十七片:軽くないリセットボタン
暴力的な描写があります。ご注意ください。
「──っが‼ 離せと言っているっ!!」
「いけません兄上! この先は──様の寝所です!!」
誰かが騒いでいる。声音からして男と子供だ。
(うるさいなぁ、怪我して疲れてるんだか──)
はっとなって花梨は目を開けると、知らない天井が見えた。北山の村で寝た時とは違い床は畳だ。いつの間にか寝てしまったらしい。格子から漏れる明るさからして、少なくとも夜ではないようだ。あれから一夜明けたのだろうか、花梨は不思議に思った。
(たしか、大輔と……)
そう思い花梨は周囲を見渡したが、どうもおかしい。太く蒼い柱は緑天宮と同じ豪奢な作りだ。小さい部屋ではあったが、蒼柱には細かな花の模様まで施され、畳も真新しい。とても廃頽した庭園にある建物とは思えない。
(いつの間に宮に戻ったの……? 大輔はどこに?)
部屋にいるのは花梨だけ。あるものは枕と布団替わりだろうか──深紫の袍のみだ。
(大輔のと似ているけど違う。糸一つ解れていない)
花梨は首を傾げた。たしかあの袍は包帯替わりに、大輔が破いたはずだ。
(そうだっ!! 怪我……!)
花梨はおそるおそる肩を動かしてみた。おかしなことに痛みや違和感が全くない。通常ならあり得ない事だが、ここはゲームの世界だ、回復魔法で治療したのかも……そう思い起き上がった花梨は、再び驚いた。
(制服じゃなくなってる? 誰が着物を着せたの?)
この世界の女性は極めて少ないはずだ。斎の宮でも巫女姫以外、女性には会わなかった。間違っても椿達が着せたとは思えない。重かった女房装束とは違い、単のみという薄着ではあったが、背丈からして桔梗が花梨を着替えさせる事は出来ないだろう。大輔であったとしてもそれはそれで複雑だ。しかも朝堂にいた時と違い、制服の上から着ているわけではない。
(か、考えない事にしよう)
とりあえず花梨は外に出てみる事にした。安全とは言い切れないが、禍々しい黒獣の気配は一切感じない。それに大輔が危険な場所に、花梨を一人にするとは思えなかった。蛍光刀が見当たらず不安だが、現在位置ぐらい把握したい──花梨は意を決し妻戸を開けると、美しい光景に目を奪われた。
(きれい──)
美しく剪定された木々、小舟が浮いた池、そこにかかる太鼓橋。冬だったはずが外は暑いぐらいで、雪はどこにもない。代わりに桜の花びらがひらひらと舞っている。黒獣がいたあのおぞましい庭園とは全然違う。
(寝てる間に春になった? いやいや、そんなはず)
もしかして大輔がデーターを変えたのか? 季節や着物、場所まで変わったならその可能性が高い──花梨はそう結論付けたのだが……。
(じゃあ、おじさんはどうなったの?)
そう思ったら花梨は怖くなった。ここが修正された世界なら、百足に喰われた夏行はどうなったのか? 疑問は尽きないが、聞ける相手が傍にいない。
(大輔のばか。なぜ肝心な時にいなくなるのよ)
「この──がっ。殺されたいかっ!!」
またあの声が花梨の耳に強く響いた。しかも殺すなど尋常じゃない。
(助けなきゃ)
草鞋も靴も見当たらず、花梨は裸足のまま、声の方へと踏み出した。慌てて駆けつけると、十にも満たない男の子が一方的に暴力を受けている。それも大柄の大人の男にだ。男の子の口元は血で汚れ、頬が酷く腫れていた。折檻にしては度を越えている。花梨は怒りで我を忘れ、気が付いたら走り出していた。
「やめなさい!」
「なっ──うがっ」
止めようと思いっきり体当たりしたら予想以上に男が吹っ飛んだ。ずっこけた男は蹲り、うーうーと唸っている。どうやら顔面を強打したようだ。
(やば……やりすぎた)
大柄な男だから反撃される覚悟で、思いっきり力を入れたのが良くなかったらしい。だが血まみれになるまで子供に暴力を振るう男が、口で言って聞くだろうか。下手をすれば花梨が返り討ちにあっていたかもしれない。ということで、正当防衛と花梨は思い直すことにした。
