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覚悟 Ⅱ

 世界が逆さまに見える。

 今まで走っていたはずの地面を見下ろし(みおろし)、見下し(みくだし)ていたはずの少女に投げ飛ばされたという事実が受け入れられず目を白黒させた。

 城野天音という男は、確かに強者だった。

 集中力、観察力においてここまで冷静に対処し判断、行動できる人間は白銀にとって二人目で、その一人目に引けを取らないほどの尊敬の意を示すことが出来る。

 だが、彼女は、霧崎雀は違った。

 戦闘力という面においてはたしかに目を見張るものがある。話に聞いていただけの計算力で圧倒的な機動力があるのも認めてはいた。

 それでも、新藤、城野という頭脳戦の怪物たちと見比べると、彼女のそれは凡人の域をでないちっぽけなものにしか見えなかった。

 価値はある。

 それは天音という一対一ではどうしようもない相手の唯一の弱点だから。本人自身に価値があるわけではなく、間接的なものとして。

 ただ守られるだけのお姫様。

 二人が彼女を特別扱いする理由がただの友情からなのか、それともさらに踏み入った関係なのかはボクの知ったことではない。関係もないし、興味もない。

 自身があったからだ。

 兵司の隣にいるべきなのは自分で会って彼女ではないと……。

 それでも、認めざるを得ないのだろうか。

「君はちゃんと強い」

 仰向けに倒れた雀が上空にいる白銀に銃口を向けている。

 たしかな意思と殺意と共に、彼女は引き金を引いた。

 『シグレ』が火を噴き、鉛の弾丸が轟音と共に飛び出す。ダブルアクションで自動的にハンマーが起き上がり、すでに薬室に弾丸が送り込まれこれで二発目を放つ準備は整っている。

 女の子の手には似合わない鋼色のごつい武器。初めて見た時は違和感しかないコンビだったが、事ここに至っては最高のコンビだと言わざるを得ない。

「ボクの負けだ」

 最期に自分の敗北を認めると、白銀は飛来する弾丸を受け入れた。

 額を貫き、致命傷となったその一弾で、内包していた光弾が行き場を失い、大気に放出される。

 空中へと投げ出されていなければ、天音と新藤は頭どころか全身が灰塵と化していただろう。

 その作戦が成功したとしても、ゼロ距離で爆発に巻き込まれる白銀の生存確率は皆無で、塵も残さずに仮想体は消えてしまっただろう。 

 あの子がなんの行動を起こさなかったとしても、勝敗にはなんの影響もなかっただろうが……これ以上は野暮というものだろう。

 白銀はリベンジを誓い、仮想世界に別れを告げた。


『仮想体損傷甚大、戦闘(リタ)不能(イア)

 空中からかすかに聞こえた音声で、雀は勝利を確信した。

 彼女の光弾は爆破や貫通ではなく衝突した物体を消滅させてしまう性質を持っていたため、彼女の遺骸が降り注ぐという凄惨な光景を見ずに済んだ。

 咽かえるような硝煙の臭い。

 確固たる意志を以て放った弾丸ではあったが、やはり人間を撃つという感覚には慣れることはない。

 これに慣れてしまうことが今の私には恐くて仕方がない。

 戦場においてそれが甘い考えだということは理解しているつもりだ。相手に情けをかけていたのでは、同じ境遇で覚悟を持った相手には勝つことが出来ない。

 それでも、私はこの弾丸に精いっぱいの慈悲を乗せたいと思っている。

 鉛の弾丸に思いを乗せたところで、相手に届くのが殺意でしかないことは間違いないのだが、それを怠ってしまえば、私はもう自分を保っていることが出来なくなってしまうだろう。

