撤退
朽ちた巨木の陰。
リクとカイは肩で息をしながら、互いの顔を見た。
リクがふっと目を細める。
「……カイ、エルナとのスキルリンク……まだ繋がってるか?」
カイは驚いたように目を見開き、すぐに目を閉じて精神を集中させた。
エルナには、仲間と精神を繋ぐ《リンク・ブレイナー》という特有の共感系スキルがある。
今、たとえ彼女が囚われの身になっていても、完全に絶たれていなければ──
(……感じる……微かに、だが……)
カイは静かにうなずいた。
「繋がってる。かすかに、だけど……!」
リクは息を詰めた。
「なら……位置を感じ取れるか?エルナが今、どこに連れられてるか!」
カイは苦悶の表情を浮かべながら、必死に集中した。
(エルナ……エルナ……聞こえるか……)
胸の奥に、小さな光が灯る。
震えるような、泣き声にも似た感情が、カイの心に伝わってきた。
——怖い。 ——寒い。 ——助けて……。
カイの眉がピクリと動く。
「感じる……北西だ!この森を抜けた先の、高台だ!!」
「よし!!」
リクの顔に、久々に力強い表情が戻った。
彼はすぐに地面に小石を並べ、即席の地図を描き始めた。
「今、俺たちはここ。エルナは……おそらくこのあたり」
リクは小石を指で弾きながら考える。
「敵は正面に展開してる。包囲も強い。正面突破は無理だ。だが、森の中に一部、木々が密集して見通しが悪い場所がある」
カイが食い入るように見つめる。
「そこからなら、気配を殺して近づけるかもな」
「ああ。……だけど、時間はない。エルナのスキルリンクも、どんどん弱くなってる」
リクはぐっと拳を握った。
カイも拳を握りしめる。
「チクショウ……! このままじゃ、エルナを救えねぇ!」
沈黙が降りた。
リクは考える。
(この戦力じゃ、勝てない。火力も、持久力も足りない……)
ならば。
「作戦を練り直すしかない」
リクが、低く呟いた。
カイが顔を上げる。
「作戦?」
「ああ」
リクは静かに言った。
「正面からぶつかってもダメだ。
奇襲をかける。奴らの戦力を分断して、一人ずつ叩く。
そして、エルナを助けるんだ」
少しして、近くの洞窟に場所を変えた
夜。
小さな洞窟に火を焚き、リクとカイは腰を下ろしていた。
外はまだ、敵の索敵部隊が森を彷徨っている。
だが、この小さな岩窟だけは、幸いにも死角になっていた。
──静かな夜の中。
二人の呼吸だけが、重く響いていた。
リクがぽつりと口を開いた。
「……今回は、完敗だったな」
カイも悔しげに唇を噛む。
「ああ。あんだけ気合い入れて暴れたのに、結局、一人も倒せなかった」
リクは焚き火の炎を見つめながら、静かに言った。
「……火力が足りなかった。それもある。でも、それだけじゃない」
カイがちらりと視線を向ける。
「何が足りなかった?」
リクは拳を握り締めた。
「“連携”だ。……お互い、動きがバラバラだった。俺は俺で攻めて、カイはカイで突っ込んでた。だから、相手に割り込まれた」
カイは不機嫌そうに眉をひそめたが、すぐに納得するように頷いた。
「……確かにな。俺も、突っ込みすぎた」
「お互いの得意な間合いとか、攻め方をもっと把握して、カバーし合わなきゃダメだ。力を“合わせる”んだ」
リクは炎に手をかざしながら、続けた。
「カイの近接力は、俺の比じゃない。剣も拳もすげぇ。だからカイは最前線で相手を引きつけるべきだ」
カイはにやりと笑った。
「つまり、俺が盾になるってわけか?」
「違う」
リクは真剣な眼差しで言った。
「“斬り込む槍”だ。お前が敵陣を突き崩す。その後ろから俺が、創った武器や防御結界でサポートする。
二人が一体になれば、突破力も防御力も段違いになる」
カイは目を細めた。
「なるほどな……。リクのスキルって、防御も支援も出来るんだもんな」
「ああ。これからは、個人で戦うんじゃない。“チーム”で戦うんだ」
洞窟の中、焚き火の火が小さくパチパチとはぜていた。
リクは、静かに目を閉じていた。
──ヴィクトールとの戦いを思い出す。
あのとき、自分たちは一瞬で動きを封じられた。
身体が鉛のように重くなり、呼吸すらできないほどに、地面に押しつぶされた。
(あれは……重力だ)
(力じゃない。空間そのものに働きかける……重力場の支配)
リクは手を握りしめた。
(もし……あの力を再現できたら)
──エルナを連れ去った連中を止められるかもしれない。
──仲間を守るための"檻"にも、"楔"にもできるかもしれない。
リクは、深く息を吸い込むと、地面に片手を当てた。
(俺はスキルクリエイター……)
(なら、感じた力を、俺なりに【定義】できるはずだ……!)
カイが心配そうに見守っていた。
「リク、無理すんなよ。重力魔法なんて、普通は何年も訓練しなきゃ——」
その瞬間だった。
リクの手元から、空間がぐにゃりと歪んだ。
──ズン、と。
空気が沈み込むような、異様な圧力。
「っ……!」
カイが思わず、一歩後ずさる。
リクの手を中心に、周囲の小石がぐぐぐと地面にめり込んでいく。
リクが呟く。
「……創る」
■ スキル創造:《グラヴィティ・シール》
──局所空間の重力を強制的に数倍に増幅する重力場スキル。
対象の動きを鈍らせ、捕縛するための応用型魔法。
リクの額には汗が滲んでいた。
(……まだ不安定だ。うまく制御しないと、周りごと押し潰してしまう)
けれど、それでも。
確かに、重力魔法に“似たもの”を、自分の力で作り上げることができたのだ。
カイが目を丸くして呟く。
「……やったな、リク。マジで重力場を作りやがった……!」
リクは苦笑した。
「本物ほど精密じゃない。でも……これだけでも、十分、敵を止める力になる」
手を開くと、圧力がスッと消えた。
周囲の空気が、ようやく元に戻る。
カイが腕を組んで頷いた。
「よし、これで一気に連中の足を止めて、一網打尽にできるかもな」
リクも、ぎゅっと拳を握りしめる。
「……エルナを取り戻すために」
「絶対に、負けねえ」
二人は、互いに拳を合わせた。
──今度こそ、失わないために。




