表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/52

第47話 未来

 それから俺たちは、少し早めの昼食をとり、行動を開始した。


 みんなで一緒に作ることになった牛丼は、格別だった。


 ミレイとの一件を終わらせたら、元に戻ろう。

 さすがに、今まで通りというわけにはいかないだろうが、それでも平凡は帰ってくる。


 俺も、みんなも、そう信じていた。


「レイジ、行くぞ」


 テーブルについていた時雨が腰を上げる。


 俺も頷き、後を追うように立ち上がった。


「シオンは留守番。味原も待機でいいか」


「問題ないよ~。そもそも、僕は戦闘向きじゃないからね」


 味原は手を振りながら、間延びした口調で返してくれる。


 シオンは俺の目をじっと見たあと、静かに近づいてきた。


 そして俺の手をぎゅっと握り、いつもとは違う、感情の揺れる声で言う。


「レイジ……シオンは、当たり?」


 よく分からない質問だった。


 俺はシオンの頭を撫で、できるだけ優しく答える。


「大当たりだよ」


 それから俺は、時雨と共に事務所の裏口から外へ出た。


 あのシオンの目は、初めて見るものだった。


 少し前まで『大丈夫』と表情ひとつ変えなかったのに、今になって不安そうな顔をしていた。

 まるで今生の別れみたいな、そんな悲しみが目の奥にあった。


「レイジさん。心配しなくていい。私がいる。終わったら、シオンさんと静かに暮らせるようにするさ」


 俺の気持ちを読んだのか、時雨が前を向いたまま言った。


 俺は道を歩きながら聞く。


「時雨は、なんで俺を助けてくれるんだ?」


 すぐに返事はなかった。


 照りつける陽の光が、頭上から熱を落としてくる。

 アスファルトは、湯気でも立てていそうだった。


 しばらくして、時雨が振り返る。


「私にも分からない。だがこれが、私のするべきことだと、記憶ではなく魂が言っている」


 その視線は、陽炎で揺れる景色の中でも、まっすぐだった。


 途中で味原の用意した車に乗り、時雨の運転で街を抜ける。


 助手席には俺。

 後部座席には、荷物代わりみたいに刀や資料が積まれていた。


 真夏の午後。

 フロントガラス越しの日差しは強く、エアコンを効かせていても、車内にはじっとりとした熱が残っている。


 時雨は無駄口を叩かなかった。


 ハンドルを握る横顔はいつも通り無表情で、ただ視線だけが鋭い。

 信号待ちの間も、ミラー越しに周囲を確認している。


 街の景色が、少しずつ変わっていく。


 ビルが減る。

 背の低い住宅が増える。

 店の看板もまばらになる。


 その流れを見ているうちに、胸の奥に妙な感覚が浮かんできた。


 見覚えがある。


「……やっぱりか」


 俺は小さく呟く。


 時雨が横目だけを寄越した。


「何か気づいたか」


「目的地を聞かされた時から、予想はしていたけどな」


 この道。

 この辺りの空気。

 市街地を抜けて、少しずつ生活の音が遠ざかっていく感じ。


 前に一度、来たことがある。


 あの夫婦が住んでいる場所だ。


 表向きは、穏やかで、人当たりのいい二人だった。

 少なくとも、俺にはそう見えていた。


 車はさらに先へ進む。


 道路脇の畑。

 低い塀。

 少ない信号。

 遠くで鳴く鳥の声。


 間違いない。


「……信じたくはなかったな」


 俺はシートに深く背を預けた。


「何だ」


 時雨が短く聞く。


「常連客だったんだよ」


「そうか……」


「この先にある、一軒家」


 俺は窓の外を見たまま言った。


「前に一度、相談で来た場所だ」


「相談?」


「夫婦だった。物腰も柔らかくて、普通の悩みを抱えてるように見えた」


 言いながら、ようやく全部が繋がる。


 夫の方。

 あの時、妙に人懐こく笑っていた男。


 温羅島で名前を聞いた。

 倉井光吉。


 そして、その隣にいた妻。


 今思い返せば、落ち着きすぎていた。

 けれど会話の流れは自然で、俺は違和感を持たなかった。


 いや。

 持てなかった、が正しい。


「倉井とミレイか……」


 俺は目を閉じた。


 薄い笑いが、喉の奥で乾いて消える。


「本当に、残念だ……」


 自嘲気味にこぼすと、時雨は少しだけ黙った。


 慰めるでもなく、否定するでもなく、ただ前を見たまま車を走らせる。


 その沈黙が、逆にありがたかった。


 俺だって分かっている。


 確証を持たれたのは、前回、家に呼ばれた時だ。


 俺が何者で、どう動く人間で、どういう顔で相談に乗るのか。

 零番という存在を確認するため、わざわざ客の顔をして近づいていた。


 倉井光吉の幸運があれば、それも可能だ。


 気分が悪い。


 腹が立つ。


 それでも、少しだけ悲しかった。


 あの時の夫婦は、たしかに目の前にいた。

 会話をして、悩みを聞いて、俺は俺なりに解決しようとしていた。


 全部芝居だったとしても、俺にとっては最初からそうじゃなかったのだ。


「レイジさん」


 時雨が、不意に口を開く。


「今さら言っても仕方ないが、相手が悪い」


「分かってるよ」


 俺は苦笑する。


