輔はどうしちゃったの? いつもならこんな事は言わないのに)
大輔は基本、花梨に甘い。扱いが酷かったり鬼畜な面を見せる事もあるが、それは花梨の為になる事だけに限定されている。追試の前にゲームをさせるのもそうだ。時間があれば花梨はすぐさぼってしまう。追い込まれたほうがやるという花梨の性格を大輔は熟知している。
つまり意味もなく人に怪我をさせたり、苦しませたりする男ではない。それに意識を失う前、大輔は何かを抱え込んでいるようだった。きっと理由があるのだろう。
「大輔、このゲーム、すっごく痛いし苦しいんだけど。それでもクリアーするの?」
「それしか方法はない」
(方法はないって……)
「というか、これってゲームなの? 本当は違うんでしょう? たしかに神力とかゲームみたいな世界だわ。剣術経験のないあたしがチート級に強いもの。でも痛みや、お腹がいっぱいになるって、ありえないでしょ? 登場人物や風景なんか本物にしか見えないし。信じられないけど異世界に来たとしか思えない。少なくともあたしが知ってる世界じゃないもの」
「いや、そんなはずない。ここは君がよく知る世界だ」
(そんなはずないって……)
「なら危険なゲームからログアウトしない理由は? 話してくれれば納得するかもしれないわ。それともあたしじゃ信用ならない?」
「違う。言えないんだ……まだ。でも信じて欲しい」
大輔が申し訳なさそうに俯く。大輔の態度に花梨は戸惑った。大輔はいつだって花梨より大人で、余裕があって、困ったら相談に乗ってくれる存在だったから。だが今は逆だ。余裕がない。瞳には不安が宿り、放っておいたらどこか遠くにいってしまいそうな危うさまである。
(言えないけど信じて欲しいか……そういえばあたしもおじさんに。人の事は言えないわね)
「まだって事は『言える時が来たら言う』って事でいい?」
「うん」
大輔の返事に花梨は大きく息を吐くと瞳を閉じた。しばらくの沈黙の後、花梨はゆっくりと目を開けた。静かな面持ちであったが、その瞳には覚悟を決めた強い意志があった。
「わかった、信じる。とりあえずクリアーしないといけない。で、OK?」
「花梨……?」
「あたしが困ったら大輔はいつだって助けてくれた。今度はあたしの番でしょ。怖いけど……頑張る」
大輔がぽかんと口を開ける。
そこまで信じてもらえるとは思ってなかったらしい。だが花梨の表情に晴れやかさまではない。言葉で言えても、全面的に信じるには無理がある。げんに花梨の肩は少し震えていた。あの恐怖と再び対峙できるほど、花梨の心はまだ立ち直ってはいない。
「そのかわり一つだけ言わせて。ゲームなら生き返りの魔法ぐらい『あり』にしてよ。ただの女子高生に人の命は重すぎる。おじさんが……人が、死んだのよ?」
「え?」
大輔が戸惑った声を上げる。
「なに? いまさら知らなかったって言うつもり? これに関しては許さないわよ」
「違う、夏行は生きている。忘れたの? 糸をつなげた事を」
「糸?」
花梨の目が点になる。
「夢見で神糸を繋げたじゃないか。君が死なない限り、夏行は死なないよ」
「ちょ、ちょっと待って! あれって夢じゃなかったの? おじさんは生きてるの?」
「うん。でも君の神力はだいぶ落ちている。夏行の回復は遅れているだろう。だから穢れ主を倒しに行こうって言ってるのに」
「そ、それを最初に言えー--!!」
言ってるのに聞かないから……と大輔は小さくぼやく。
(生きてる……生きてるんだ。なら早く助けないと!!)
