第45話 状況
俺は過去を思い出し、目の前の味原を見た。
彼女と初めて出会った夜。
俺は不死になり、裏社会最大の組織を壊滅させた。
その後のことも、味原はずっと手を貸してくれた。
――大丈夫。うまくやっておくよ。
あの言葉どおり、俺に対する裏からの干渉は、不自然なくらい無かった。
俺には仮の身元が与えられ、相談所を開き、場所を転々としながら今に至る。
あれからも、たまに予知夢は現れた。
決まって、誰かが悲しんでいる場面だった。
シオンの時も、そうだった。
だから俺は、自分の自己満足のために、ずっと裏へ干渉してきたのかもしれない。
「味原と出会ったのが、全ての始まりだったのかもしれないな……」
俺はそう呟いた。
「そうだね。レイジ君と出会った時、僕の全てが始まったよ」
味原は少し恥ずかしそうに言った。
「それでね、レイジ君。僕は最初から僕だよ。どっちも僕なんだ」
「そうか……そうだよな」
俺もなぜか照れてしまう。
こんなにも自分のことを考えてくれる人がいるなんて、正直、少し嬉しかった。
このまま和やかな空気になるかと思ったが。
ひとりだけ、明らかに圧を増している人物がいた。
「レイジさん。私というものがありながら。私とは遊びだったのか」
どこかで聞いたことのあるような台詞を、時雨が真顔で言う。
「時雨、落ち着いてくれ。味原とは古い付き合いなんだ」
時雨は刀を抜きかけている。
これはまずい。
俺は文字通り、瞬殺される。
その時、鈴の音が鳴った。
事務所に誰かが入ってくる。
「レイジ。これはまずい?」
シオンは室内の様子を一瞥し、表情を変えないまま、そのまま帰ろうとした。
「いや、待ってくれシオン。いいところに来た」
俺はシオンを呼び止め、半ば強引にソファへ座らせる。
「とりあえず、状況を確認しよう」
そう言って、場をどうにか押さえ込んだ。
今は感情より先に、整理が必要だった。
俺たちはひとまず、互いに持っている情報を共有することにした。
まず、俺は自分の過去を話した。
味原はそれを、どこか懐かしむように微笑みながら聞いていた。
だが同時に、シオンに対してだけは妙な警戒を見せていた。
そういえば、二人は初対面だ。
時雨は驚いていた。
この平和な国で、本来なら起こりえないことばかりだ。あの反応も当然だった。
そしてシオンは、静かに聞いていた。
ただ情報を耳から流し込むみたいに、ソファに座っていた。
次にはっきりしたのは、味原がこれまでやってきたこと──情報の制限だ。
裏社会に流れる俺の痕跡。
零番という噂。
断片的な目撃情報。
それらは完全に消されていたわけではない。
ただ、決して繋がらないように調整されていたらしい。
俺が何者で、どこにいて、何をしてきたのか。
その線を辿ろうとしても、必ずどこかで切れる。
それがずっと続いていた。
俺は勝手に、自分がうまく隠れてきた結果だと思っていた。
薄々は気づいていたが、実際には味原が裏から手を入れ続けていたのだ。
その味原が、ミレイを倒すために時雨と手を組んだらしい。
もちろん、仲良く協力していたという意味ではない。
利害が一致していただけだ。
味原はミレイを消し、俺の裏での情報を完全に消したい。
時雨は俺を守りたい。
味原の理由は分かる。
だが、時雨の理由は分からない。
なぜ赤の他人である俺を、そこまで守ろうとするのか。
それに関しては、本当に訳が分からなかった。
向かう先が同じだから、一時的に同じ机についただけ。
そんな関係らしい。
時雨の側も、思っていた以上に深く動いていた。
時雨は元々、“あの人”と呼ばれる一連の事件を追っていたという。
誰にも気づかれず、事件だけが片づいている。
証拠だけが残り、被害が起きる前に対処されている。
そんな不可解な現場を追い続けた先に、温羅島があり、零番の噂があり、そして俺がいた。
ただし、俺と相談所で出会ったことだけは、本当に偶然だったらしい。
そこは少し安心した。
全部仕組まれていた、なんて話はさすがに勘弁だ。
「そこは本当だ」
時雨が少し不満そうに言う。
「私も、まさか本人が、平凡な街の隅で普通の相談員をやっているとは思っていなかった」
「俺だって、あの間宮時雨が客として来るとは思ってなかったが」
「運命だな」
「かもしれないな」
俺が言うと、時雨は少しだけ満足そうに黙った。
続けて、特能側の話になった。
時雨から、仲間たちの動きについても聞かされた。
今、隊の全員がここへ集まっているわけではない。
むしろ、動けないらしい。
理由は単純だった。
警察組織の内部が、現在進行形で滅茶苦茶だからだ。
味原の持つ情報によれば、特能側にさえ、ミレイの手が入り込んでいる可能性があるという。
くわえて、国内の権力闘争、海外からの圧力、挙げればきりがないほどの不祥事。
この国の平和は、かなり危ういところで繋ぎ留められていたらしい。
そもそも、味原が警察組織に内通者を送り込める時点で、おかしいのだが……
そのことは考えないようにした。
時雨の仲間たちは、表向き別件を動かしながら、組織内の欺瞞工作に回っているという。
偽の捜査線。
偽の報告。
偽の配置。
『間宮時雨は動いていない』と思わせるための工作だ。
「平たく言えば、時間稼ぎだ」
時雨が言った。
「ただ、今回で無駄になったがな」
「大変だな……」
組織に属したことがない俺には、想像もつかない苦労だ。
率直にそう漏らすと、時雨は真顔で頷いた。
「大変だ。だから協力してほしい」
「当たり前だ。時間も無い。やることを整理しよう」
俺は深く息を吐いた。
こうして並べられると、状況は思っていた以上に酷い。
俺の正体は、もう隠しきれないところまで出ている。
そして、ミレイ本人が俺の前に現れた。
平和な相談所、終了のお知らせだった。
俺は頭を切り替える。
「これから俺は、どうすればいい」
俺は聞いた。
この場での俺は、ただのプレイヤーにすぎない。
時雨と味原が、同時にシオンを見た。
当の本人は、ソファの上で静かに座っている。
いつも通り、感情の読めない顔だった。
ただ、あの二人が同じタイミングで視線を向けた時点で、嫌な予感しかしない。
「……待て」
俺は先に制した。
「今、なんで二人ともシオンを見た」
誰もすぐには答えなかった。
その沈黙だけで、十分にまずい。
俺はシオンの隣へ半歩寄る。
時雨が、慎重に口を開く。
「レイジさん。確認したい」
「なんだ」
「シオンさんについて、あなたはどこまで知っている?」
その問いに、今度は俺が黙る番だった。
どこまで知っているか。
そんなもの、俺が聞きたい。
白い髪の少女。
いつの間にか近くにいて、いつの間にか隣にいて、平然と飯を食う。
妙に達観していて、感情が薄くて、それでいて時々、誰よりも核心に近い言葉を吐く。
だが、それ以上は――
「何も知らない」
俺は正直に答えた。
「俺の助手。それだけだ」
味原が、ほんの少しだけ目を細めた。
時雨はシオンを見る。
シオンは二人の視線を受けても、少しも怯まなかった。
ただ、小さく首を傾げる。
「私の話?」
その一言で、場の空気がまた変わる。
俺は確信した。
ここから先は、たぶんもう、今までと同じ話ではない。




