第20話 リプレイ
米国の内陸部には、地図にすら名前が載らない荒野がある。
風が吹き、乾いた大地が鳴るだけの場所。
人の気配はなく、記録に残る理由もない。
──だが、かつてそこには、一人の男がいた。
ノア・ブラッドウッドは、映画を愛していた。
物語よりも映像を。
演技よりも創作を。
そして何より、爆発を。
資金はなかった。
仲間もいなかった。
完成させた作品は、世間からB級未満と嘲笑された。
それでもノアは撮り続けた。
評価のためではない。
賞のためでもない。
ただ、自分が満足する一瞬を切り取るためだけに。
その日は雷雨だった。
荒野に張った即席のセット。
爆破シーンを撮るため、ノアは一人で作業をしていた。
芸術作品は、他人の手を借りて完成させるものではない。
爆薬の配置ひとつ、タイミングひとつ、すべて自分の感覚で決める。
準備を終え、カメラへ向かおうとした、その瞬間。
雷が落ちた。
世界が爆ぜる。
凄まじい衝撃。
耳鳴り。
身体の感覚が、急速に失われていく。
──死ぬ。
ノアは即座に理解した。
だが最後に胸を満たしたのは、恐怖でも痛みでもなかった。
最高だ。
この一瞬を撮るためだけに、生きてきた。
そう言ってもいい。
サブのカメラは回しっぱなしだったはずだ。
確認を。確認だけをしなければならない。
ノアは地面を引きずるようにして、吹き飛んだカメラへ向かう。
しかし両手足には、もう何の感覚もなかった。
視界が揺れ、世界が滲む。
すべてが終わろうとしていた。
そのとき。
可愛らしい声が聞こえた。
──ああ、天使か。
ついに迎えが来たのだと、ノアは思った。
『昨日、夢を見た。映画だった。面白くなかった』
淡々とした声。
耳鳴りの向こうで、口元の動きだけが言葉を伝えてくる。
彼女は確かにこう言った。
『次は、当たりだといいね』
その言葉とともに。
ノア・ブラッドウッドの役は、終わりではなく──もう一度、始まった。
*
島に来て三日目の昼過ぎ。
初日の夜に上陸し、その夜の深い時間にみつめと合流した。
それから丸一日、聞き込みと小さな依頼をこなしては情報を貰い、また次へ向かう――それを繰り返している。
だが、肝心の収穫はゼロだ。
温羅島での探偵業は、まるでゲームだった。
「ここ最近、見慣れない顔を見なかったか?」
商店の店主に話を聞く。
この島にも普通の生活はある。開いている店は、あるにはある。
「あんたみたいな命知らずなよそ者だけだよ。とはいえ、水無様が支配するようになって、この島は安全になったがね。今じゃ観光地さ」
老婆はやれやれといった表情で、店頭に野菜を並べていた。
誰に聞いても、同じ答えが返ってくる。
平和になった――と。
俺が想像していた温羅島とは、少し違う。
「そうか……なんでもいい。この島で普段と違うことは起きてないか?」
「そんなのはあんたたちだよ。自警団の連中も、こんな怪しい奴らを放っておくなんてね」
老婆は道を歩く銃を持った男女を見て言った。
定期的に巡回している。
俺とシオンがいても、特に反応はない。水無のお達しだろう。
「まあ訳ありでな。すまない、邪魔した。シオン、リンゴ食うか?」
「自分で選ぶ」
シオンは店頭のリンゴを吟味し始める。
「これ。ツルが太いと、うまい」
選ばれたリンゴは赤々としていた。
「へえ……どこで知った?」
「ショート動画」
「……現代っ子だな」
連絡用に持たせたスマホを、もう使いこなしているらしい。
俺はスマホを取り出し、支払いを済ませる。
老婆も端末を操作し、決済が完了した。
現代的すぎる……
軽く会釈し、踵を返す。
「この島の秘密、知りたくはないかい?」
背後から、声が飛んできた。
「教えてくれるのか?」
「用件を聞いてくれたらね」
また、これだ。
何かの情報を得ようとすると、何かの依頼が舞い込んでくる。
お使いクエスト、というやつだろう。
「分かった。それで、用件はなんだ?」
俺は足を止める。
どんなにくだらなくても、今は情報が欲しい。
「用件自体が秘密みたいなものだよ。温羅島の北側。どこかにいるとされる鬼を退治してくれ」
「鬼?」
思わず聞き返す。
「伝説だよ。この島に伝わるね」
「そうか……気が向いたらな」
深く考えず、歩き出す。
情報が欲しいとは言ったが、戦いたいわけではない。
今日の能力は『手で触れた物を震わせる』。
使いようはあるが、鬼退治向きではない。
そもそも威力が足りない。
物を揺らすだけなら、強い能力者は触れずにやる。
これは、その下位互換に過ぎない。
「北側には、流れ着いた“モノ”がたくさんあるらしいが。あんたのお目当てもそこにあるかもね」
老婆の何気ない一言に、足が止まりかける。
ため息をひとつ吐いた。
いったん宿に戻り、イズとみつめを待つ。
しばらくして、二人が帰って来た。
「どうだった?」
期待はしていないが、聞く。
「とても、みつめ様の目から逃れられる場所はございませんでした」
イズが申し訳なさそうに言う。
「南側で、俺たちの目が届かないところなんてねーよ」
みつめの言葉に引っかかる。
「水無がこの島を支配しているのではないのか?」
「いや、あいつは島の南側しか見てねー。だから……」
面倒くさそうな声。
「それで、面白い話があるんだ」
嫌な予感しかしない。
「北側か」
「なんだ、知ってんのか?」
「鬼退治の依頼を受けた」
みつめが露骨に顔をしかめる。
「ああ、それな。よそ者に必ず言うんだよ。北に行けって」
「観光か?」
「違う。この島の風習だ。俺にもよく分からん」
「南は安全、表も平和。残るのは北だけ、か」
「俺の“目”が届かねえ場所なんて、普通はねえよ。結界でもあんのかもな」
みつめは不機嫌そうだ。
シオンがリンゴをかじり、俺に顔を向けた。
「行くの?」
「……行きたくはないな」
本音だった。
今日の能力では戦闘は避けたい。
だが、情報が出ない以上、選択肢は残っていない。
「……決まりだな」
俺は立ち上がる。
考えている時間はない。
こういう場合に備えて、護衛を雇っている。
「同感でございます」
イズも頷く。
「鬼退治。団子はどこ?」
シオンは芯を捨て、いつもの口調で言った。
まだ食べるのか……
「退治じゃない。調べに行くだけだ」
言い訳のように呟きながら、俺たちは島の北側へ向かうことになった。




