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花の巫女姫  作者: 七海 夕梨
巫女姫はゲームだと信じたい
18/24

十七片:軽くないリセットボタン

暴力的な描写があります。ご注意ください。

「──っが‼ 離せと言っているっ!!」

「いけません兄上! この先は──様の寝所です!!」


 誰かが騒いでいる。声音からして男と子供だ。


(うるさいなぁ、怪我して疲れてるんだか──)


 はっとなって花梨は目を開けると、知らない天井が見えた。北山の村で寝た時とは違い床は畳だ。いつの間にか寝てしまったらしい。格子(こうし)から漏れる明るさからして、少なくとも夜ではないようだ。あれから一夜明けたのだろうか、花梨は不思議に思った。


(たしか、大輔と……)

 

 そう思い花梨は周囲を見渡したが、どうもおかしい。太く蒼い柱は緑天宮(りょくてんぐう)と同じ豪奢(ごうしゃ)な作りだ。小さい部屋ではあったが、蒼柱には細かな花の模様まで施され、畳も真新しい。とても廃頽(はいたい)した庭園にある建物とは思えない。


(いつの間に(ぐう)に戻ったの……? 大輔はどこに?)

 

 部屋にいるのは花梨だけ。あるものは枕と布団替わりだろうか──深紫(こむらさき)(ほう)のみだ。


(大輔のと似ているけど違う。糸一つ解れていない)


 花梨は首を傾げた。たしかあの袍は包帯替わりに、大輔が破いたはずだ。


(そうだっ!! 怪我……!)


 花梨はおそるおそる肩を動かしてみた。おかしなことに痛みや違和感が全くない。通常ならあり得ない事だが、ここはゲームの世界だ、回復魔法で治療したのかも……そう思い起き上がった花梨は、再び驚いた。


(制服じゃなくなってる? 誰が着物を着せたの?)


 この世界の女性は極めて少ないはずだ。斎の宮(いつくのみや)でも巫女姫以外、女性には会わなかった。間違っても椿達が着せたとは思えない。重かった女房装束(じゅうにひとえ)とは違い、単のみという薄着ではあったが、背丈からして桔梗が花梨を着替えさせる事は出来ないだろう。大輔であったとしてもそれはそれで複雑だ。しかも朝堂にいた時と違い、制服の上から着ているわけではない。


(か、考えない事にしよう)


 とりあえず花梨は外に出てみる事にした。安全とは言い切れないが、禍々しい黒獣の気配は一切感じない。それに大輔が危険な場所に、花梨を一人にするとは思えなかった。蛍光刀が見当たらず不安だが、現在位置ぐらい把握したい──花梨は意を決し妻戸(つまど)を開けると、美しい光景に目を奪われた。



(きれい──)



 美しく剪定(せんてい)された木々、小舟が浮いた池、そこにかかる太鼓橋。冬だったはずが外は暑いぐらいで、雪はどこにもない。代わりに桜の花びらがひらひらと舞っている。黒獣がいたあのおぞましい庭園とは全然違う。


(寝てる間に春になった? いやいや、そんなはず)


 もしかして大輔がデーターを変えたのか? 季節や着物、場所まで変わったならその可能性が高い──花梨はそう結論付けたのだが……。


(じゃあ、おじさんはどうなったの?)


 そう思ったら花梨は怖くなった。ここが修正された世界なら、百足(むかで)に喰われた夏行はどうなったのか? 疑問は尽きないが、聞ける相手が傍にいない。


(大輔のばか。なぜ肝心な時にいなくなるのよ)


「この──がっ。殺されたいかっ!!」


 またあの声が花梨の耳に強く響いた。しかも殺すなど尋常じゃない。


(助けなきゃ)


 草鞋(わらじ)も靴も見当たらず、花梨は裸足のまま、声の方へと踏み出した。慌てて駆けつけると、十にも満たない男の子が一方的に暴力を受けている。それも大柄の大人の男にだ。男の子の口元は血で汚れ、頬が酷く腫れていた。折檻(せっかん)にしては度を越えている。花梨は怒りで我を忘れ、気が付いたら走り出していた。


「やめなさい!」

「なっ──うがっ」


 止めようと思いっきり体当たりしたら予想以上に男が吹っ飛んだ。ずっこけた男は(うずくま)り、うーうーと唸っている。どうやら顔面を強打したようだ。


(やば……やりすぎた)


 大柄な男だから反撃される覚悟で、思いっきり力を入れたのが良くなかったらしい。だが血まみれになるまで子供に暴力を振るう男が、口で言って聞くだろうか。下手をすれば花梨が返り討ちにあっていたかもしれない。ということで、正当防衛と花梨は思い直すことにした。


