【1】隊長、ノンデリ疑惑勃発
「お前は、もしかして女が好きなのか?」
「は?」
普通上司に向かっては?などと言えば叱責が飛んでくるような上下関係のある職場だが、この時ばかりは恐らくお互いにそこはひとまず置いていた。頭の端の方に。ひとまず。
「自分は……そのような趣向は…ないものと自認しております」
とっっっても選びましたよという言葉を並べたシェリル・ブレリュードはいつも通りに無表情だが内心はいささか動揺していた。
「そっかそっか、いや、そっか、わかった」
変な質問をして悪かった。そう謝罪したのは彼女の上司である騎士団近衛騎兵第二連隊の隊長ミゲル・アンギュラーだ。
二人は特に仲が良いという訳ではない。
昨今ハラスメント問題でこと男世帯である騎士団は騎士道の教え通りに生きてはいるが、その多くは悪意なくノンデリ発言で恋人と別れることも多い。
その中にあるシェリルという女性騎士は男性達から不遇を受けることはないが必要以上の付き合いをする事もない立場にある。触らぬ神に祟りなし、とまではいかないが、女性を怒らせてその原因がわからない自分は問題になる可能性からは離れた方が良い。そう考えて保守に走っている騎士が多いのだ。
もちろんシェリルは男性とお付き合いをするために騎士になったわけではないし、職務に支障がない程度の距離感でいられているので問題はないと考えている。男性騎士たちも流石に同じ訓練をこなす男勝りのシェリルを好き好んで嫁になどと思う事はないだろうとシェリルも気を遣わずに性別を気にせず自分のままで居られる場所を気に入っていたのだ。
シェリルは貴族令嬢である。その家の爵位は伯爵であり、割と位は高いので働かずとも良いだろうと思われがちなのだが、何せ兄姉が多い。兄が四人に姉が四人。その末っ子がシェリルであった。祖父である前伯爵はとても優秀であり、王家からの覚えもめでたく、領地付きの爵位をいくつか所有していた。伯爵位を息子であるシェリルの父に譲る時に同時に成人を迎えていた兄たちにも譲り、姉たちは姉たちで学園の同級生の次期公爵や、友好国である隣国の貴族、それから恋愛結婚で大きな商会のまっとうな跡取り、そしてシェリルの一つうえの姉も先日魔術師団の副団長ともあろう方との婚姻を結んで家を出た。
父は伯爵位と伯爵領からは少しばかり離れた農地の男爵領も所持しており、シェリルにもし嫁ぎ先がなければ騎士をやめたあとはそこを継いでも良いのではないかと言われていた。
両親も家族も特に結婚に関して何か言ってくる事はない。兄姉もシェリルの仕事に対して理解どころか格好良いとしきりに言い、その活躍を吹聴して回ってさえいるらしい。隊服姿を初めて見た時などは画家を呼べと大騒ぎだったのだ。
末っ子で可愛がられて甘やかされている自覚はある。
政略結婚は貴族の娘の義務であり、家に有利な条件の相手が良いとされているのは今も変わらない。それなのに何故このように家族が寛大なのかと言えば、それは国内の同年代の貴族にシェリルに見合う者がもはや残っていないからだった。なにもシェリルの家だけではない。国内のどの貴族も、男児の出生率が下がっており、女児が婚約を結べずに働きに出ている家も多い。学園に入っているものは働きに出ることも無く、結婚を機に婚家に入る事が当たり前だった時代はこの数十年で一変した。
女性も定年まで働き、自活しないことには生活が成り立たなくなっている状況だった。
フォークとナイフより重たいものを思ったことがないなどと言っている場合ではない。それでも貴族の令嬢たちは文官やその秘書、事務員などの職務に就くことも多く、商会を立ち上げて経営者になる者も居れば、そこで令嬢としての知識とセンスを生かし、接客や商品開発に才能を発揮する者もいたが、こちらの数は多くない。その中でも少数派といえるのがシェリルのように体を資本とした騎士団職や騎士団を中心とした団体の必要なものを引き受ける製造業に就く者たちだった。
騎士団内部にはシェリルのほかに二人女性がいるが、その二人ともに男性騎士職とは別の騎士団所属事務官ならびに特殊任務指導官であった。ふたりともシェリルよりもシェリルの両親世代の方が年齢が近い。シェリルは開国以来はじめての女性騎士として現場で前線で働くたたき上げの騎士なのだ。シェリルもまた、生まれた時から同年代の貴族男児との婚約が難しく、同年代だけでなく上も、これから生まれてくる下の年代も難しいだろうとして、幼いころから説明を受けていた。それならばやきもきする時間がもったいないと一生結婚できずとも問題ない道へ進もうと決めたのだ。家が裕福だったこと、幸い騎士団をやめても実家に帰れば継げる爵位があることがシェリルの今の状況へ踏み出すことを後押しした。
そうなのだ、一番上の姉が次期公爵と婚約に至ったのには、次期公爵の婚約者である令嬢との婚約解消が発生してしまったからであった。理由はうちうちにされ公表はされなかったが、どうやら他国の王太子に見初められ、令嬢の家門も、公爵家も、納得した上での解消だったようだった。なので姉が国内の貴族と結婚できたのはたまたまだった。二番目の姉は国外の貴族、三番目の姉は裕福な平民、四番目の姉は魔術師団の副団長だ。魔術師団副団長は少し訳アリで、引く手数多の貴族男児の中でも全く婚約者がみつからなかったところをシェリルの一歳上の姉が嫁入りする事になった。両者納得の上での婚姻であり、姉も幸せそうにしているので問題はなかったのだろうが、シェリルは生憎騎士団の自然災害遠征で半年程本営を離れていたので詳細は聞けないままに姉は嫁いで行ってしまった。
そんなこんなで、本当にあり得ない確率の何かしらの事件や、命に関わるレベルの訳アリの相手でもない限り婚姻など望めない国の状況なのだ。
「お前、もしかして女が好きなのか?」
そこでの隊長からのこの言葉だ。まさか自分が結婚しないのは女性が好きだからだと思われているのだろうか。できるなら男性と結婚したいのだ。何せ相手が居ないから生きるために働いているだけで、恋愛だって本当はしてみたいし、ただ貴族令嬢が結婚を前提にでもないお付き合いをすることは今の世でも流石に世間体がわるい。
なのでそういったものを全部全部諦めているというのに。この男も他の騎士団員と同じにノンデリカシーの者だったのだろうか。




