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第46話 今後

 シオンは気にした様子もなく、自分の髪を一本抜き、味原に差し出した。


「これ食べれば、全部分かる?」


 まるで、最初から答えを知っているみたいな口ぶりだった。


 味原はその髪を受け取り、口に含む。


 そして、すぐに眉間へ深いしわを寄せた。


「情報がない」


「そう。私も記憶喪失。それだけ」


 あっさりした返事だった。


 いつも通りの無表情。

 いつも通りの平坦な声。


 なのに、その場にいた全員が、同じように黙った。


 味原しずくの能力は、“食べたものの情報”を読む。

 膨大な量の情報は、普通の人間なら脳が処理しきれず、失神するほどだ。


 その味原が、髪一本から過去を拾えない。


 俺の場合と同じだ。

 何かの力が働いている。


 時雨と味原の表情を見れば、その深刻さは十分だった。


「……シオン」


 俺は思わず口を挟んだ。


「気にするな」


 隣に座る彼女の頭を撫でる。


 俺は、シオンについて深く掘ろうとしなかった。

 いつの間にかいて、今も隣にいる。

 妙なやつだとは思っていたが、それで済ませていた。


 いや、済ませたかったのかもしれない。


 シオンに関しては、知ろうとすると、この生活が終わってしまう気がしていたからだ。


「……味原、時雨。シオンの件は、俺に任せてほしい」


 俺は頭を大きく下げた。


 俺の耳には、歯ぎしりの音が聞こえた。

 味原が考え込んでいるらしい。


「顔を上げて、レイジ君。知っているよね。僕が不確定要素を嫌うこと」


 味原の低い声。


 俺は意を決して顔を上げた。


「知っている」


「……ありがとう。だからこそ、レイジ君にシオンさんを任せる。シオンさんは、情報の空白そのもの。存在しているのに、線が引けない。でも、レイジ君に関するものだけは、かろうじて繋がっているから」


「俺に関するものだけ?」


「レイジ君に出会ってからの情報だけは読める。逆に言えば、それ以前が綺麗にない」


「そう」


 シオンは小さく頷いた。


「レイジが見つけたから」


 その言葉が、妙に耳に残る。


 時雨も、それを聞いて少しだけ目を細めた。


「見つけた?」


「うん」


 シオンはそこで言葉を切った。


 続ける気はなさそうだった。


「……分からん」


 俺は正直に言った。


「だが、今はそれでいい。シオンが何者かは後回しだ。問題は、ミレイがここまで来たことだ」


 その一言で、場の空気が少しだけ現実へ戻った。


 味原が頷く。


「そうですね。優先順位としては、それが正しいです」


 時雨も同意した。


「今日ここに現れた時点で、あいつは段階を進めた。これからは、レイジさんが中心だ」


「そう、だな……」


 俺はため息をつく。


 だが、もう現実逃避している場合ではないのも分かっていた。


 ミレイは俺を知っている。

 味原は全部知っていた。

 時雨も、もうこっち側に立っている。

 シオンは……よく分からないが、少なくとも何かを分かっている顔をしている。


 逃げ場はない。


「確認する」


 俺は全員を見回した。


「今、最悪の結末は何だ」


 味原が答える。


「ミレイが先に、あなたへ“選ばせる”ことです」


 その言い方に、時雨が静かに頷いた。


 味原は少しだけ笑った。


 だが、その笑顔の奥に余裕はない。

 無理に整えている顔だ。


 俺はようやく気づく。


 味原も焦っている。


 時雨だけじゃない。

 味原も、今ここが分岐点だと分かっているのだ。


「……ミレイは、何を望んでる」


 俺が聞くと、今度は時雨が答えた。


「最終的には、自己満足だな。その結果、世界が壊れたとしても」


 物騒すぎる。


「世界か……画面越しの話だと思っていたが」


 俺には関係ないと、いつも流していた話だ。


「レイジさんは毎日、別々の能力を獲得するのだろう?」


 時雨は真顔だった。


「ああ。今日は音に関する能力だ。弱いぞ」


「だが、明日は分からない」


「そうだな」


 俺は正直に答えた。

 今さら、隠し事はない。


 時雨が、そこでまっすぐ俺を見た。


「レイジさん。あなたの能力が世界を滅ぼすかもしれない」


 冗談ではない、真剣な声。


「かもな」


 俺は知っていた。

 俺の能力は完全にランダムだ。あり得る未来ではある。


「ミレイと呼ばれる能力者は、『人』に関する能力を使う。確認されているのは、人を媒介とした能力の使用。そして、人の能力自体の使用だ」


 状況が読めてきた。


 ミレイは、俺が特定の能力を得た時、それを使いたいのだろう。


「さらにミレイには、倉井光吉という『幸運』の能力者がいる」


 温羅島の管理者から得た情報とも一致する。

 俺を襲った男の名前だ。


 ここで、味原が頭を下げた。


「全てが合わさった時、レイジ君は選択を迫られる。私の対処だけでは限界になりました。これからは時雨さん、そしてレイジ君の力が必要です」


 味原しずくが、自分の限界を口にする。


 それだけで、この状況の重さが分かる。


 俺は立ち上がり、彼女の肩に手を乗せた。


「もっと頼ってくれ。相棒だろ?」


 本当なら、俺は謝るべきだ。

 もっと自分を責めるべきだ。

 一人の少女に、俺の平凡を守らせていたことを、悔いるべきだ。


「問題ない。今の私は、ただの時雨だ」


 時雨は警察手帳をテーブルの上に置いた。


「私も手伝える?」


 シオンが近づいてくる。


 俺は少し考えて、苦笑交じりに返した。


「そういえば飯がまだだったな。牛丼でも作ってくれないか?」


「うん」


 俺は、なんでそんなことを頼んだのか、自分でもよく分からなかった。


 胸の奥で、何かが小さく鳴った気がした。


 鈴の音みたいに。


 夢の残響。

 忘れたはずのもの。

 知りたくないのに、目を逸らせないもの。


 シオンが、そこで小さく呟く。


「大丈夫。今度は間違えない」


 その声だけが、妙にはっきり聞こえた。


「具体的な今後は、飯でも食いながら決めよう」


 俺はできるだけ明るく、みんなに言った。

 これから起きることは、きっと“最後”だ。

 そんな予感がしていた。


「そうだな。腹が減っては戦はできぬ」


 時雨も同意する。


「そうだね。僕もお腹が減ったよ~」


 味原が、完全にいつもの調子に戻っていた。


 みんなで事務所を出て、2階へ向かう。


 短い距離。

 階段の途中で、後ろから小さな声が聞こえた。


「次の選択は……だけのものではない……」


 耳が拾った途切れ途切れの言葉が、誰のものだったのかは分からなかった。

 けれど、その小さな声だけが、やけに遠い未来の響きみたいに胸に残った。

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