十六片:庭園
流血の描写があります。苦手な方はお控えください
しめ縄を超えた途端、ぐるりと視界が反転した。体制を整える間もなく花梨は尻もちをつく──本日二度目である。しめ縄の先は桔梗によってさらに空間を捻じ曲げられていたらしい。
「うう……お尻が痛い」
(このゲームは、お尻に恨みでもあるの? 雪がなければ骨折してたわ)
「よく転ぶ奴だな。常時、木から落ちても怪我をせぬよう、訓練をしたほうがいいぞ」
こける事無く転移した夏行が、警戒に満ちた声で言う。
「常時? そんな訓練が必要っておかしくない?」
「だが婆様の転移で任務に赴く事がある。骨折せぬよう鍛えた方がいい」
「……嘘でしょ」
花梨はひぃひぃ言いながら立ち上がると、電流が走るような感覚に襲われた。それは尻の痛みからではなく──
(いる──黒獣だ!)
暗闇の中に赤く光る瞳が多数。明らかに花梨たちを警戒している。夏行も察知したらしい。鋭い三白眼が三割増しに怖くなっている。感覚的に高レベルの黒獣ではないが、数が問題だ。少なくとも三十はいる。しかも放置された庭園は腰の高さまで枯れ草が伸び、そこに絡んだ雪が邪魔をして視界も悪い。花梨は思わず後退したが、不思議と黒獣はそれ以上、距離を詰めてこない。
(もしかして、しめ縄を警戒している……? 触れるとダメージをくらうか、浄化されるのかも。なら後方は安全ね)
「(おじさん、確かめたい事があるの。縄の近くで待機してて)」
花梨は夏行だけに聞こえる声で言う。夏行は眉をピクリと動かし同意しかねる態度をとったが、一息はくと、首を縦に動かした。
後退する夏行に反し、花梨は一歩一歩慎重に歩を前に進める。どこまで近づけば、攻撃を受けるか距離を確認するためだ。これ以上は危険と思う場まで踏み出した途端、一匹の黒獣が飛び掛かってきた。
「蛍光刀!」
花梨は素早く刀身を具現化させると、そのまま勢いよく振り落とした。その軌跡は枯れ草をすり抜け、黒獣を花びらへと変える。だが草木は全く動いていない。
(人や物は切れない……おじさんの言ってたことは本当ね。蛍光刀は黒獣に特化した武器なんだわ。これなら不利な地形でも戦える)
草に刀がとられれば、素早い黒獣を切るのは難しくなるからだ。だが視界が悪い事にかわりはない。黒獣にとってもそうだと思いたいが、奴らは神力に反応する。花梨が不利な状況に変わりはない。
(どうする? こうやって一匹一匹相手する? でも無限沸きしたら……)
体力切れで花梨たちは負けるだろう。
(夢で見たあの子はどう戦っていた?)
花梨は必死に思い出す。思い通りに動けはしなかったが、感覚は同調していた。
(できるかもしれない。試す価値はあるわ。たしか……直接切るのではなく、刀から風を作り出す感じ)
脳裏に描いたイメージで花梨は刀身を思いっきり振ると、耳に風の音が響いた──途端、複数の黒獣が花弁となってはじけ飛ぶ。花梨の風波から致命傷を避けれた黒獣も、じわじわと切られた部分から淡い桃色の光が浸潤し、花弁となって消えていった。
(すごい……一気に消滅した)
闇にいた多数の赤い瞳が消え、花梨は安堵の息を吐いた。
「しばらくは大丈夫そうね。おじさん、こっちに来ていいわよ」
「想像以上の強さだな……」
驚きつつ傍に来た夏行の顔色が、さらに悪くなっている。光源が刀だけの為、そう見えるのかと花梨は思ったが、泣きながら助けに行ったほどの場所だ。精神的に辛いのかもしれない。
(さっさとクリアーしちゃおう)
「おじさん、ボスはどこ?」
「ぼす……穢れ主の事か? ここをまっすぐ行ったところだ。某が先導する」
「まって、先導はあたしがする。おじさんは後ろから指示してくれる?」
「ばかいえ、荒れた庭園を進むのだぞ? その刀でどうやって草木を薙ぎ払う?」
