姪の旅立ち、叔父の開店22
馬車に積まれた品々は、どれも見るからに新鮮かつ品質がいい。さすが『王室御用達』だな。
「さてさて、なにかお買いになりますか? こちらの箱のものでしたら、どれでも買っていただいて結構ですよぉ!」
「そうだなぁ」
笑顔のランガさんに訊ねられ、俺はしばしの間思案する。
アリリオ殿下に以前聞いたとおりだと、ランガさんは週に何度か店に立ち寄ってくれるらしい。だから、焦って大量に買う必要はないんだよな。
……いや、うちには食べ盛りがふたりいるからある程度の量があったほうがいいのか?
大食漢がふたりもいる暮らしの経験がないので、どれくらいの量が必要なのかの推測が難しいな。
ふだん食べるもの、店で使う食材の買い足し。そしてオープン前にやるレセプションパーティー用の食材を、ひとまず自分が適切と思う分だけ調達しておくか。それと調味料も見せてもらおう。
レセプションパーティーは、屋外での立食形式にする予定だ。
……屋外にしておかないと、狭い店内ではたくさんの人は招けないからな。
パーティーと言えば小洒落たものというイメージが先行しがちだが、今回は皆でわいわい食べられる形式にするつもりだ。
そう。いわゆるホームパーティーというやつにしたい。
気取った店にするつもりはないし、俺の店のスタートにはそれくらいが丁度いいと思うのだ。
「肉のブロックを数種類と野菜がほしいかな。魚貝もあると嬉しいです。野菜は日持ちがするもの中心で──」
「ショウ殿。敬語はやめてください! むず痒くなっちゃうんで」
ランガさんはそう言いながら、肩に乗っているピートの鼻先を指で突く。
ピートが『キャア』と嬉しそうな声を上げると、ランガさんは笑い声を立てながら彼の鼻先をさらに突いた。
……ピートのやつ、いつの間にあっちに行ってたんだ。なんだか肩が軽くなったなぁとは思っていたけど。
「じゃあ、ふつうに話そうかな。ランガさんも敬語をやめていいよ」
「わ、そう? じゃあ、そうさせてもらおう! よろしくね、ショウ」
ランガさんが明るく言い、ぱっと右手を差し出してくる。俺がその手を握ると、両手で握り返されぶんぶんと激しく上下に振られた。……本当に元気な人だなぁ。
「えっ。もう呼び捨てですか? ランガ……ず、ずるい!」
突然、そんな声を上げたのはルティーナさんだった。彼女の意外な言葉に俺は目を丸くする。
思わず勢いでという感じで出てしまった言葉だったのか、ルティーナさんはハッとした顔になり頬を赤くしながら口元を手で隠す。
ふだんは侵しがたい神秘的な空気を纏っているルティーナさんだが、今の彼女の様子は年相応の若い女の子という様子に見える。それが微笑ましく思えて、俺の頬は自然と緩んでしまった。
「えっと……。ルティーナさんも呼び捨てていただいて構いませんよ」
もちろんルティーナさんが呼びたいのなら、だが。
気軽な呼び方を年下に強要するのは、下手をすればパワハラになってしまう。
俺はコンプライアンス意識がしっかりとした中年でありたいのだ。
「いえ、そんな! でも、その。……いいのかな」
ルティーナさんはしばしの間恥ずかしそうにしつつでもごもご言ってから、口をきゅっと引き結ぶ。
そして、意を決したように口を開いた。
「では! ショウ、さん……とお呼びしてもいいですか!?」
胸の前でぎゅっと手を組み気合いの入った声量で『お願い』をしながら、ルティーナさんはこちらに詰め寄る。
芸術品のような美貌が一気に眼前に迫り、焦った俺は思わず数歩後ずさってしまった。
美人のいきなりの接近は心臓に悪いな……!
「は、はい。もちろんです」
「わぁ! 本当ですか? 嬉しいです!」
心底嬉しそうに言われてしまったが、ここまで喜ばれる意味がわからない。
……まぁ、ルティーナさんが喜んでくれているなら理由なんてわからずともいいか。
「では私も──」
「パルメダ卿はダメですっ!」
パルメダさんがおそらくは『俺の呼び方』についてなにか言いかけたのを、ルティーナさんが途中で遮る。
「……ふむ。まぁ、いいですけど。気軽な呼び方は自分の性格的に落ち着きませんしね」
パルメダさんはしげしげとルティーナさんを見つめたあとに、そう言って軽く肩を竦めた。
たしかに、平素から礼節正しいパルメダさんから呼び捨てられるのはあまり想像がつかないな。
「ははぁん。なるほどねぇ」
ランガさんがにやにやしながら、訳知り顔で言う。
するとルティーナさんは、ぐるりとランガさんに顔を向けてにっこりと笑い……。
「……ランガ、余計なことは言わないことです。それが貴女の身のためですよ」
と、凄みの効いた声音で言ったのだった。
「ひんっ! 言いませんよ!」
ランガさんはびくんと大きく身を震わせ、ピートと一緒に俺の後ろに隠れてしまう。
……『余計なこと』ってなんなんだろうな。