「あんたね、大人のくせに子供をいじめて恥ずかしくないの‼」
「誰だっ‼ 次期当主であるこの私に──って、ええええっ‼」
男は花梨を見た途端、叫びだした。見た目は二十歳前後といったところだろうか。中身は最低な男で確定だが、顔だけはずいぶんと丹精だ。残念なことに鼻から血が流れてなければ、だが。
(……すごい鼻血)
「け、怪我させたことは謝るわ。だからって
「どうか命だけはっ」
男はズシャーと音を立てて座り込むと、地べたに頭をつけた。
「え? ちょ、なんで土下座?!」
反撃されると思った花梨は、予想外の事に拍子抜けしてしまった。しかも子供まで土下座して震えている。第三者が見たら、どうみても花梨が悪者だ。
(もしやまた人外だと思われてる? そんなに)
「あたしって猿なの?」
「え? 」
「ははっ、もしやからかっておいでか、姫?」
「姫ですって!!!」
多分自分の事じゃないよな? と花梨は慎重に周辺と背後を確認した。しかし女性の姿は花梨以外、見当たらない。とうとう男が顔を上げ、その様を怪訝な目で見始めた。
「姫? 何をしておいでで?」
「確認したいんだけど、姫ってあたしのこと?」
「そうですが? ただ何故、単衣で外に? 私も男です。そのように艶めかしい姿では、目のやりどころに──
「猿とか熊、または男と間違ってないよね?」
「と、とんでもない!! 姫は誰が見ても美しい女性です」
「うつくしい……じょせい」
『美しい女性』という言葉が、花梨の脳内で何度もこだまする。ちゃんとした女扱いに花梨は心が躍った。色々と残念な男でなければもっとよかったのだが。今までの事を考えると贅沢な事は言ってられない。どうやらやっと主人公補正がされたらしい。
(──ってぇ、喜んでる場合じゃない!!! 怪我人を手当しなきゃ)
「ねぇ君、怪我を見せて」
「その者に触れてはなりませぬ!!」
「え?」
手を伸ばしたら男が急に立ち上がり、行く手を遮ってきた。男の顔が必死だ。だだもれの鼻血を放置するほどの理由があるらしい。
「姫、この者は我が愚弟、夏行と申しまして。恥ずかしながら神無なのです」
(神無?)
花梨は一瞬、動揺した。神無で名前も同じとくれば夏行としか思えない。
だが地に頭をつけ土下座する子供は、夏行と雰囲気が全く異なっていた。袖から見える腕はガリガリで、肌も青白い。指など刀を握っただけで、折れてしまいそうだ。
(もしこの子がおじさんなら、なぜこんな昔に戻ったんだろう。ん? てことはロードしたんじゃないって事? まさか代償って新しいデーターでやり直す事なんじゃ……)
──もしそうなら……意味がないっ。
たとえ書き換えられた世界の『夏行』が、目の前の子供であったとしても、百足に喰われた『夏行』が救えるわけではない。
呆然と立ち尽くす花梨を見て、男がにやにやを笑みを浮かべた。助ける事を諦めたと思ったようだ。
「さすがは姫、賢明な判断でいらっしゃる。お優しい方ゆえ、冷や冷やしましたぞ。この者は神無ゆえ、関わった者は、みんな不幸になってしまうのです。我が母も、この者に神力を分けた為に、早世しました。それからというもの私も妹も不幸な事ばかり。父に何度も処理するよう進言したのですが、黄泉の怒りをかうとかで……まったく、はやく死ねばいいのに」
男が子供を見下して言う。処理という言葉といい、男からは家族の情など一切感じられない。
「そっか……」
(死ねだなんて。この子みたいに、おじさんも酷い目にあってたのかな。だから)
塵と言われても、椿に土下座し、『某など』と夏行は己を卑下し続けていたのだろうか──だから殴られ死ねと言われても、目の前の子供は、花梨に助けすら求めないのだろうか?
