姪の旅立ち、叔父の開店23
ランガさんから食材と調味料を買い取り、足りないと思うものは追加で発注をする。
それと──『とあるもの』もダメもとで頼んでみた。
「うん、そういうのも引き受けられるよ! まぁ、作るのは私じゃないけど職人にツテがあるから」
「本当に? よかった」
「どんなものがいいか、今打ち合わせしちゃいますか。納期は一週間くらいで大丈夫?」
「一週間で問題ないよ。じゃあ、納品日をレセプションパーティーの日にしようかな。レセプションパーティーには、ランガさんも参加してよ」
「ええ? いいのぉ! じゃあその日はショウのとこをその日の最後の仕事にしよ」
「職人さんのところには、俺は直接打ち合わせに向かわなくてもいいのかな?」
「うーん。おっちゃん、気難しいからなぁ。私からのほうが、機嫌を損ねずに済むかも」
「……じゃあ、ランガさんに任せたほうがいいか」
「リテイクがあったらやってもらうから、遠慮なく言ってよ」
そんな会話をする俺たちの頭を上を、ピートがぐるぐると飛ぶ。
手を差し出すと手のひらに彼は着地し、『クルル!』と楽しそうに鳴いた。
ピートを肩に止めてから、俺は『とあるもの』の打ち合わせをはじめる。
打ち合わせを開始してからしばらく経った時。背後から視線を感じてそちらを見れば、ルティーナさんがなぜか悔しそうにこちらを見ていた。耳を澄ませば『楽しそう』とか『ランガ、ずるい』などと聞こえるが……どういうことだ?
諸々発注した分や『とあるもの』分も含めて代金の支払いをすると、ランガさんは「ひーふーみー」と渡した貨幣を丁寧に数えてから身に着けているボディバッグにしまった。ボディバッグは小さなものだが、貨幣を収納しても膨らむ様子がない。なにげなく身に着けているものだが、あれも魔法の道具なのかもしれないな。
「まいどありがとうございます! では追加発注分は次回来訪時にお届けしますね」
ランガさんは『商売モード』という感じの敬語で言ってから、ニカッと笑う。
「本当に助かるよ。またよろしくね」
「はぁい! ショウ、またね!」
ランガさんは元気に馬車に駆けていき、ぴょんと御者台に飛び乗る。
そして数度手を振ってから、馬に鞭を入れて器用に馬車を操りながら去って行った。
ランガさんをお気に召したらしいピートは馬車の動きを大きな目で追い、『ピィ……』と小さく鳴いて別れを惜しむ。
……大丈夫だ、ピート。ランガさんは数日中にまた来るはずだから。
「相変わらず、騒がしい子ですね」
どんどん小さくなっていく馬車を眺めながら、ルティーナさんがふっと息を吐く。
「あんなに元気だと、たしかに神職には向いていないかもしれないですね。ランガさんには戒律よりも自由が似合いそうだ」
「そうなんですよね。才能をもったいないと感じるのはこちらの都合ですし。人には道を選ぶ権利があります」
そう言うルティーナさんの表情には、困った後輩を慈しむような感情が浮かんでいる。俺はふたりの関係を当然ながら深くは知らないが、ルティーナさんはランガさんのことを大事に思っているのだろうな。……そんな気がした。
「さて……。とっとと食材をしまうか」
「ショウ殿。手伝いましょう」
「ショウさん、私も手伝います!」
ひとまず木箱に入れた食材に目を向けつつ言えば、パルメダさんとルティーナさんが即座に手伝いを申し出てくれる。
ふたりとも本当に頼りになるなぁ。彼らに比べて体力がない自分としては、本当に助かる。
常温で日持ちがする根菜類はパルメダさんの手を借りて外の倉庫に収納し、肉や野菜はルティーナさんの手を借りつつ下処理をする。……下処理の際に出る野菜のカスをピートが無心に食べているが、食べ過ぎて腹を壊したりしないよな?