「あの時の感覚を思い出すのよ」
どん底の気分が吹っ飛び、花梨は即座に、糸の感覚をたどろうとした。だが青白に「神器なしは危険」と言われた事を思い出し、花梨は蛍光刀を使おうと考えたのだが──。
(あ……黒獣と戦った時に落としたんだった)
花梨は、ガクっと肩を落とした。激痛のまま黒獣と対峙しながら捜せる余力はない。
「詰んだ。蛍光刀まで失くすなんて。せっかく気持ちを切り替えたのに」
「蛍光刀なら拾っておいたよ」
「え?」
大輔が蛍光刀を懐から取りだすと、浮かない顔で花梨のひざ元に置いた。
「やったー!! って、いたた。まずは傷を治さなきゃ。夢ではできたもの、きっとできるはず」
「それは無理。残念だけど花梨は『治術』を使えなくなったから」
「ちじゅつ?」
「『ヒール』と言えばわかる? 夢見で夏行と直接、魂を繋げただろう? 過去を変えた代償だろうか……花梨の治術回路が喪失した。蛍光刀の柄をみてごらん、目貫の一部にヒビが入っている」
目貫とはなんぞや? と言った顔で花梨は柄を見る。
「あ、この飾りか」
初めて柄を持った時に見た、あの小さな花梨の飾りだ。
「本当だ。葉っぱのところにヒビが入ってる。でもそれだけで治術が使えないって分かるものなの?」
「その刀は俺が作ったから。この目貫はね、神石でできていて、持ち主の神力と同調して形を変える性質がある。君の場合は花冠が花梨だから、花梨の形をしているんだ」
へぇと言いながら、花梨は柄を見て他に傷がないか確かめた。見た限り葉の部分以外はなさそうだ。
「目貫の役目は神力の増幅と、術者の使用可能な術式の開示だ。葉は術者の治癒をつかさどる。花は攻撃や特殊能力、茎は防御といった感じかな。巫女によっては使える術式が少ないと、まったく作動しないか、形が変化しなかったり花の一部しか現れない」
「ふぅん。つまり目貫を見れば、その人の使える技の種類がわかるのね。あたしの場合、ヒビが入ったから使えなくなったってことかしら」
「そのとおり」
「なら痛いけど頑張るしかないか……」
治療は諦め、花梨は祈るように蛍光刀を握ると、瞳を閉じ夏行に繋げた糸の感覚を追った。
(思い出すのよ、あの時の感覚を──)
同調するかのように、蛍光刀の柄がぼんやりと桃色に光った。花梨は心を鎮めながらうっすらと瞳を開けると、心臓からのびる細い光の糸が見えた。糸は真っ暗な木々の先へと伸びている。夏行はその先にいるのだろう。
「あっちだ。行かなきゃ」
勢いよく立ち上がった途端、花梨は痛みのあまり悲鳴を上げ、ふらついた。とっさに大輔が支えなければこけていただろう。
「俺がおぶる。その怪我じゃ移動は無理だ」
「でも黒獣がいるのに」
いくら大輔でも怪我人を背負ったまま戦うなど無理だ。夏行と二人がかりでも厳しかったのだから。
「大丈夫。あれは俺を襲わない」
「ずるっ。こんな時だけ創造主権限を使うなんて。ついでにおじさんも助けてよ」
「それは無理。イベントはちゃんとクリアーしてもらわないと」
(イベントね……)
大輔は笑っているが、どこか危うげで花梨は不安になる。一緒にいるのに遠くに感じてしまうのだ。
「さぁ背にのって」
大輔にせかされ、花梨は言われるがまま背に身を委ねた。花梨は幼い頃、何度か大輔におぶってもらったことがある。はしゃぎすぎて怪我をした時、公園で遊び疲れ眠ってしまった時……あの時は小さかった背中が、いつの間にか広く大きくなっている。
(変なの……大輔が知らない人になってくみたい)
それは大輔がいつもと違う服装だからか、それとも大人の男性へと成長していく過程についていけないだけなのか──花梨にはわからない。ただ、理由もなく不安になるのだ。
(だめ。今は、おじさんを助ける事に集中しなくちゃ)
花梨は気持ちを切り替え、再び糸に意識を集中した。
「あっちよ」
花梨の指示に従い、大輔が軽快に走り出した。不思議な事に大輔が走っても、花梨の体に振動どころか足音すら聞こえない。まるで空を走るかのごとく鬱蒼とした木々を大輔はすり抜けていく。おかげで肩の痛みに響かずにすむが、ほぼ暗闇の中、人ならざるスピードで動くため、花梨は驚いた。花梨はゲームの仕様かと思ったが、その動きに既視感があった。
夢でみた子供の動きと似ていたのだ。それに──。
(大輔が言ったとおり、黒獣が襲ってこない)
不思議なことに、とめどなく襲ってきた黒獣が一匹たりとも現れなかった。だが二度と油断しまいと、花梨は糸に集中しつつも黒獣を警戒していた。黒獣はたしかに近くにいて、尋常ではない数が潜んでいる。けれどもなぜか襲ってこない。蛍光刀の柄の光で目立つにも関わらず、だ。
(そういえば、あたしが寝てる間も黒獣が襲った形跡はなかった。どうしてなの?)