「ですがご安心ください。そのような迷信、私が当主になった暁には覆してみせます」
「覆す?」
「ええ!! 黄泉など恐るに足らず。斎国の為にも、この手であの世に送ってやります」
男が誇らしげに言う。花梨は怒りのあまり、強く拳を握りしめた。
「本気で言ってるの?」
「え……あぁすいません。怖がらせましたか。黄泉の怒りは恐ろしいと聞きますから」
「そっちじゃない」
「は?」
花梨は大きくため息をついた。腹立たしいが、今は男を責める時間すら惜しい。花梨は「姫!」と止める男を無視し、子供の前で跪いた。
だが子供には、花梨の意図を理解できなかったようだ。頭を地に埋めるようにし、ますます震えている。
「怖がらないで。あたしは手当をしたいだけよ。ちょっと顔をみ
「姫!! おやめくださいと言ったはず。それより大事なことがあるでしょう?」
あまりのしつこさに花梨は男を睨んだ。だが男はひるむどころか、気になるだろう? と言わんばかりに二ヤついている。
「大事なことって何?」
「文ですよ、文。返事を待つつもりでしたが、気持ちが抑えられず……失礼を承知の上で参ったのです。私を覚えておられませんか?」
ねっとりとした視線に、花梨は身の毛がよだった。
「私は次期、黄幻当主、夏伯です。名前ぐらい聞いたことがあるでしょう?」
夏伯が手持ちの布で鼻をぬぐいながら、薄い笑みを浮かべる。
(おうげん? どこかで聞いた気がするけど)
「知らない。悪いけど文は寝てたから読んでないの。急ぎの用なら口頭で言ってくれる? 手当しながら聞くから」
「なっ!! この私の文を読んでないだと?」
夏伯が絶句した。
だから聞いてるのにと花梨は妙に思ったが、夏伯の眼を見てギョッとなった。どこかネジが飛んだような、狂人の目をしていたからだ。
「またか……またなのか。神無め、なんと忌々しい。人の恋路まで邪魔しおって!! この疫病神が!! 私から母を奪うだけじゃ足りぬと? どれだけ家族を不幸にしたら気が済むのだ!! 妹が忌な双子を産み、心が病んだのも、父上が笑わなくなったのも、ぜんぶっ、全部、お前のせいだっ!!!!!!」
突然、夏伯が跪いたままの子供を容赦なく蹴飛ばした。子供はコロコロと地面を転がり倒れたまま動かない。
「なんて事を……」
花梨の心臓がけたたましく響いた。また助けられなかった……そう思うと、あの瞬間が蘇り吐きそうになった。
「どうして……弟なんでしょ?」
「弟? あはは、あはははは」
(なに笑って──)
「あれに弟としての情などありませぬ。姫様、私は言いましたよね? あれは神無と。母から神力を奪い死なせた化け物なんですよ。まぁ私が手をくださずとも、この者は、そろそろ死……て、姫様!! なぜ貴女まで私を無視して、そっちへ行くんです!!」
夏伯の制止を振り切り、花梨は子供の方へと駆け寄った。もしかしたらまだ息があるかもしれない。その先にあるのは絶望が希望か……考えただけで花梨は心臓が砕けそうになった。夏伯が背後で何やら騒ぎ立てたが、振り向く暇などない。
「お願い!! 死なないで!!」
花梨が叫ぶと、子供が腹を抑えながら咳込みだした。蹴られた瞬間、痛みのあまり気を失っていたようだ。
「し、死んでない……はぁぁ」
花梨はへなへなと力が抜け、その場に座りこんだ。
(って、へたり込んでる場合じゃないでしょ!)
「まってて、今すぐ助けるから!」
「どう……して?」
子供が驚いたように目を開けた。その眼を見た瞬間、花梨は全身が固まった。
(この目っ……!!)