「雀……」

 聞きなれた声が耳に届き、爆音ばかりだった耳がようやく正常に作動し始めた。

「よかった。普通の天音だ」

 普通、とはつまりそういう意味である。

 彼の目には光が戻り、心配、優しさの感情がしっかりと籠っていた。

 優しくて、私たちのために色々悩んで自分ばっかりが苦しむことを選ぶ、とっても不器用で本当に優しい人。

「どうしてこんな無茶を」

「最初に無茶したのは天音の方でしょ?」

「それは、そうだけど……」

 よかった。

 どうやら、意識はしっかりとしているようだ。あの時のような、最悪の状況は免れたようだ。

「俺は、雀のためだと思って戦っていた。けれど、おかしいんだ。途中からいったいなんのために戦っているのかがわからなくなった」 

 途中から声が小さくか細くなっていった。

 記憶はあるようだが、過去の体験が彼に罪悪感を与えているのだろう。もし、トラウマというものが存在するのならば、彼にとってのそれは小学生の時のあの出来事だろう。

 彼の黒瞳から光が消えるのはこれで二度目。

「雀、ごめ……」

「違う!謝らなきゃいけないのは私の方」

あの時に、私は……いや、私たちは、天音に二度とこんな苦しい思いをさせないと誓ったはずだった。

その片割れがいなくなってたったの一年ちょっとで、再びあの顔を目にすることになってしまうとは、我ながら情けないとしか言いようがない。

そのうえ、彼に謝られてしまってはもはや立つ瀬がない。

「俺が……俺が守ってやらなければいけなかったんだ」

 しかし、雀がどれだけそれを否定しようとも、彼自身が自分を許すことが出来ない。

 お互いが立てたお互いを守るための誓い。両想いのようで、それは幾重の障壁に阻まれて交わることのない片想い。

 どちらか一方が理解すれば済む話だが、おそらく一生彼らはお互いを理解しあうことはないのだろう。

 鈍く鋭い、賢く愚か。

 答えのない答えを出すというフェルマーの最終定理よりも難解な問題。

 とっくにお互いのすべてを理解しあっていたつもりでいたが、やはり個人は個人。本人ですら理解できないことを他人が理解できることなどないのかもしれない。

 だったら、たまには喧嘩もいいのかな。

「そうだよ、ちゃんと守ってくれないと、私弱っちいんだから」

「……すまなかった」

「それに、あんな性格悪い戦い方は何事ですか?私には天音が敵に見えて危うく撃つところだったよ」

「いや、まあ……それは確かに、そうなんだが」

「それに、いろいろ私たちに隠し事してたみたいだし、なんていうか賢いっていうよりずるいっていう方があってた気がする」

「……」

 ついに黙ってしまった天音。これはわかりやすく不機嫌な顔だ。

 しかし、雀は容赦なく攻め続けた。

「ほうら、助けてやったお礼はどうしたの?昨日みたいにまたなにか奢ってくれる?」

「……俺だって、我慢できなかったんだよ」

 ようやく反論を口にした天音。だが、その言葉はあまりにも子供っぽく普段の冷静な彼からは予想もつかないほど潮らしい反応だ。

「あれが出てくることは俺だって怖い。まるで今の自分が塗りつぶされるような気色の悪い感覚があるんだ」

「それでも、そうなるしかなかった」

「……俺にはああするしかなかった」

 天音は俯いたまま顔を上げようとしない。

 これだけ煽られてもなお、私に対する負い目がそうさせているのだろう。

「天音らしくないね」

「俺はこんなものだ。兵司がいなければ、雀を守ることはおろか自分を御することすらままならない。ここのみんなは俺を過大評価し過ぎている」

「そんなことないよ。みんなの目には天音がそういう風に映っているんだから、それは否定しちゃダメ」

「ほかのみんなの目なんてどうでもいい。俺は、お前を守ることができるなら喜んで嫌われてやれる。もしお前に嫌われたとしても、これだけは譲れない」

「そう……でも私は天音を嫌いになったりはしない。絶対にしてあげない」

 無い足でもがき、どうにか状態を起こした雀は、俯いた彼の顔を覗き込んだ。

 読み取りにくいが、彼の顔は怒りと悔しさが入り混じった複雑な色をしている。

 その顔を見ただけで胸が締め付けられるような痛みを感じるが、ここで私まで暗くなるわけにはいかない。

「もう一つ可能性はあったはず」

「なかった。あったならこんな最悪の選択はしていない」

「私と一緒に戦う」

「……」

「たしかに先走ったのは私だし、文句を言われる筋合いはないのかもしれないけれど、私を頼ってくれなかったことに私はとっても怒っているの」

「……」

「頼りないよ。確かに私は。でも、隣に立つことさえも天音は拒むの」

「違っ……」

 なにかを話そうとしていた天音にそっと手を差し出した。

「ちょっと手を貸してくれる」

「ああ、それはいいが」

 足のない雀にはなにかの支え無しでは立つこともままならない。

 天音の肩に手を置き、ようやくいつもと同じ目線の高さを取り戻すと、彼の顔を覗き込みながらそっと呟いた。

「あなたの支えがあれば、私だって戦える」

 ホルスターに納まった銃を撫で、彼の肩におでこを当てた。

 模擬戦開始からすでに二時間ほど経過している。

 辺りはほんのり茜色に染まり、厳しかった太陽ももうじき顔を引っ込める。

「……悪かった。俺はいつまでもお前を子供扱いしていたのかもしれない」

「そうだよ。私だっていつまでも子供じゃないよ。おっぱいも大きくなって、もうお母さんたちとおんなじ大人なんだから」

「そうだな。もしかすると、俺の方がまだまだ子供だったのかもしれない」

 徐々に沈んでいく太陽を見つめながら、彼らは穏やかに笑っていた。

 彼らの苦悩に満ちた波乱の一年間。

 だが、この目まぐるしく変化する時代の中では強くても賢くても生き残ることは出来ない。

 賢人の言葉を借りるならば、変化に最もよく適応したものが生き残ることが出来るのだろう。

 剣を振るう魔導士。

 銃を手に駆け回る銃士(ガンナー)

 彼らの剣戟はまだ始まってもいない。

 だが、それが始まる前に気づくことが出来たことは、どんな電子刃にも勝る強固な武器になったと言えるだろう。


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