「花梨! 池の近くまで来た。この先は?」
大輔の声にはっとなって、花梨は慌てて意識を糸に集中した。大輔は夜目が利くのだろうか? 池があると言われても真っ暗で花梨にはわからない。だが花梨の嗅覚は『あの場所』をしっかりと覚えていた。酷い湿気と血なまぐさい匂い──ムカデに襲われた場所に間違いない。花梨は胃から戻る物を感じたが、必死に呑み込んだ。
「あそこ!! たぶん池の先」
指をさした瞬間、木々がきしむ音が聞こえた。闇の中、何かがうごめく音がする。たぶんあのムカデに違いない。花梨はトラウマが蘇り、背筋が震えた。だが怯える暇はない。今度こそ失敗は許されない。
「いるな」
目を細めて言う大輔を見て、花梨はぎょっとした。柄の光が大輔の目にあたるからだろうか? 瞳が赤く見えたのだ。
(まるで──黒獣みたい)
「あれが穢れ主で間違いない……って花梨?」
「え?」
「俺の顔に何か?」
花梨は焦った。まさか黒獣の目に見えたなんて言えない。
「べ、べつに。それよりも、穢れ主ってなんなの?」
花梨は慌てて話を逸らした。夏行も言っていた穢れ主──花梨はボス的なものととらえていたが詳しくまでは知らない。曖昧にするのは良くないと花梨は思った。
「庭園がこうなった元凶だ。奴を浄化しない限り黒獣は生まれ続ける」
(つまり穢れ主を倒さないと、黒獣が無限沸きするってわけね)
どうりで倒しても倒しても、きりなく襲ってきたわけだと花梨は納得した。だがあのムカデと、どう対峙すべきか。肩を痛めた花梨が容易に倒せるとは思えない。
(この手は使いたくないけど……)
「大輔、あたしがおとりになる。浄化はまかせてもいい?」
花梨は自分がおとりになり、大輔に浄化してもらう方法を考えた。怖いが一番確実な方法だ。今の花梨は利き腕が使えず、刀をまともに振れない。
「無理。俺に浄化のスキルはない」
「え?」
花梨は石のように固まった。
「えええええっ! じゃあ、どうするの?」
花梨の中で計略が砕け散り、頭が真っ白になった。大輔がいれば倒せると思っていたからだ。
「花梨が浄化するしかない」
「無理だよ。怪我してるし神力もだいぶ減っちゃったわ。大輔は何かできないの? 創造主なんでしょ?」
「俺のスキルは穢れを喰う事。けれどムカデと俺は相性が悪くてね。会ったとたん穢れが何倍も膨らむと思う。そうなったら俺でも黒獣を抑えられない。結果、花梨が喰われ、この世界は終わる」
「ええっ、あたし……喰われるの?」
「そうだね」
淡々と答える大輔に、花梨は抗議の声をあげた。つまり、ここからは花梨一人でやれと大輔は言うのだ。
「でもこの右肩の怪我じゃ、まともに戦えるとは思えないわ」
「大丈夫。左手がある」
「いや、無理でしょ」
「大丈夫。花梨は主人公じゃないか」
「うそだ!!」
「うそじゃないよ。花梨ならできる。俺を信じるんじゃなかったの?」
背中越しから呑気に言われ、花梨は大輔の髪をむしりたくなった。
「それとこれは別よ。主人公補正なんて皆無だもの。仲間どころか人間扱いすらされないのよ? 猿や熊扱いなんだもん。人権ぐらいよこしなさいよ」
「はははっ、猿とは。さすが花梨。まぁ大丈夫な理由を言ってもいいけどね、口にしたくない。腹が立って厄介な事になる」
何が厄介なのかと花梨は首を傾げる。大輔は怒っても、怒鳴ったり怒りをぶつけるタイプではない。
「そういう事だから頑張っておいで」
大輔は「行ってこい」とばかりに背中から花梨を降ろすと、何やら呪文のようなものを唱え花梨を担ぎ上げた。花梨は事態が呑み込めず目が点になる。
「頑張るって?」
「ムカデ退治だよ。俺が目の前まで届けるから」
(届ける?)