「あ……」
夏行が大きくため息をつく。雪の混じった枯れ草や、伸び放題の木の枝を素手で道を作れば、数分で花梨の腕は利かなくなるだろう。おまけにこの寒さだ。手袋もせずやれば、最悪、刀が持てなくなるかもしれない。
(……あたしもおじさんみたいに刀を持ってこればよかった)
恨めし気に夏行の腰を見た花梨は血の気が引いた。初めて会った時に見た剣がないのだ。
「おじさん、剣は?」
「朝堂にいたのだぞ? 所持などしておらぬ」
何ら問題ないと言った顔で、夏行が言う。
「えええええ!! どうやって薙ぎ払うのだ! とか言っておいて人の事言えないじゃない!」
「武器など木の枝で十分だ。そもそも一つの武器に頼った戦闘は身を亡ぼすぞ。その気になれば周囲の物すら武器に変えて戦う余力が必要だ」
「で? 薙ぎ払ってる中、黒獣がでてきたらどうするの? 木の枝でやっつける気?」
「浄化はできぬと言ったはずだ」
夏行が至極、真面目な顔で答える。花梨はイラツキのあまり髪をむしりたくなった。
「あのね、それこそ先導なんかできないでしょ。だいたい暗闇の中を歩けるの? 松明をつけながら行くとしても片手じゃ戦えないでしょう?」
「松明などいらぬ。神無は黄泉に近い存在ゆえ、夜目が利くからな。戦闘は……見て気分の良いものではないが……」
「よいものでない?」
「これだっ」
夏行が足元の木の枝を拾うと、傍にある大木をカツンと突いた。その突きにこれと言って勢いはない──だが。
「うそ……」
先ほどまであった木が砂のように砕け散った。折れる、割れるというレベルではない。粉砕したと言った方が正しい。
「どうやって」
「死穴を突いた」
「けつ?」
花梨は無意識に自身の尻を抑えた。その様を夏行が呆れた顔で見る。
「尻ではない死穴だ。昔、仮死状態になったことがあってな。それからだ、意識すれば見えるようになった──突けば死ぬ、死の点がな。生命の急所が点状に見えると言えばわかるか? 唐の国の経穴(ツボのようなもの)と似てるが意図が異なる。経穴は医療を目的とするが、某の技は……『殺す』ことが目的だ」
低く暗い声で、夏行が試すような視線を送る。
「ころす……?」
花梨がゴクリと唾を呑んだ。その様を夏行が不安気に見つめる。
「だぁぁぁ!!そんなすっごいスキルあるんなら、最初から言ってよ!」
「な……」
「あたしがどれだけ苦悩したかわかる? ここに連れてきていいか、すっごく悩んだんだから」
「いや、恐ろしくはないのか?」
「なんで? おじさんはあたしの仲間でしょ」
「……そうだな。お前はそういう奴だった」
夏行の顔面が仁王度0まで脱力した。
「でも複数相手じゃ難しくない? 突きの連撃なんて腕がつりそう」
「黒獣の死穴ははっきりしてない分、切れる部位が広い。刀があれば楽だが、木の枝でも振れば牽制程度はできる」
「便利~。あたしも使えないかな?」
「神力のある者には無理だ。それにこの力とて万能ではない。黒獣の場合、攻撃しても消えるのは一瞬だ。浄化をせねば、すぐに姿を取り戻してしまう。だから足止め程度と言ったのだ。頼りないかも知れぬが……」
「そんなわけない。なら、浄化はあたしがする。先導はおじさんに任せた!」
「お……おぅ」
夏行は驚いた顔のまま返事をすると、無邪気に笑う花梨に温かい目を向けた。
◇◇◇
夏行に先導を任せ、花梨は真っすぐ奥に進むことにした。もし違っても真っすぐ後退すれば、神縄の所まで逃げ切れる。迷う心配がない分、戦闘にも集中できていい。夏行の死穴により先を阻む草木も消え、前方の視界もクリアーだ──それは黒獣側にも言える事だが、二人の合わせ技の前に、黒獣はなすすべがない。夏行の死穴に黒獣が消え、その残骸を花梨の蛍光刀が浄化していく。そのたびに、彼女の周囲に桃色の花びらが舞い、風と共に消えていった。その美しさからなのだろうか、それとも爽快感からだろうか、花梨の心はやけに高揚し始めていた。