「俺が間抜けだっただけだ」


「違う」


 即答だった。


「あなたは、目の前の人間を助けようとしただけだ」


 その言葉に、少しだけ息が詰まる。


 時雨は続けない。

 ハンドルを握ったまま、ただ淡々と前へ進む。


 俺は視線を落とし、膝の上で手を組んだ。


 助けようとした。

 たしかに、それだけだ。


 それでここまで来た。


 予知夢を見て。

 知らない誰かの悲しみを見て。

 放っておけなくて。

 勝手に首を突っ込んで。

 その先で、こうして全部が繋がっていく。


 窓の外に、見覚えのある二階建てが見えた。


 新築ではないが、手入れの行き届いた一軒家。

 庭も綺麗で、生活感がある。


 あの時と何も変わらないように見えるのに、今はまるで別の意味を持っている。


 時雨が車を少し離れた位置に停めた。


 エンジンが止まる。


 一気に静けさが戻ってきた。


 遠くの鳥の声。

 風の音。

 どこかで葉が擦れる気配。


 あの日、バスを降りた時も、こんなふうに静かだった気がする。


「ここだな」


 時雨が言う。


「ああ」


 俺は頷いた。


 まるで昔の相談の続きをしに来たみたいだ。

 違うのは、今日は最初から全部知ったうえで来ていることくらいか。


「行けるか」


 時雨が俺を見る。


 俺は一度だけ深く息を吐き、ドアに手をかけた。


「大丈夫だ。俺は死なない」


 外へ出ると、湿った空気が肌にまとわりつく。


 目の前の家は、相変わらず静かだった。


 静かすぎるくらいに。


 俺は門の前で立ち止まり、庭先を見た。


 前に来た時と同じ、整えられた景色。

 だが今は、その全部が薄い膜みたいに見える。


 この先にいるのは、相談相手じゃない。


 俺を知り、選ばせようとしている相手だ。


 それでも。


 俺は一歩、前に出た。



 *



 レイジがミレイのもとへ向かい、少し経った相談所。


 シオンは、事務所の掃除をしていた。


「偉いね」


 ソファでくつろいでいた味原が、その姿を見て声をかける。


「お客さんが来るかもしれない」


 シオンはそう言って、黙々と手を動かし続けた。


「今日は定休日にするって、レイジ君は言ってたけど」


 味原は水をひと口飲み、肩の力を抜いた。


 その時、鈴の音が鳴った。


 ドアが開き、誰かが入ってくる。


 何も言わずに姿を見せたのは、露出の多い服を着た女だった。


「シオンちゃん、それにしずくちゃん。時雨ちゃんと……レイジは行ったみたいだね」


 この建物の大家だった。


 味原はゆっくりと視線を向け、にこやかに微笑む。


「最強のヒーロー様が、今さらお出ましですか。レイジ君の邪魔はさせませんよ」


 笑みを浮かべたまま、敵意だけを真っ直ぐぶつけていた。


「邪魔する気があるなら、力づくでも止めてるよ」


 大家は気負った様子もなく、味原の向かいに腰を下ろし、大きく身体を伸ばした。


「賭けをしようか?」


 そして、何の前触れもなく言い出す。


「未来が視えるあなたには、賭けは成立しませんが」


 味原は呆れたように返した。


「そうだね。私の能力は『未来視』。だけど──」


 大家は少しだけ声を落とした。


「シオンちゃんが現れてからだよ。全てが不確定になった」


 大家がシオンを見る。


 シオンは気にした様子もなく、掃除道具を片づけて椅子に座った。


「キミは、この世界の存在じゃないでしょ」


 大家の言葉に、シオンは反応しない。


「誰かの物語が動く時に現れて、そして、いつの間にか消えている。飽き性だね」


 やはり反応はない。


「今回はレイジの物語ってわけかい? いい暇つぶしを見つけたね」


「違う」


 ここで、シオンが初めて口を開いた。


「レイジが、私を見つけた」


 はっきりとした言葉だった。


 それは、シオンの本心から出たものだと分かった。


「そうかい」


 大家は、少しだけ目を細めた。


「まあ、今さら正体を問い詰める気はないよ。でしょ、しずくちゃん」


「シオンちゃんは、私と同じです。レイジ君の平凡を望んでいる。その情報だけで十分ですよ」


 味原はシオンを見て、ほんの少しだけ柔らかな表情をした。


「じゃあ、賭けに戻ろう」


 大家が手を叩き、楽しそうに言う。


「賭けの内容は“未来”について」


 喜々とした声は続いた。


「レイジは明日、“ある能力”を使う。私が視た、確定した未来だ」


 味原の表情が、ほんのわずかに固くなる。


「あいつは一度だけ、その能力を使ったことがある。しずくちゃんなら、何の能力か見当はついてるでしょ?」


 味原は何も言わなかった。


 だが、その沈黙だけで十分だった。


「ここから先は、もう誰にも分からない。だから面白い」


 大家は立ち上がる。


「それで、キミたちは──」


 窓の外へ視線を向けたまま、大家は笑った。


「改変された世界で、私たちがもう一度出会えると思うかい?」


 誰も答えなかった。


 ただシオンは、まるでそこに辿り着く瞬間だけを、静かに待っているみたいだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