終わりと始まり
「なあ、そろそろ終わりにしてくれないかなぁ」
ぶつくさと文句を言っているのはこの戦いを引き起こした首謀者であり、天音の黒い部分を引き出してしまったすべての元凶ともいえる男。新藤香月。
彼は四肢の関節をすべて破壊され見るも無残な姿になっているのだが、その減らず口は相変わらずだった。
確かに、勝利を確信していたとはいえ、瀕死の相手を放置するとはマナー的にもモラル的にもあまり褒められたものではない。散々弄ばれたのだから多少は許されるかもしれないが、このまま放置するのはあまりにも不憫だ。
「戦闘不能宣言してくれないか、新藤。これ以上、俺は雀を敵に回したくないんだ」
「いやだね。そんな情けはいらん。ずっと待っててやったんだから、せめて君たちの手に掛かって死にたいね」
驚いた、というのはおかしな話かもしれない。
新藤の態度は戦闘が始まるときと同じ……いや、それ以上に天音に対し闘争心をむき出しにして、次こそはという気概が見て取れた。
実際、天音は新藤に精神に致死量のダメージを与えたつもりでいた。
二度と、俺たちの目の前に現れないように……。
あの時はその考えだけが頭にあり、彼の精神がどうなっても知ったことではないと思っていたのだから。
贖罪のつもりではないが、彼にはできるだけ苦しまないで退場してもらいたい。
だが、彼のまっすぐな視線がそれを許さない。彼自身がそれを望んでいないのだ。
「新藤くん」
一歩前に出ようとした天音を制し、代わりに前へと出た雀。
「なんだい、霧崎ちゃん」
「その役、私が代わりにやってもいいかしら」
新藤は目を見開いた。
隣に立つ天音も彼女の意図がまったくわからず、膝をついて新藤に語り掛ける彼女を見ていることしか出来なかった。
「確かに、君は強い。不意打ちが成功しなかったら、俺はあの時点で負けていたかもしれないが、これは実力云々の話じゃない。これだけ屈辱を受けたんだ。ここまでやっておいて、他人の手に掛かるなんてごめんだ」
「でもさっき、あなたは君たちの手に掛かって、と言ったわ。それって私も入ってるってことよね?」
新藤は自分の発した言葉を頭の中で辿っていき、どうにか彼女の言葉の辻褄を合わせた。
「いや、言ったかもしれないけど、そんなのアリですか?」
「目的のために手段を択ばないあなたでも、主導権を握っているのはこっちなんだから、泣こうが喚こうが選択権はこっちにあるのよ?」
「うわぁ、まじか」
腹の探り合いが多少交わされていたようだが、心理戦で彼女に勝とうというのは至難の業だ。
何せ彼女は本音でしか語り合えないのだから。
もう何を言っても無駄と判断したのか、彼は闘争心を捨て穏やかな表情を取り戻した。
「新藤くん、私はあなたに感謝しているの」
「え?なんで俺に……足切ったりそこの彼蹴り飛ばしたり色々恨まれることをした覚えはあるけれど、正直感謝されるようなことした覚えはないぜ?」
「いいえ、あなたが今もこうして普通に私たちと会話をしてくれている。それだけで、私も天音も随分救われているわ」
「……」
説明を聞かされても腑に落ちないという顔が引っ込まず、今日一番で困った顔をしている。どうやら彼は少し性格が曲がっている分、まっすぐな気持ちというものが苦手なようだ。
だが、彼女の意見には同意だ。
俺は正直、自我を取り戻してから新藤の顔を見ることが怖くて仕方がなかった。
自分で壊してしまった心を目の当たりにすることで、今度こそ俺は本来の自分が消えてしまうのではないかと……。
次に向けられた感情が憎しみや闘争心だったとしても、絶望に歪む顔でなければ、俺にとっては笑顔も同然だった。
「なんか、調子が狂うなぁ。いろんな人格演じてきたから今、俺がどういう性格だったかわからなくなるよ」
「安心しろ。お前の性格はどれも抜群に悪かった」