(不思議……ぜんぜん怖くない。おじさんがいるからってのもあるけど……)
花梨は剣が得意なわけでもなく、運動神経がいいと言っても、特化した何かがあるわけでもない。せいぜい反射神経がいいと言った程度だ。それなのにこの世界では、花梨が思うよりも高く跳躍出来、まるで凄い剣豪になったかのように剣が動く。現実世界で花梨にそんな能力はない。
(やっぱりここはゲームの世界なんだ)
そう思うと花梨の心は安らいでいく。
(だったら大丈夫。レベル99だもの。きっと簡単にクリアーできるわ)
だが、物事はそう上手くは運ばなかった。奥に進むにつれ、枯れ草や木の量が増え、雪が足元をもたつかせる。だんだんと夏行の死穴だけでは追い付かなくなってきた。進行方向だけの草木を消し、視界をクリアーにしても、黒獣は前後左右から攻めてくる。景色が変わらないことも花梨の焦りを加速させた。進んでも進んでも見えるのは雪の混じった枯草と鬱蒼と伸びる木の枝ばかり。どこかで何かを見落とし、無限にさまよっているのでは? という不安が花梨の足を重くしてくる。
「おじさん、この道であっているの?」
「間違いない……」
息を切らせながら、夏行が答える。花梨の負担を減らそうと、危険な枝や草を死穴で消し、道を作りながら先導するからだろう。一旦戻るべきか? と迷っていたら、広い所にでた。やっと場面が切り替わったと、蛍光刀に光を集中させた時だ、花梨の全身が氷のように固まった。
(嘘……ここって)
恐怖で花梨の足が地に張り付いた。そこは夢で見たあの池だったからだ。
夢と同じく池は赤黒く染まり、人の骨や肉片が浮かんでいる。だが夢と違い、鼻につく臭気に花梨のメンタルは簡単に決壊した。
「──うがっ、おえぇ」
常軌を逸した光景に花梨は座り込み、嘔吐した。胃液で喉が痛い。立ち止まる暇はないのに、胃の中が空になっても震えと吐き気が止まらない。
「何をしている。立ち止まるな!!」
「うぅ……」
「くそっ!!」
夏行は先導する足を止め振り向くと、花梨の背後にいる黒獣目掛けて、石の礫を投げつけた。キャンという悲鳴があがり黒獣が霧散する。
「今すぐ浄化をっ!!」
「わかって……」
返事と同時に、花梨は夏行に突き飛ばされた。尻餅をつく花梨の目前から夏行の姿が消え、黒いものが豪速で横切って行く。状況が理解できない花梨の頬に、生ぬるい何かが大量に飛び散った。
「え……?」
頬に伝うものに手をやり、赤いものを目にした途端、花梨の思考は停止した。
頭が真っ白のまま、花梨はゆっくりと上を見上げる。そこに夏行の姿はなく黒獣──ではない、黒くて大きなムカデが、花梨をじっと見降ろしていた。大男の夏行でさえペロリと平らげそうな巨体だ。気味が悪い事に体のあちこちに無数の瞳があり、ぎょろぎょろと動かしては、<<まずい、まずい>>と呟いている。
(まさかムカデに喰われた? うそ……うそうそうそっ)
「あ……あぁあああああああ!!! おじさんを、おじさんを返してっ」
<<カエス? ナゼ? お前はワタシの……モノ>>
「誰があんたの物よ!」
花梨は大声で立ち上がると、狂ったように蛍光刀を振るった。だがムカデには届かない。守るかのように、黒獣達が邪魔をしてくるのだ。ムカデは夏行を喰らい満足したのか、花梨を襲うことなく去っていく。花梨は慌てて追いかけようとしたが、黒獣がそれを阻み前に進ませてくれない。
(失敗した……失敗しちゃった。やり直す? でもログアウトの方法すら……あ)
死ねばやり直せるのでは?
