【3】始まるかもしれないし始まらないかもしれないし始まっているかもしれない
えへん、おほん、と考え込んでいたシェリルの思考を遮ったのは目の前のノンデリ疑惑の持ち上がった隊長の咳払いの音だった。
「ブレリュード副隊長、すまない、改めて謝罪する。君の性的指向を探る意図はない。ただ、自分は対象になりうるのだろうかという点だけ確かめたかった」
(これだけ言えば俺の意図は分かるだろう)
(なに言ってんだろうこの人、自分が恋愛対象になりたくないって事?)
見事なすれ違いである。
それはシェリルは自身のことを女性には見えないであろう騎士団の男性団員と同じだけの訓練量もこさせる可愛げのない女であり、団員誰からも興味を持たれる事もないと、今までの騎士団の団体生活で認識していたからだ。寮だって特に男性と別ということはない。だが、女性ならばおきかねない男性による夜這いなどは一度も起こっていない。それは騎士団の意識が高く、とても喜ばしいことなのだが、それよりもなによりも女なんて居たか?と思われているんだろうというシェリル自身への女性としての自己肯定力の低さが招いている皮肉な思考でもあった。
もちろん事件がないに越したことはないのだが、あってもシェリル自身には知らせが行くわけがない。事前にそれこそ妖精族の血を魔術師団副団長よりも強く引く近衛隊長が気が付かないわけがなく、きちんと処罰されている。
シェリルが女性に見えないなんて事はちっともないのだ。ただ、女性たちは男装の麗人とやらが遺伝子レベルで大好きだという事である。騎士団に多く押しかける令嬢も、菓子屋のおばあさんも、女性と分かっていながら、無責任にシェリルに男装の麗人を求めている。ただし家族に関しては心からシェリルを愛しており、何を着てどんな恰好をしていようとも全肯定の民のためここには含まれない。
「……なるほど」
とてつもない量のすべてを飲み込んでのなるほどであった。だが、慣れない場面での失態や気恥ずかしさからミゲルはシェリルの機微を見逃していた。
「あ、だからといって急に距離をつめたりはしないので安心してくれ」
「はい、それは。適切な距離を望みます」
恋愛対象ではないからと急に男性隊員同士の気安い態度で肩を組まれでもしたら困る。隊長の意図がいまいち分からないが、シェリルはその言葉をなぞるように肯定するにとどめた。
とにかく、些細な行き違いからシェリルの中で密かにノンデリ疑惑の持ち上がった隊長がその後誤解を解いて、どうにか興味をもって貰おうと四苦八苦しながら国の問題を解明し、姉や兄も巻き込んでてんやわんやの婿入りを果たすまでの物語が今始まるのである。