稲妻のような眉に吊り上がった瞳──年や体格は異なるが、この眼を忘れるなんてできない。子供は間違いなく『夏行』だと確信した。
ごめんと叫びたい気持ちを花梨は必死に抑えた。目の前の子供は『夏行』だが、花梨の知る『夏行』ではない。それに花梨の不注意で死んだのだ。謝ったところで許してもらえることではない。
「こないで」
「大丈夫、あたしは助けに来ただけだよ」
「……」
花梨の申し出に夏行はゆっくりと首を横にふった。
「もう……死にた……い」
「え……?」
花梨は息が詰まった。幼い身で生より死を望む──どれほど絶望したら、そう思うようになるのか。考えただけで花梨は苦しくなった。
「みん……なを、不幸に……したくない」
「なら生きてよ!!」
「?」
「死んだら、あたしが不幸になるじゃない。どうして守る機会すらくれないの? 目の前で死なれて……一人になった絶望をもう一度味わえっていうの? 死にたいと心から願ってる人からしたら、あたしは自己中な願いを言ってるかもしれない。それでも嫌なの。絶対に嫌なのっ!!」
花梨はぼろぼろと涙を流すと、声を上げて泣き始めた。
「……?!」
いきなり泣かれ夏行は戸惑いだした。
「どうして……」
「傍にいてほしいからに決まってるでしょ!!」
夏行がぽかんと口を開ける。
「なのに助けないでって。酷いじゃない!」
「でも……母上みたいに」
「あたしの神力は凄いの!! その程度じゃ死なないわよ。それにね自分の幸不幸を決めるのはあたしで、あなたじゃない。おじ……あなたはあたしにとって大切で、必要な人なの。だから生きてて欲しいのよ」
「必要……うそだ。そんなの……うそだ」
夏行の顔が暗く沈む。無理もない、実の兄にあのように扱われていたのだ、自己肯定感などなく、存在価値すら感じていないはず。しかも会ったばかりの花梨に言われても説得力がない。
「嘘じゃないわ。これは投資よ。助けてあたしの花仕になってもらうためのね。だから頑張って剣技を鍛えて強くなりなさい。ちなみに拒否権はなし。いい? 約束よ」
「え?」
唐突な要求に夏行が小さく声を上げた。
「む、むり……」
「拒否権はなしっていったでしょ!」
「……」
「もう一度聞くわ。こんなに言っても、あたしを不幸にするため死にたい?」
花梨は涙をふくと、まっすぐ夏行の目を見た。ゴクリと夏行が唾を呑む。
「……生きたい」
夏行の瞳からぽろぽろと涙が零れた。弱弱しい瞳が生きたいと、花梨を必死にとらえてくる。
「最初からそう言えばいいの」
「ごめんなさ……」
突如、むせるように夏行が血を吐いた。
「おじさん!!」
夏行の顔が真っ青だ。肺からの出血したのか、息すら苦しそうにしている。
「姫さ……」
最後まで言えず、夏行は気を失った。肋骨が折れたことで、内臓を痛めていたようだ。
(このままじゃ、おじさんが死んじゃう)
よく見れば歯も折れて何本かなくなっていた。そのリアルさに花梨は息をのんだ。ゲームでここまで再現する必要があるだろうか。ここはやっぱり……と不安な気持ちが花梨の心を押しつぶしてくる。
(冷静になってあたし。ここはゲームの世界。物語が変わるなんて現実にはあり得ない事がおこったのよ? ゲームに決まっているわ)
そう思っても花梨の心拍は跳ね続ける。回復魔法が使えたらいいが、花梨は剣しか使ったことがないのだ。
(落ち着いて。たしか剣を使って風の技が使えたわ──なら神力を使って回復もできるはず)
花梨の手元に蛍光刀はないが、やるしかない。花梨は夏行の顔に手を当て意識を集中した。風の技に呪文はいらなかった。必要なのはきっと──
(イメージ‼)
イメージなら問題ない。大輔のせいで花梨のゲーム経験は豊富だ。ほとんどが前衛だったが僧侶など回復役だってやったことがある。集中すれば絶対に大丈夫──花梨は自分の心にそう言い聞かせ、意識を手先に注ぎ込んだ。
(蛍光刀がないからかな……すっごくしんどい。でも指先が温かくなってきた──これでいいのかも)
花梨の指先に当たる所から、夏行の傷が少しずつ消えていく。腫れも引き、苦渋に満ちた顔が穏やかなものへと変わっていった。驚いた事に折れた歯まで再生している。自分のやり方が間違っていなかった事に花梨は安堵したが、意識を緩めたとたん、夏行の生命がふっと消える感覚がし、花梨は焦った。
(なんで? たしかに回復してるのに……)
花梨はさらに指先へと意識を集中したが、死の感覚が消えてくれない。
(なんで? なんでなの? いやだ、いやだっ)
とうとう花梨の顔から冷や汗がぼたぼたと零れ始めた。血の気が引き、意識が遠ざかる感覚が襲ってくる。このまま続ければ、自身も危うい事に花梨は気が付いていた。ゲームだから大丈夫と言い聞かせても、死の気配がリアルに迫ってくる。それでも花梨はやめる事ができなかった。
仁王のように怖い顔が、無邪気に笑う顔が、優し気に見てくれた瞳が、一瞬で奪われた絶望を、花梨は二度と味わいたくない。
(死なせたくない……今度こそ守るんだから!!)
