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第19話 島に落ちる表

 結局、夜通し探しても成果はなかった。

 みつめの能力を使っても同じだ。


 彼女は、あらかじめ島の各所に置いた複数の“視点”を通してしか世界を見られない。

 港、繁華街、裏路地、宿泊施設――主要な場所は押さえているらしい。


 それでも、ノア・ブラッドウッドの影は見つからなかった。


 実質、島を一周しただけの一晩だ。

 俺も聞き込みをしたが、収穫はない。


「島の構造は把握できた。本格的な調査は今日の夜からだ。みつめは休め」


 二日連続の徹夜は、さすがに堪える。

 俺は昼に寝るから問題ないが、普通はきつい。


「いや、あのクソ野郎からのお達しだ。俺はお前に付いて行く」


 露骨に嫌そうな顔で睨まれる。


「そうか。なら今日は宿で休め」


 それ以上は言わず歩き出す。


 朝日が昇り始める時間帯。

 昨夜までの喧騒が嘘のように、街は静けさを取り戻していた。


 夜が“裏”なら、朝は“表”。

 どちらも、この島の顔なのだろう。




 宿に戻り、部屋のドアを開けた瞬間だった。


「なりません」


 立っていたイズが、開口一番そう言った。


「……なにがだ」


「後ろのお方です。シオン様もいらっしゃいます」


「いや、誤解するな。彼女は――」


 みつめが一歩前に出る。


「へ。こんな平凡な男、願い下げだね。俺は零番さまみたいな男にしか股は開かねーよ」


「なりません! はしたない言葉を。淑女としての自覚をお持ちなさい!」


 叱責が廊下に響く。


 ――何かが噛み合った。


「……す、すまねえ」


 みつめの声色が急に丁寧になる。


「ただの協力者だ。ここで話すのもなんだし、中に入れてくれ」


 当社比だが異常事態だ。


 イズの許可で全員が部屋へ入る。


「レイジ、夜遊び?」


 シオンを起こしてしまったらしい。


「隠す気もない。説明する」


 ここに来た理由、水無の件、ノアを探していることを簡潔に話す。


「今日を含めて五日だ。ノアを見つける」


 ソファに腰を下ろし、イズの()れた紅茶を口にする。


「みつめ様。先ほどは失礼いたしました。わたくし灰庭イズと申します。レイジ様に仕えております」


「雇った護衛だ」


「知ってるよ。あんた有名人だからな」


 みつめも紅茶を(すす)る。


 空気は意外なほど穏やかだった。

 シオンはすでに二度寝している。


「今後の方針だが手分けする。俺とシオン、イズとみつめだ」


「なりま――」


「――せんとは言わせない」


 遮る。


「合理的だ。お前らは顔が割れてる」


 実際、みつめを見ただけで距離を取る者もいた。


「俺とシオンが表で聞き込みをする」


 昼間は即座の危険はない。


「イズとみつめは潜伏できそうな場所を潰してくれ」


 時間との勝負だ。


 二人は渋々納得した。


「あと、間宮時雨には気をつけろ。絶対に戦うな」


 即死イベントだ。回避一択である。


「少し休んだら動いてくれ」


 ソファに横になり、目を閉じる。


 イズの『なりません』は来ない──

 そう思った瞬間。


「レイジ様。みつめ様」


 椅子にもたれて目を閉じていたみつめにも、声がかかる。


「歯を磨いてください」


「親かな?」「親か!」


 声が綺麗に重なった。



 *



 軍用大型輸送機の機内に、絶え間ない轟音が響いていた。

 振動が床から伝わり、金属の壁が低く唸っている。


 間宮時雨は、シートに深く腰を下ろしながら、珍しく思考に沈んでいた。


 脳裏に浮かぶのは、あの男。


 ――もちろん、ノア・ブラッドウッドではない。


「……レイジさん、怒ってるかな」


 無理にねじ込んだ予約。

 そして、理由も告げずにキャンセル。


 最悪の第一印象だ。


「次の予約……いつにしよう」


 だが、『行かない』という選択肢だけは、すでに消えていた。


 彼女の正面では、才谷成田が、半泣きの輪鈴リナを必死になだめている。


「リナさーん、大丈夫ですってー。今回はタンデムですから! 自分が操作しますし、リナさんは目を閉じてたら終わりますよー」


「だからって、HALO降下なんて聞いてないわよ!」


 リナが叫ぶ。


「ふつう潜入って、関係者を装ったり、船で入ったり、もっとこう……段階があるでしょー!」


「いやー、今回は時間がなくてですねー。高度三万フィートからの高高度降下、低高度開傘。いちばん確実なんですよー」


「それを! 一般人に! やらせるなって言ってるのー!」


 才谷は親指を立てた。


「大丈夫です! 自分、慣れてますんで!」


「あんたは元特殊部隊員でしょうが! 私はキャリア組なだけの一般人なのよ!」


「才谷、リナ、少し静かにしろ」


 低く、落ち着いた声が割って入る。

 隣で、苅田桐郎がシートに身を預けていた。


「時雨を見ろ。すでに次の段階を考えている」


 苅田の視線の先。

 時雨は、軍用の装備に身を包みながら、静かに思考を巡らせていた。


 無表情。

 だが、その姿は異様なほどに凛としている。


「……なんで苅田さんまで落ち着いてるんですか!?」


 リナが信じられない、という顔で叫ぶ。


「苅田さん、ずっと警察畑ですよね!?」


「昔の話だ」


 苅田は淡々と答えた。


「国際警察時代、ある任務で軍の訓練に同行したことがある。それだけだ」


「第一特別能力捜査隊……化け物しかいないじゃないですか……」


 リナの嘆きは、虚しく機内に吸い込まれていった。


「まもなく所定位置だ」


 時雨の一言で、空気が変わる。


 全員が酸素マスクを装着し、装備の最終確認に入った。


 リナは顔を青くして才谷のハーネスに固定される。


「リナさん、暴れないでくださいね」


 才谷が珍しく、真剣な声になる。


「最悪、気絶してても大丈夫ですから」


「それ、フォローになってないから!」


 輸送機の後部ハッチが開いた。


 一気に流れ込む冷気。

 視界の先は、雲の海。


 地上は遥か下。

 空が、異様なほど近い。


「合流地点で会おう」


 時雨の言葉を合図に。

 ひとり。

 またひとり。

 そして二人が、闇へと消えていく。


 全員が大型のパラシュートを背負う中、時雨だけは、最低限の装備しか身につけていなかった。


 ――彼女には、それで十分だ。


 地表に近づけば、空間を歪め、跳ぶだけでいい。

 落下は、彼女にとって移動の一形態に過ぎない。


「時雨ー! あんたの能力、よこしなさーい!」


 大空に放たれたリナの叫びは、形を保ったまま、雲の中へと溶けていった。

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