次に皆で下処理が済んだ食材を蜜蝋を塗った紙で丁寧に包んでから中身の目印代わりに色違いの紐を巻き、肉も野菜も冷凍庫に収納していく。水分が少ない野菜は冷凍保存ができるものが案外多いのだ。元の世界で言う、ピーマン、ブロッコリー、キャベツのような野菜だな。水気が多い野菜は冷凍すると味が落ちてしまう場合が多いので、『追加発注』のリストに入れている。
アリリオ殿下が用意してくれていた冷蔵庫はいわゆる『業務用サイズ』だ。その冷凍室にはあっという間に、隙間なく食材が詰め込まれてしまった。
……控えめにしたつもりだったんだが、案外買ってしまってたな。
うちには『消費係』がふたりいるから食材を無駄にすることはないだろうけど。
「パルメダさん。魔法で特定の相手にメッセージを送ること、できますか?」
魔道士たちがメッセージを魔法で送っているところを、王宮で何度か見たことがある。
自分の魔力を塊にしてそれを蝶や鳥の形にして飛ばす……という神秘的な連絡手段で、塊に触れると頭の中に直接送り手の意思が伝わってくるそうなのだ。パルメダさんにも可能なら、その魔法をお願いしたい。
「はい、できますよ。私の魔法でお届けしましょう。……ただ」
「ただ?」
思案顔で言葉を切られて、俺は少し首を傾げる。
「マジックメッセージでは長文を届けられないんです。だから短文でよければ、という感じになります」
なるほど、あれは『マジックメッセージ』と言うのか。この機会に覚えておこう。
「レセプションパーティーの日時を椛音に届けたいだけなので、短文で済むのではないかな……と」
「なるほど、わかりました。その程度の文章量なら大丈夫でしょう」
……よかった。彼は本当に有能だなぁ。
パルメダさんができない場合は王宮に行って魔道士の誰かにお願いしようとは思っていたのだけれど、お願いするハードルが高くなるので正直助かる。
「王宮の皆さんにはふつうのお手紙でお誘いをと考えていて、手紙を届けに行きたいなぁと」
「では、私が護衛をしましょう!」
ルティーナさんが、なぜだかふんすと気合いを入れつつ手を挙げる。しかし……。
「ランガさんが次に来た時に、渡してしまえばいいと思いますよ。有料ですけれど、彼女はメッセンジャーもやっているので」
パルメダさんがすぐに、そんな言葉を横から挟んだのだった。
「パルメダ卿……っ」
「ルティーナ殿、王宮から借りた馬車と御者は返してしまいました。ショウ殿を長々と歩かせるつもりですか。彼はか弱いのですよ」
不満そうなルティーナさんのほうを向き、パルメダさんが言葉を重ねる。
そう、御者には馬車から荷物を下ろし終わった時に馬車ごと帰っていただいている。
いやいや、それにしてもか弱いは言い過ぎだと思うんだが! 徒歩でもたかだか二時間程度だろう王都くらいまでなら、俺でも歩けるぞ!
……いや、往復四時間程度と思うと結構疲れるかもしれないな。それも王都の『門』までがあくまで二時間で、さらにそこから城まで歩く。そう思うと、結構一日仕事だな。
うう、ちょっとだけ自信がなくなってきたぞ。我ながら惰弱な現代人だ。
「で、では馬を借りましょう! ダンジョン前に冒険者用の馬貸し商人がいますし!」
ルティーナさんがいいことを思いついた! というふうに言うのだが、それにはひとつ問題があった。
「ルティーナさん。俺、馬には乗ったことがなくて」
馬には乗ったことがないし、さらに言えば乗ればおそらく揺れで腰が死ぬ。
乗り慣れない馬に乗ってぎっくり腰になったので開店は先です……なんてことは少しばかり困るのだ。
……パルメダさんの言うとおり、俺はか弱いのかもしれない。
「では二人乗りで……」
「いやいや、年若い女性と密着なんて申し訳なくて無理ですよ。ここはランガさんにお任せしましょう」
「うう。そう……です……ね」
ルティーナさんはなぜだか悔しそうに言うと、がくりと肩を落とす。
……王都に用事でもあるのだろうか。それなら悪いこと言ったな。
「店用の馬車も店が軌道に乗ったら買えるといいですね。馬貸し商人とやらから馬は借りられるようですし」
ふと思いついて、俺はそんなことを言った。
馬車って、あっちの世界の車のくらいの値段……という感覚でいいのだろうか。
こちらの世界の金銭感覚に関しても、開店までに勉強しないとな。
俺はこの世界で、『商売』をするんだから。
「馬車が買えたら、お出かけの幅が広がりますね!」
気を取り直したらしいルティーナさんが、ぱっと表情を輝かせる。
「ええ、その時はみんなで少し遠出をしましょうか。お弁当でも持って」
「「賛成です!」」
俺の言葉を聞いて、護衛ふたりは満面の笑みを浮かべて快哉を叫ぶ。
ふたりのためにも、早く馬車を買えるように頑張らないといけないな。