「あんたね、大人のくせに子供をいじめて恥ずかしくないの‼」

「誰だっ‼ 次期当主であるこの私に──って、ええええっ‼」


 男は花梨を見た途端、叫びだした。見た目は二十歳前後といったところだろうか。中身は最低な男で確定だが、顔だけはずいぶんと丹精(たんせい)だ。残念なことに鼻から血が流れてなければ、だが。


(……すごい鼻血)


「け、怪我させたことは謝るわ。だからって

「どうか命だけはっ」

 

 男はズシャーと音を立てて座り込むと、地べたに頭をつけた。


「え? ちょ、なんで土下座?!」


 反撃されると思った花梨は、予想外の事に拍子抜けしてしまった。しかも子供まで土下座して震えている。第三者が見たら、どうみても花梨が悪者だ。


(もしやまた人外だと思われてる? そんなに)


「あたしって猿なの?」

「え? 」

「ははっ、もしやからかっておいでか、姫?」

「姫ですって!!!」


 多分自分の事じゃないよな? と花梨は慎重に周辺と背後を確認した。しかし女性の姿は花梨以外、見当たらない。とうとう男が顔を上げ、その様を怪訝な目で見始めた。


「姫? 何をしておいでで?」

「確認したいんだけど、姫ってあたしのこと?」

「そうですが? ただ何故(なにゆえ)、単衣で外に? 私も男です。そのように艶めかしい姿では、目のやりどころに──

「猿とか熊、または男と間違ってないよね?」

「と、とんでもない!! 姫は誰が見ても美しい女性です」

「うつくしい……じょせい」


 『美しい女性』という言葉が、花梨の脳内で何度もこだまする。ちゃんとした女扱いに花梨は心が躍った。色々と残念な男でなければもっとよかったのだが。今までの事を考えると贅沢な事は言ってられない。どうやらやっと主人公補正がされたらしい。


(──ってぇ、喜んでる場合じゃない!!! 怪我人を手当しなきゃ)


「ねぇ君、怪我を見せて」

「その者に触れてはなりませぬ!!」

「え?」


 手を伸ばしたら男が急に立ち上がり、行く手を(さえぎ)ってきた。男の顔が必死だ。だだもれの鼻血を放置するほどの理由があるらしい。


「姫、この者は我が愚弟(ぐてい)、夏行と申しまして。恥ずかしながら神無(かみなし)なのです」


(神無?)


 花梨は一瞬、動揺した。神無で名前も同じとくれば夏行としか思えない。

 

 だが地に頭をつけ土下座する子供は、夏行と雰囲気が全く異なっていた。袖から見える腕はガリガリで、肌も青白い。指など刀を握っただけで、折れてしまいそうだ。


(もしこの子がおじさんなら、なぜこんな昔に戻ったんだろう。ん? てことはロードしたんじゃないって事? まさか代償って新しいデーターでやり直す事なんじゃ……)


──もしそうなら……意味がないっ。


 たとえ書き換えられた世界の『夏行』が、目の前の子供であったとしても、百足に喰われた『夏行』が救えるわけではない。


 呆然と立ち尽くす花梨を見て、男がにやにやを笑みを浮かべた。助ける事を諦めたと思ったようだ。

 

「さすがは姫、賢明な判断でいらっしゃる。お優しい方ゆえ、冷や冷やしましたぞ。この者は神無(かみなし)ゆえ、関わった者は、みんな不幸になってしまうのです。我が母も、この者に神力を分けた為に、早世しました。それからというもの私も妹も不幸な事ばかり。父に何度も処理するよう進言したのですが、黄泉の怒りをかうとかで……まったく、はやく死ねばいいのに」


 男が子供を見下して言う。処理という言葉といい、男からは家族の情など一切感じられない。


「そっか……」


(死ねだなんて。この子みたいに、おじさんも酷い目にあってたのかな。だから)


 (ごみ)と言われても、椿に土下座し、『某など』と夏行は己を卑下し続けていたのだろうか──だから殴られ死ねと言われても、目の前の子供は、花梨に助けすら求めないのだろうか?


