【2】シェリルとミゲル
シェリルはそれでも自分の選んだ生き方を悔いてはいない。自分のために時間を使えて、ひとり騎士団の寮で過ごす時間も好きなのだ。休日は趣味と実益をかねて乗馬や自主訓練をかねての弓での狩り(という名の領地の害獣駆除)にも出かける。そして、大好きな恋愛小説を読むことも忘れてはいけない。
シェリルは冒険譚も図鑑や民族学などの本も好きだが、なにも考えず身を任せストーリーを追うことのできる恋愛小説が大好きだった。昔あった令嬢たちとのお茶会ではどの令嬢も作中のヒーローが格好いいと頬を染め、それから決まってヒロインの様な恋がしてみたいと言う。自分をヒロインに重ねて、そうなりたいと願うかわいらしい令嬢ばかりだった。
シェリルはというと、確かに恋愛小説は大好きなのだが、それが推理小説のように作者の言葉の端々全てに意識を巡らせて、全神経を尖らせて犯人を追っていくという自分をなぜ苦しめているんだと途中で我にかえってしまう癖のあるシェリルにはなかなか本を読むぞ!意気込まなくても読める娯楽というのは数少ないものだったのだ。
確かにどちらかというと作中のヒロインよりもヒーローに共感する部分が多かったり、ヒーローになりたかったりする。私服はここ何年もお茶会には出ていないし、舞踏会には騎士として参加しているのでドレスやワンピースといったかわいらしいものを身に着ける機会もない。それこそ、家族の集まる実家に帰る時なども隊服で帰るので近所のなじみの菓子屋に立ち寄った時なども店主のおばあさんに「ブレリュード様のところの何番目の息子さんだい?」と聞かれるほどの見た目をしているのだ。
馬に乗り、長い髪を後ろで一本に束ね、グローブをしていればその指先の細さなどわからない。令嬢らしい声の出し方など忘れてしまった。
「………」
「………」
自認しておりますと発言したきり黙り、考え込んでしまったシェリルを見てミゲルは内心慌てていた。勘違いをさせてしまっている気配に気が付いたからだ。ミゲルは騎士団の脳筋たちとは違いたぶん比較的ノンデリカシーではない。あれらと同等のノンデリであったら恐らく隊長にまで昇りつめられるほど、騎士団の人事も騎士団上層部も甘くはない。多分。その辺はきちんとしている上層部の面々だ。国王含めてそうだ。
そして、場の空気が読めるからこそ、シェリルの勘違いに黙り込む姿に気がついてしまっていた。
(やったわ……)
ミゲルは決してシェリルの性的指向が聞きたかったわけではない。いや、確かに普段の言動や好み、そしておびただしい数の事あるごとに押し寄せるファンや、分け隔てなくそれに接する姿を見て思ったのだ。
(もしかして、俺、つけ入る隙なくない?)
これでもし彼女自身が女性が好きだと言うのなら潔く身を引こうと思ってした質問だった。昨今の男女出生比率から同性でのカップルも多い。それこそ子供は男女間でもできない時はできない。男児の出生率が低くなっている原因が不明であり、誰のせいでもない状況なのだ。
子供を作る事をまずは目的とせず、良い人がいるのなら同性同士でも良いではないか、という国の方針だ。正直これ以上他国貴族へ国内貴族が流出するくらいであれば、女性同士の婚姻を超法規的措置として認め、将来への不安や経済的な不安、それから国税への問題を解決し、子供が生まれた際には手厚いサポートで、産める人には産んでもらい、助け合って生きていく道を選んだ人たちにも安心して生活をしてもらいたい。国民なのだからみんなどうにか納得のいくかたちで食べるに困らない生活水準を維持できないか。長い目で見てどうにか男児の出生率を上げていけないかと模索している。
これは貴族だけの問題ではない。平民であろうとも同じ現象がおきており、貴族の過去の近親婚からくる遺伝子の問題の方面だけでなく、国としてうけている呪いの一覧や(実際に近隣魔女からの呪い一覧として数百年分のこされている)、過去にそのような事例がなかったかなど多方面から調査を行っていた。
それでもどうにもならないと、国として出来ることから始めているのだ。
だからこそミゲルは女性との未来を見ているのならシェリルのことは諦めようと思っていた。自分は上司であり、彼女と食事へ行った事も個人的な世間話をするようななかでもない。ただ、結婚をするのなら彼女だと常日ごろ思っていた。
それは彼女の仕事ぶりがとてつもなく気持ちが良いのだ。書類の整理も、並んでいる机の上の物品の配置も、それから日々の業務や鍛錬、何においてもさすが…と感嘆の声が漏れるほど。
男性ではこうはいかない、などと男女比を語るのも野暮だとは思うのだが、何せ女性が全員シェリルの様な働きを騎士団内部で行えるかといえばそうではないし、男性騎士などもってのほかだからだ。シェリルだからこそとミゲルは考えていた。
そして諦めようと思っていたのにはもう一つ理由があった。ミゲルは貴族ではない。一代限りの騎士の栄誉称号を受けているが、もともとは平民の身分であり、その生まれは彼女の一つ上の姉の夫である魔術師団副団長と同じく訳アリの、【人と妖精族の混血】だからだ。
訳アリとされるが、大体は婚姻相手だけにその説明がされ、起こりうる問題の説明もある。もし了承できないのであれば、妖精の力をもって記憶を消すことも可能だ。誓約書を書くこともあるが、大体は婚姻まで辿りつくことはまずない。同性間婚姻への理解はあるが、種族が異なる者との婚姻には踏み出せない者の方が圧倒的に多い。妖精族の血が入った子は人間だけの子よりもそれは長く生きるし、妖精族の血が濃ければ濃いほど寿命は人間とかけ離れる。
それを不安に思う者や、自分の死後、自分の子供がどのように生きていくのか想像が出来ずにしり込みしてしまう者など多数いる。
そして同家から同じ妖精属の混血との子孫が生まれる可能性のある事態は恐らく今までにない。万が一シェリルがミゲルとの婚姻を了承したとして、長く続くこの国でもはじめての事になるだろう。
国民に知らされずに国の中枢での話になってくる問題だろうが、一か所に力が集中してしまう可能性もある。魔術師団副団長ではなく、シェリルの家が妖精族の血族であるなどとささやかれる可能性もあるため、国の中枢は恐らく同家を妖精族の血分の家には選びたくない意図も働くと思われる。だからこそ、ダメ元でと、探るだけならタダだと、隊長はそう声をかけたのだ。