どうやってと口にする間もなく、大輔が花梨をポイっと空へと投げ上げた。
「ちょ、だ、大輔ぇえええっ?」
舞い上がった瞬間、風の気流が花梨の体を包み込む──と同時に豪速で真っ暗な目的地へと飛んでいった。下は人の死体が浮かぶ血の池のはずだ。間違っても落ちたくない。あまりの衝撃に花梨は、わけも分からなくなり、わーわーと叫びまくった。
(ひぃぃぃっ、これって目的の場所まで飛べても、どうやって降りるのよ~~!!)
大輔なら安全に着地させてくれるよね──と花梨は信じていたが、期待も虚しく花梨の体は急降下し始めた。
「信じらんないっ、外道、鬼畜ぅぅぅぅ」
花梨はとっさに左手で蛍光刀を強く握ると、風をイメージした。ヒュっと音がすると風の気流が急降下する花梨の体を覆い、落下のスピードを緩めてくれる。なんとか無事に地に降り立つと、花梨はカクンと足の力が抜け、放心のまま座り込んだ。雪で尻が冷たいが、感じる余裕などない。
「や、やばかったーーー!!」
花梨は大きく息を吐きながら声を出した。ばくばくと心臓の音がうるさい。何度、命の危機にあわせるのかと叫びたくなった。だからだろう、背後で木が折れる大きな音がし、ボトボトと雪塊が落ちるまで、その存在を忘れていた。ヒヤリとしたのは背に落ちた雪のせいか、それとも恐怖の為か──。
(……いる)
花梨は振り向くと、柄が大きな黒い巨体をぼんやりと照らした。間違いない、あのムカデだ。その証拠に糸がムカデの頭の方へと伸びている。ムカデは柄の光が眩しいのだろう。巨体に点在する赤い瞳の瞳孔が一気に収縮し、パチリと眼を閉じた。
「あ……ぁ」
花梨は悲鳴すら凍り付いた。体中の筋肉が硬直し、呼吸をするだけで肺が重く感じる。
(嫌だ……!! 食べられたくない)
<<ア……るジ?>>
腹に響く低い声が聞こえ、花梨は血の気が引いた──が『主』と呼ばれ、はたと我に返った。花梨を『主』と呼ぶ者は知る限り一人、いや一匹しかいない。初めて会った時と違い、黒く、より大きな巨体となっているが、間違いない。なぜなら、彼が怒りをあらわにした時に感じた感覚と似ていたのだ。
「せ……いはく……?」
それは小さな声だったが、花梨にとって精一杯、絞り出した声だった。おまけにカチカチと小刻みに歯が震えるせいで、流暢に名を呼ぶことさえできない。
(でもなぜ青白が穢れ主に? あ!! たしか菖蒲様は庭園で死んだのよね? だから夜叉である青白が狂って穢れ主になったとか? なら声を掛け続ければ、あたしを思い出してくれるかもしれない)
「青白、あたしよ。思い出して」
花梨はなんとか大きな声で言ったが、ムカデは答えない。
「お願い、正気を取り戻して……!!」
<<あ……る、あぁぁぁ>>
ムカデの姿になった青白の声が、くぐもっていく。やがて苦しそうに唸りだすと、体躯をうねらせ始めた。その度に、ぴちゃぴちゃと水音がなったかと思うと、地面や周囲の木に当たる音がした。当然、花梨の体にも飛んでいる。生暖かく鼻につく匂いに花梨は嫌な事を思い出した。
(ひぃっ……! これって黒獣の唾液だ)
花梨の悲鳴を聞き、ムカデが不気味な笑い声をあげた。それも一つや二つじゃない。体にある目の分だけ、見えないが口もあるのだろうか? ギヘへヘと声を重ねながら、花梨に接近してくる。
<<<ミツケタ……あぁアイシテル。オマエはオレノ……ギヘ、ギヘヘヘ>>>
「やだ、こないでよ!!」
花梨は「蛍光刀!」と唱えると、左手で刀を大きく振った。反動で右肩の筋肉に負荷がかかり、激しい痛みが走る──それでも花梨は躊躇せず刀を振ったのだが、手にムカデをとらえた感覚がない。がむしゃらだったが、確実に切れる位置だったはず、なぜ? と花梨は戸惑った。
(あ……刀身が)
見れば刀身がずいぶんと短くなっていた。神力が足りないのだろう。今までなら「蛍光刀」と唱えるだけで、意識せず出せていたのに。
(どうしよう、どうしたら?)
もう駄目だと思った時、何かがボトリと落ちた。