「ですがご安心ください。そのような迷信、私が当主になった暁には(くつがえ)してみせます」

「覆す?」

「ええ!! 黄泉など恐るに足らず。斎国の為にも、この手であの世に送ってやります」


 男が誇らしげに言う。花梨は怒りのあまり、強く拳を握りしめた。


「本気で言ってるの?」

「え……あぁすいません。怖がらせましたか。黄泉の怒りは恐ろしいと聞きますから」

「そっちじゃない」

「は?」

 

 花梨は大きくため息をついた。腹立たしいが、今は男を責める時間すら惜しい。花梨は「姫!」と止める男を無視し、子供の前で(ひざまず)いた。


 だが子供には、花梨の意図を理解できなかったようだ。頭を地に埋めるようにし、ますます震えている。


「怖がらないで。あたしは手当をしたいだけよ。ちょっと顔をみ

「姫!! おやめくださいと言ったはず。それより大事なことがあるでしょう?」

 

 あまりのしつこさに花梨は男を睨んだ。だが男はひるむどころか、気になるだろう? と言わんばかりに二ヤついている。


「大事なことって何?」

(ふみ)ですよ、文。返事を待つつもりでしたが、気持ちが抑えられず……失礼を承知の上で参ったのです。私を覚えておられませんか?」


 ねっとりとした視線に、花梨は身の毛がよだった。


「私は次期、黄幻(おうげん)当主、夏伯(かはく)です。名前ぐらい聞いたことがあるでしょう?」


 夏伯が手持ちの布で鼻をぬぐいながら、薄い笑みを浮かべる。

 

(おうげん? どこかで聞いた気がするけど) 


「知らない。悪いけど文は寝てたから読んでないの。急ぎの用なら口頭で言ってくれる? 手当しながら聞くから」

「なっ!! この私の文を読んでないだと?」


 夏伯が絶句した。


 だから聞いてるのにと花梨は妙に思ったが、夏伯の眼を見てギョッとなった。どこかネジが飛んだような、狂人の目をしていたからだ。


「またか……またなのか。神無め、なんと忌々しい。人の恋路まで邪魔しおって!! この疫病神が!! 私から母を奪うだけじゃ足りぬと? どれだけ家族を不幸にしたら気が済むのだ!! 妹が忌な双子を産み、心が病んだのも、父上が笑わなくなったのも、ぜんぶっ、全部、お前のせいだっ!!!!!!」


 突然、夏伯が跪いたままの子供を容赦なく蹴飛ばした。子供はコロコロと地面を転がり倒れたまま動かない。


「なんて事を……」


 花梨の心臓がけたたましく響いた。また助けられなかった……そう思うと、あの瞬間が蘇り吐きそうになった。


「どうして……弟なんでしょ?」

「弟? あはは、あはははは」


(なに笑って──)


「あれに弟としての情などありませぬ。姫様、私は言いましたよね? あれは神無と。母から神力を奪い死なせた化け物なんですよ。まぁ私が手をくださずとも、この者は、そろそろ死……て、姫様!! なぜ貴女まで私を無視して、そっちへ行くんです!!」


 夏伯の制止を振り切り、花梨は子供の方へと駆け寄った。もしかしたらまだ息があるかもしれない。その先にあるのは絶望が希望か……考えただけで花梨は心臓が砕けそうになった。夏伯が背後で何やら騒ぎ立てたが、振り向く暇などない。


「お願い!! 死なないで!!」


 花梨が叫ぶと、子供が腹を抑えながら咳込みだした。蹴られた瞬間、痛みのあまり気を失っていたようだ。


「し、死んでない……はぁぁ」


 花梨はへなへなと力が抜け、その場に座りこんだ。


(って、へたり込んでる場合じゃないでしょ!)


「まってて、今すぐ助けるから!」

「どう……して?」


 子供が驚いたように目を開けた。その眼を見た瞬間、花梨は全身が固まった。


(この目っ……!!)

 

 稲妻のような眉に吊り上がった瞳──年や体格は異なるが、この眼を忘れるなんてできない。子供は間違いなく『夏行』だと確信した。


 ごめんと叫びたい気持ちを花梨は必死に抑えた。目の前の子供は『夏行』だが、花梨の知る『夏行』ではない。それに花梨の不注意で死んだのだ。謝ったところで許してもらえることではない。


「こないで」

「大丈夫、あたしは助けに来ただけだよ」

「……」


 花梨の申し出に夏行はゆっくりと首を横にふった。


「もう……死にた……い」

「え……?」


 花梨は息が詰まった。幼い身で生より死を望む──どれほど絶望したら、そう思うようになるのか。考えただけで花梨は苦しくなった。



「みん……なを、不幸に……したくない」

「なら生きてよ!!」

「?」

「死んだら、あたしが不幸になるじゃない。どうして守る機会すらくれないの? 目の前で死なれて……一人になった絶望をもう一度味わえっていうの? 死にたいと心から願ってる人からしたら、あたしは自己中な願いを言ってるかもしれない。それでも嫌なの。絶対に嫌なのっ!!」