けれど頑張れば頑張るほど、花梨の意識がぐらぐらとゆらぎ始めた。体に限界がきたからか、誰かが耳元で【あきらめたら?】と度々、囁いてくる。女性の声のようだが知らない声だ。こんな蠱惑的な声を聞いたら、忘れられないほどの。
「うるさい!!」
あまりのうるささに花梨は大声で叫んだ。
「システムボイスなら黙ってくれる? あたしはあきらめない。このゲームのリセットボタンは軽くないのよ」
【無駄だよ。神無は魂の根源となる神力を作り出せないから。それにさっき魂に穴が開いて壊れちゃったし】
(穴?)
花梨はさらに意識を深めた。夏行の中に小さな光がある。その光は蝋燭の火ように脆弱で、風がふけば今にも消えそうだ。その光のあちこちから粒子状のものが零れ出ていた。これが声の主が言う、壊れた場所なのだろう。
「どうやって塞げばいいの?」
花梨は尋ねたが、返事はなかった。静観するつもりか、それともただの幻聴だったのか。花梨は上手くイメージができず焦りだした。その間にも夏行の光がどんどん小さくなっていく。声主の言う『魂の根源となる神力が作り出せない』ことが原因かもしれない。このままでは花梨も夏行も力尽きてしまう。
(まただめなの? ううん、あきらめちゃだめ。考えるのよ! ゲームならこんな時、何かキーワードがあるはず)
息を切らしながら、花梨は必死に考えた──アイテム、イベント、そして登場人物の言葉などを。
(──そういえばあの時)
『夏行は花梨、花梨は夏行、その絆を絶ってはならない。君と夏行は繋がっていなければならない』
庭園に入る前に聞こえた、大輔の声を花梨は思い出した。
「おじさんが……あたし。あたしがおじさん……絆? 絶ってはならない。繋がっていなければならない。まるでそうしないと死ぬとでも言いたいような。つなぐ……つなぐ?」
(そうだ!! 穴の部分にあたしの魂とつなぐルートを作って、神力をわければ……)
花梨は自身の光から糸を伸ばすイメージを思い浮かべた。どこまでも長く伸び、意図せぬ限り絡まず、決して切れない強い糸を。だが、その作業は非常に集中力がいるものだった。穴があいた場所は複数あり、一つとして見逃すわけにはいかないからだ。
(ここと、そこと……って、なにこれ?)
複数の糸が一つ一つ繋がるたび、花梨の中に声や映像が流れてきた。夏行の記憶なのだろうか。そこには「お前のせいで」と責める兄の暴力や罵声、それを止めようともしない父、ぞんざいな態度をとる侍従たち。苦しい思い出ばかりだ。
だが救いもあったようだ。助六との出会い、そして夏行が姉上と慕う少女の存在だ。橙色の髪が印象的で美しい──花梨はどこかで会った気がしたが、思い出せなかった。
しかしある日を境に彼女は家から姿を消した。その先は暴力ばかりの地獄の日々だ。とうとう夏行は『死』を渇望し始めた。だが、姉に言われた『生きて』という言葉が『死』を許してくれない。それに日々迫る『死の恐怖』が鮮明すぎて、自死もできず苦しんでいた。
『姉上……もう終わりたい。この命は母上からもらったもの、あと少しで終わるから大切にしなきゃって思うのに。みんなが不幸になるから死ねって、いらないって。どうしたら楽に死ねるかな? 死にたいのに怖いよ……楽に死ねないのは、母上を死なせた罰なのかな……こんな自分は嫌いだ、嫌いだっ』
(苦しい、息ができない)
夏行の苦悩がじわじわと花梨に染み込んでいく。意識にのまれそうになった時、誰かが花梨をぐいっと引っ張った。まるでこれ以上はいけないとばかりに。
「はぁ、はぁ」
気が付いたら花梨は汗だくになり、長距離を走ったかのように息が詰まっていた。血まで通ってなかったのか、指が紫色になっている。だが穏やかに眠る夏行をみて、花梨はほっと息を落とした。
(生きてる。うまくいった……の?)
これで休めると思った花梨は、最悪な存在を思い出し背筋が凍った。
必死過ぎて夏伯の存在を忘れていたのだ。当然、怒り狂っているだろう。だが彼の声はどこにも聞こえない。それがかえって恐ろしかった。子供を平気でいたぶる人間が反省し、見守るなどありえない。花梨は覚悟を決め、夏伯がいた方へ眼をやった。もし攻撃されたら手加減はせず、本気で殴る覚悟を決めて。
だが、その覚悟は杞憂に終わった。
なぜなら夏伯は大蛇に絞められ、泡を吹いて倒れていたのだ。