その結論に達した時、花梨は恐怖で震えた。黒獣に喰われて死ぬなど、ゲームでも経験したくない。それに大輔の言葉が花梨の決意を鈍らせた。
──死ねば二度と戻らない。
それはやり直しても、夏行は復活しないという意だ。
(どうすればいいの? 怖い……怖いよ。ねぇ大輔っ)
「だいすけーーっ!!」
叫んだ途端、花梨の右肩に強い衝撃が走り、神器が手から吹っ飛んだ。慌てて右手を伸ばすと、どろりと生暖かいものが花梨の腕を伝った。
「……血? ぁあああああああっ」
認識と共に、花梨は痛さのあまり、地面に転げまわった。
(痛い痛い痛い痛いっ!! なんで? これはゲームでしょ?)
レベルを上げる際、黒獣に攻撃された事は何度かある。その時の衝撃は、せいぜい振動が走る程度で痛みはなかった。明らかにゲーム時と異なる仕様に、何故、どうして、死にたくない──様々な声の叫びが花梨の脳内に広がっていく。
(蛍光刀っ、蛍光刀を取り戻さなきゃ)
花梨は這いずりながら、左手で神器へと手を伸ばした。
だが、あとわずかのところで、黒獣に背を乗られ、動きを封じられてしまった。
(くっ、重い)
次々と馬乗りしてくる黒獣を、払いのける程のパワーが花梨にはなかった。花梨の武器は素早さとゲームで培った圧倒的な反射神経だ。今の状態ではそれを使えない。
(だめだ……動けない)
花梨の心を見透かしたのか、黒獣が獣とは思えない、人のような低い笑い声をあげ始めた。武器が使えず反撃出来ないと悟ったのだ。
《あぁ、やっと手に入れた。愛しい、お前が愛しい。ずっとずっと待って待って待ち続けて苦しんで苦しんで……私だけの……俺だけのもの。もう二度と、二度と渡さない。離さないっ。愛して……愛して愛─》
狂信的に愛を囁く声が、あたり一帯から聞こえ、おぞましさに花梨の心が恐怖で震えた。さらにぽたりぽたりと生暖かいものが、花梨の首筋に落ちてくる。黒獣の唾液だ。
「いやぁぁぁっ!! 大輔っ、助けて大輔っ!!」
花梨は大声で大輔を呼んだ。大輔はいつだって花梨を助けてくれた。勉強だけではない。忘れ物をしたとき、迷子になった時、いじめっ子に殴られそうになった時だって、どこからか姿を現し「仕方ないなぁ」と、ため息交じりに助けてくれた。
だがこの世界に大輔はない。
(ゲームだと思ってたのに)
黒獣のうなり声が耳元に迫り、血なまぐさい息がふりかかってくる。
(もう……だめだ)
花梨の首に牙がかすれた時だ。
<<やめろ……!!>>
暗い声に呼応するかのように、黒獣が動きを止めた。黒獣は顔を上げると、首をぐるりとありえない方向に回し、周囲を確認している。その隙に花梨は逃げようとしたが、背にいた黒獣に足で頭を押さえられた。
「──くっ」
<<やめろと言っている>>
その瞬間、肩の重みが嘘のように消え、犬のような甲高い悲鳴が上がった。つられるように他の獣たちもキャンキャンと鳴き、足音が遠ざかっていく。足音の主が獣を遠ざけてくれたようだ。
「大丈夫?」
声を聴いた花梨は、はっとなって起き上がろうとした──が、力が入らない。
「だめか……その穢れと怪我じゃ無理だろうね」
呆れた声で跪く男を見た途端、花梨の目から涙がぼたぼたと流れた。髪がずいぶんと伸び、深紫の直垂を着てはいるが、見間違えるはずがない。
大輔だ。
「うぅ…ど……て、すぐ来てくへなかっ……の? 帰へり方もわからな……し、何度も……呼んだのに。痛いし、おじさんが……うあぁぁ~~」
花梨の押し込めていた気持ちが一気に爆発した。嗚咽で上手くしゃべれないし、涙で視界がにじむ。霞む視界に幻ではと不安になり、縋ように手を伸ばすと、大輔が優しく握り返してくれた。
「遅くなってごめん」
「遅すぎるよ……こんなゲームだなんて……あたしは聞い……痛っ」