 花梨はぼろぼろと涙を流すと、声を上げて泣き始めた。


「……?!」


 いきなり泣かれ夏行は戸惑いだした。


「どうして……」 

「傍にいてほしいからに決まってるでしょ!!」


 夏行がぽかんと口を開ける。


「なのに助けないでって。酷いじゃない!」

「でも……母上みたいに」

「あたしの神力は凄いの!! その程度じゃ死なないわよ。それにね自分の幸不幸を決めるのはあたしで、あなたじゃない。おじ……あなたはあたしにとって大切で、必要な人なの。だから生きてて欲しいのよ」

「必要……うそだ。そんなの……うそだ」


 夏行の顔が暗く沈む。無理もない、実の兄にあのように扱われていたのだ、自己肯定感などなく、存在価値すら感じていないはず。しかも会ったばかりの花梨に言われても説得力がない。


「嘘じゃないわ。これは投資よ。助けてあたしの花仕になってもらうためのね。だから頑張って剣技を鍛えて強くなりなさい。ちなみに拒否権はなし。いい? 約束よ」

「え?」


 唐突な要求に夏行が小さく声を上げた。


「む、むり……」

「拒否権はなしっていったでしょ!」

「……」

「もう一度聞くわ。こんなに言っても、あたしを不幸にするため死にたい?」


 花梨は涙をふくと、まっすぐ夏行の目を見た。ゴクリと夏行が唾を呑む。


「……生きたい」


 夏行の瞳からぽろぽろと涙が零れた。弱弱しい瞳が生きたいと、花梨を必死にとらえてくる。


「最初からそう言えばいいの」

「ごめんなさ……」


 突如、むせるように夏行が血を吐いた。


「おじさん!!」


 夏行の顔が真っ青だ。肺からの出血したのか、息すら苦しそうにしている。


「姫さ……」


 最後まで言えず、夏行は気を失った。肋骨が折れたことで、内臓を痛めていたようだ。


(このままじゃ、おじさんが死んじゃう)


 よく見れば歯も折れて何本かなくなっていた。そのリアルさに花梨は息をのんだ。ゲームでここまで再現する必要があるだろうか。ここはやっぱり……と不安な気持ちが花梨の心を押しつぶしてくる。


(冷静になってあたし。ここはゲームの世界。物語が変わるなんて現実にはあり得ない事がおこったのよ? ゲームに決まっているわ)


 そう思っても花梨の心拍は跳ね続ける。回復魔法が使えたらいいが、花梨は剣しか使ったことがないのだ。


(落ち着いて。たしか剣を使って風の技が使えたわ──なら神力を使って回復もできるはず)


 花梨の手元に蛍光刀はないが、やるしかない。花梨は夏行の顔に手を当て意識を集中した。風の技に呪文はいらなかった。必要なのはきっと──


(イメージ‼)


 イメージなら問題ない。大輔のせいで花梨のゲーム経験は豊富だ。ほとんどが前衛だったが僧侶など回復役だってやったことがある。集中すれば絶対に大丈夫──花梨は自分の心にそう言い聞かせ、意識を手先に注ぎ込んだ。


(蛍光刀がないからかな……すっごくしんどい。でも指先が温かくなってきた──これでいいのかも)


 花梨の指先に当たる所から、夏行の傷が少しずつ消えていく。腫れも引き、苦渋に満ちた顔が穏やかなものへと変わっていった。驚いた事に折れた歯まで再生している。自分のやり方が間違っていなかった事に花梨は安堵したが、意識を緩めたとたん、夏行の生命がふっと消える感覚がし、花梨は(あせ)った。


(なんで? たしかに回復してるのに……)


 花梨はさらに指先へと意識を集中したが、死の感覚が消えてくれない。


(なんで? なんでなの? いやだ、いやだっ)

  

 とうとう花梨の顔から冷や汗がぼたぼたと零れ始めた。血の気が引き、意識が遠ざかる感覚が襲ってくる。このまま続ければ、自身も危うい事に花梨は気が付いていた。ゲームだから大丈夫と言い聞かせても、死の気配がリアルに迫ってくる。それでも花梨はやめる事ができなかった。


 仁王のように怖い顔が、無邪気に笑う顔が、優し気に見てくれた瞳が、一瞬で奪われた絶望を、花梨は二度と味わいたくない。


(死なせたくない……今度こそ守るんだから!!)


