姪の旅立ち、叔父の開店24
城で世話になった料理人の方々と騎士ツァネルさんにはランガさん経由の招待状、椛音とアリリオ殿下にはマジックメッセージを送り終わった俺は、参加者がちゃんとくるのか今さらながら不安になりつつ開店の準備を進めていた。
今は自室にて、パルメダさんに習ってこの世界の通貨と税制について学んでいる。こちらの世界に来た時点で俺と椛音には言語を理解できるよう魔法がかけられているので、学ぶことに関する支障はまったくない。
租税の内容、税の決定と徴収の時期、こちらでの帳簿のつけ方。このあたりは会社員時代にはなにも考えなくてよかったことなので、学ぶことばかりだ。
とはいえこちらの税制はシンプルで、徴収されるのは店の規模に準じた『営業税』と、一年の純利益の十%に課税される『所得税』、国の災害復興の積立金である『復興積立税』の三種である。
……累進課税や消費税などのややこしいものがないのは、本当に助かる。
魔物を倒して手に入れた素材の販売や売却をする際には当然のことながら収益に税金がかかるのだが、ルティーナさんが討伐に関わる場合その税率が下がるらしい。
これは日本の宗教法人が宗教活動から得る収益は『公益性』から非課税であることと同じような理屈で、神官が関わる『討伐』は公益性のある活動だからである。
なので神官は冒険者パーティの間で引っ張りだこになり、いつでも人手不足なのだとか。回復と節税で二重に役に立つなんて、神官はすごい。
税制がシンプルなのは冒険者が活躍する世界だから、というのもあるかもしれないな。複雑なものだったら、一パーティにひとり税理士……なんて面倒なことになりかねない。
ピートは机の上で、小さないびきをかきつつ丸くなって眠っている。これからどんどん大きくなるのかな。現状からはあまり想像がつかないよなぁ……。
「ショウ殿が納税しなくても陛下はなにも言わないと思いますよ。なんと言っても勇者様の叔父上ですし。なににでも特例というものはございますからね」
そんなパルメダさんの言葉が聞こえたような気がしたが、それはスルーしておく。脱税はダメだ、絶対に。
……いや。陛下が認める『特例』の場合は脱税じゃないのか?
危うい方向へ考えが流れそうだったので、俺は一旦税金のことを考えるのをやめてレセプションパーティーの方へ思考を逸らした。
「パーティー、ちゃんと誰か来てくれますかね」
「ふふ、何度聞くんですか。絶対に来ますよ。皆、ショウ殿の料理が大好きですからね」
何度口にしたかわからないことを言えば、パルメダさんはくすりと笑いながら言葉を返す。
「……そうならいいなぁ」
結婚式の招待状のように『参加・欠席』の返信をもらえる形式にすべきかは悩んだのだが、お誘いした人に返信の手間やプレッシャーをかけてしまうのが嫌だったので誘い文句と日時を書いた招待状のみを送ったのだ。しかしこんなに不安になるのだったら、往復はがき的なものにするべきだったか。
「ひとりも来なかったとしても、私とルティーナ殿で欠片も残さず食べてしまう自信があるので。それは安心してください」
「わ、わぁ。説得力がすごい……」
「ピートだって、たくさん食べますよね?」
『ピーッ! ピーッ!』
パルメダさんが話しかければ、ピートは起き上がって『食べる』と言うように可愛らしく鳴く。
……パルメダさんへのピートの警戒は、少しずつ解けているようだ。
共に生活する者同士、仲よくなるのはいいことだな。
「ショウさん、パルメダ卿。入ってもいいですか?」
扉がノックされ、控えめな調子で声を掛けられる。この部屋をノックをする人物は、ひとりしかいない。
「ルティーナさん。どうぞどうぞ」
了承を口にすると、神官服でもメイド服でもなくふだん使いらしいワンピースに身を包んだルティーナさんが顔を出した。
「お茶を淹れたので、下で少し休憩しませんか?」
「それはありがとうございます……! お茶請けに果物でも剥きましょうか」
「あっ。たまには私が剥きますよ」
「いえいえ、俺が」
そんなやり取りをしていると、ルティーナさんの視線がふと動く。彼女はなにかに目を留めると、ふっと表情を緩めた。
「お勉強、頑張ってらっしゃるのですね」
彼女が見ていたのは、机の上に乱雑に置かれた本や紙だった。
努力を純粋に労われるのは学生の時ぶりで、少しばかり面映ゆいな。
「お力になれず申し訳ありません。お金のことには疎いので……」
「俺も疎いですよ。会社……所属していた組織が税の処理をしてくれる場所にいたので」
「まぁ、そうだったのですね」
ふと、窓の方角がほのかに明るくなった。
首を傾げつつ視線を向けると窓のあたりにいつの間にか光の蝶が浮かんでいる。なんとも神秘的な光景だ。
これは──マジックメッセージか。
「おや。この魔力はアリリオ殿下からのマジックメッセージですね」
パルメダさんが優美な仕草で、光の蝶に手を差し出す。蝶はパルメダさんの指先に止まり、ひらひらと薄い翅を揺らした。
「さ、どうぞ」
指先に乗せた蝶を差し出され、俺はそれを自分の手のひらに移す。すると……。
『カノンと参加させていただく。当日は頼む』
そんな言葉がアリリオ殿下の声を伴って、すとんと頭に響いた。同時に、蝶はふっと消えてしまった。
……よかった。来てくれるんだな。
「どうでした? ショウさん」
「殿下と椛音は参加してくれるそうです」
「よかったですね。ふふ、ほかの方々もきっと来てくれますよ」
ルティーナさんはそう言うと、自分のことのように嬉しそうな顔で笑う。
「そうですね。そのつもりで準備を進めます」
受け取った参加の返事に安堵しながら、俺も笑みを浮かべた。