痛みで花梨の顔が険しく歪んだ。袖がじわじわと赤く染まり花梨の顔から、どんどんと血の気が引いていく。
「花梨、肩の手当をさせて」
大輔が距離を詰めながら聞く。
「ま、待って!! ちょっと触れただけでも痛くてって」
花梨のは叫ぶように言ったが、大輔は無言のまま上布を脱ぐと、ビリビリと帯状に引き裂き、花梨の右肩から左脇へ布を巻きつけた。花梨は激痛で顔をしかめたが、大輔は手を止めてくれない。
「よし、終わった。あとは穢れを……」
「よし、終わった! じゃなぁぁぁい!!! 治療よりログアウトが先でしょ! そうしたら無駄に痛い思いをしなくてすむじゃない」
そうだよね? という視線を花梨は送ったが、大輔の反応は暗い。
「ログアウトはしないよ」
「え? なんで? レベルは99まであげたよ?」
「クリアーするまでが約束だろう?」
「鬼か!! もう古典なんてどうでもいいよ。痛いのも怖いのも嫌だから帰して。おじさんは死んじゃうし、このまま続けたって処刑されるし……」
「処刑……誰が言った?」
すっと大輔の眼が冷たくなる。突如、禍々しい何かが花梨の中を駆け巡った。桔梗の夜叉が怒った時の状態に似ている。大輔がまるで知らない人のように見え、花梨は恐ろしくなった。だが花梨の反応をみて気持ちを切り替えたらしい。大輔から禍々しさが引いていく。
「ごめん、怖がらせた。処刑なんてさせないから安心して」
「そんなことできるの?」
「できるよ」
(そうか、そうよね。大輔は創造主だもん。だったら)
「おじさんも助けて!! 死ぬ前の所にロードとかできないの?」
「似た方法ならある。だが……少なからず代償を払う事になるよ。助けたいのはわかるけど、その未来に後悔はしない?」
「しない。助かるなら助けたいっ」
迷いもせず花梨は答える。
「本当に君って人は……ただし一度だけだ」
「本当?」
大輔が苦笑する。その顔を見て花梨はほっとした。
「よかった……あたしにできる事は……ある?」
「眠って」
「え? あぁそうか。まずは休めってこ……」
ガクリと倒れ込む花梨を、大輔が受け止めた。触れた肌の温度に驚いた大輔が、花梨の額に自身の額を当てる。
「酷い熱だ」
「大丈夫……たしか薬が」
花梨は腰に巻いた風呂敷へと目くばせする。どうやら指を動かす事も難しそうだ。
「これか。だがこの寒さじゃ悪化するな」
大輔はひょいと花梨を横抱き──いわゆるお姫様抱っこで庭園の奥へと進み始めた。一瞬ときめきそうになった花梨だが、大輔が向かう方向に、あれと首を傾げた。
「そっちは黒獣だらけよ」
「だろうね。でも今の俺は怪我人を連れて庭園をでる事ができない。すぐそこに廃屋がある。火を熾していったん休もう。黒獣なら心配ない。俺を信じて」
「でも……」
花梨は不安になった。なぜ大輔はさっさとロードしないのか。代償が必要と言っていたが、それと関係しているのだろうか。それともやはりここは……
「大輔、あたしに……話す事はない?」
「ないよ」
「嘘つき」
「花梨は鈍感なくせに、こういう時は鋭いな」
「それは、どっちよ」
花梨がかすれた声で苦笑する。
「なら言うけど、もし俺を──なくてはいけないって言ったらどうする?」
「え?」
「なんでもない。少しの間、傍にいてもいい?」
「何言ってんの。いいに決まってるでしょ」
傍にいたいと言われ花梨は嬉しかった。
けれど大輔の事だ、幼馴染として心配なだけだろう。どれだけ好きをアピールしても、デートに誘っても、そっけない男なのだから、勘違いしてはけない──と花梨は自制する。
(あぁだめだ。すごく眠く……なって)
花梨は必死に目を開けようとした。まだちゃんと話を聞けていない。不思議とこのまま眠れば取り返しがつかなくなる気がした。
けれども瞼は重く、極度の疲労に花梨は勝つことができなかった。