 けれど頑張れば頑張るほど、花梨の意識がぐらぐらとゆらぎ始めた。体に限界がきたからか、誰かが耳元で【あきらめたら?】と度々、囁いてくる。女性の声のようだが知らない声だ。こんな蠱惑的(こわくてき)な声を聞いたら、忘れられないほどの。


「うるさい!!」


 あまりのうるささに花梨は大声で叫んだ。


「システムボイスなら黙ってくれる? あたしはあきらめない。このゲームのリセットボタンは軽くないのよ」


【無駄だよ。神無は魂の根源となる神力を作り出せないから。それにさっき魂に穴が開いて壊れちゃったし】


(穴?)


 花梨はさらに意識を深めた。夏行の中に小さな光がある。その光は蝋燭(ろうそく)の火ように脆弱(ぜいじゃく)で、風がふけば今にも消えそうだ。その光のあちこちから粒子状のものが零れ出ていた。これが声の主が言う、壊れた場所なのだろう。


「どうやって塞げばいいの?」


 花梨は尋ねたが、返事はなかった。静観するつもりか、それともただの幻聴だったのか。花梨は上手くイメージができず焦りだした。その間にも夏行の光がどんどん小さくなっていく。声主の言う『魂の根源となる神力が作り出せない』ことが原因かもしれない。このままでは花梨も夏行も力尽きてしまう。


(まただめなの? ううん、あきらめちゃだめ。考えるのよ! ゲームならこんな時、何かキーワードがあるはず)


 息を切らしながら、花梨は必死に考えた──アイテム、イベント、そして登場人物の言葉などを。


(──そういえばあの時)


『夏行は花梨、花梨は夏行、その(きずな)を絶ってはならない。君と夏行は繋がっていなければならない』


 庭園に入る前に聞こえた、大輔の声を花梨は思い出した。


「おじさんが……あたし。あたしがおじさん……絆? 絶ってはならない。(つな)がっていなければならない。まるでそうしないと死ぬとでも言いたいような。つなぐ……つなぐ?」


(そうだ!! 穴の部分にあたしの魂とつなぐルートを作って、神力をわければ……)


 花梨は自身の光から糸を伸ばすイメージを思い浮かべた。どこまでも長く伸び、意図せぬ限り(から)まず、決して切れない強い糸を。だが、その作業は非常に集中力がいるものだった。穴があいた場所は複数あり、一つとして見逃すわけにはいかないからだ。


(ここと、そこと……って、なにこれ?)


 複数の糸が一つ一つ繋がるたび、花梨の中に声や映像が流れてきた。夏行の記憶なのだろうか。そこには「お前のせいで」と責める兄の暴力や罵声、それを止めようともしない父、ぞんざいな態度をとる侍従たち。苦しい思い出ばかりだ。


 だが救いもあったようだ。助六との出会い、そして夏行が姉上と慕う少女の存在だ。橙色の髪が印象的で美しい──花梨はどこかで会った気がしたが、思い出せなかった。


 しかしある日を境に彼女は家から姿を消した。その先は暴力ばかりの地獄の日々だ。とうとう夏行は『死』を渇望(かつぼう)し始めた。だが、姉に言われた『生きて』という言葉が『死』を許してくれない。それに日々迫る『死の恐怖』が鮮明すぎて、自死もできず苦しんでいた。


『姉上……もう終わりたい。この命は母上からもらったもの、あと少しで終わるから大切にしなきゃって思うのに。みんなが不幸になるから死ねって、いらないって。どうしたら楽に死ねるかな? 死にたいのに怖いよ……楽に死ねないのは、母上を死なせた罰なのかな……こんな自分は嫌いだ、嫌いだっ』


(苦しい、息ができない)

 

 夏行の苦悩がじわじわと花梨に染み込んでいく。意識にのまれそうになった時、誰かが花梨をぐいっと引っ張った。まるでこれ以上はいけないとばかりに。


「はぁ、はぁ」


 気が付いたら花梨は汗だくになり、長距離を走ったかのように息が詰まっていた。血まで通ってなかったのか、指が紫色になっている。だが穏やかに眠る夏行をみて、花梨はほっと息を落とした。


(生きてる。うまくいった……の?)


 これで休めると思った花梨は、最悪な存在を思い出し背筋が凍った。


 必死過ぎて夏伯の存在を忘れていたのだ。当然、怒り狂っているだろう。だが彼の声はどこにも聞こえない。それがかえって恐ろしかった。子供を平気でいたぶる人間が反省し、見守るなどありえない。花梨は覚悟を決め、夏伯がいた方へ眼をやった。もし攻撃されたら手加減はせず、本気で殴る覚悟を決めて。


 だが、その覚悟は杞憂(きゆう)に終わった。


 なぜなら夏伯は大蛇に絞められ、泡を吹いて倒れていたのだ。



 




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