「まさか、君にそれを言われるとは思わなかったけれど……まあ、いいや」
観念したように息を漏らすと、新藤は軽く目を閉じて額を差し出した。
「いいぜ。これで俺と城野の戦績が全勝のままになるんなら、それも甘んじて受けよう」
「なら、今度は俺からリベンジを申し込むとしよう」
「お、それならもう面倒な煽り部隊を結成する必要もなくなるわけか。あいつら本当に楽しんでたから、吐き気がしてたんだ」
「俺たちは他人の性格を評価していいほどよくはないがな」
「そうかもな……それじゃ、やってくれ」
「ありがとう、私はこの電子刃を初めて好きになれたよ」
新藤は目を開くことはなかったが、彼の顔が死への恐怖で歪んでいなくてよかったと思った。
仮想体の死が現実の身体に影響を及ぼすことはない。だが、あまりに凄惨な死を迎えると、二度と仮想世界に来られなくなってしまう人間も少なからずいることを天音は知っていた。
一度は新藤に対してそれを望んだ自分が、おかしな話だとは思うが改心したということにしておいてほしい。
『仮想体損傷甚大、戦闘不能』
『模擬戦闘終了、勝者、白チーム』
二つの合成音声が鳴り響き、俺たちの戦いはようやく終わりを迎えた。
その日の帰り道。
見事勝利を収めた白チームの一行は、天音のおごりで買ったアイスを片手に今日の結果を語りあっていた。
天音と雀に関しては、あの後、散々教師陣を含めた大人たちに質問攻めを受け、ほとんど話してしまったため、主に話は詩恵と徹の戦果についてだった。
「完全に油断してたわ。ここなら私は誰にも負けないって思っちゃってたもん」
「あれはほとんど運で勝ったようなもんだったな。俺も前ばっかりみて、もう少し後ろにも注意を向けてたら二人とも生き残れたかもしれなかった」
「……」
「どうした詩恵。いつもなら、ここで徹に大なり小なり罵倒をぶつけるところじゃないのか?徹の方は聞き流す準備をしていたみたいだが」
「私のことなんだと思ってんのよ!……でも、徹がいなかったら私は一矢報いるどころの話じゃなかったわけで、ありがとうも言ってないのにこれ以上の罵倒は……」
顔を真っ赤にしながらどんどんフェードアウトしていく詩恵を見て二人は口元を綻ばせた。
「詩恵可愛い」
「きゃ、なによ、雀。私は別になにも」
「私もなんにも言ってない」
「もー!」
女子二人が和気あいあいとしている間に、男子の方でも下世話な話が始まろうとしていた。
「徹も、よくあの状況で飛び込んでいけたな。正直、マップを見ていた限りでは勝算は椎名次第だとは思っていたが、しっかり二人とも討ち取ってしまうとは」
「んー、確かに勝ち目は薄いかもしれないとは思っていたけどな」
「なんだ、ノープランだったのか。それにしては上手く立ち回ったものだな」
「勝ち負けとか関係なしに、まだ間に合うって思っちまったんだ。俺の手の届く範囲内にあるのに、見捨てるわけにはいかないだろう?」
何を恥じるでもない。ただ、自分の信念に突き動かされ、不可能を可能へと変えてしまったのか。
信じるものは救われるか……。
「その精神力、俺も見習わなければならないな」
「ははっ、こんな行き当たりばったりの戦い方はお前には似合わないよ。人には人の持ち味ってのがある」
「……そうだな」
天音は自分が守らなければならないものを再確認させられた。
雀も、詩恵も、徹も、新藤たちも人類という枠組みを出ない以上彼らは俺の味方なのだ。
俺たちが互いの背中を守りながら、肩を並べて戦う日はそう遠くない。
ちらりと雀の方を向くと、ちょうど雀と目があった。
雀は特別、これだけはおそらく死ぬまで変わることのない不変の誓いだ。
空に浮かぶ星たちの瞬く光。
この光の歴史に比べれば、人間も人工知能たちもまだまだ芽も出していない種のような存在だ。
しかし、ここから先、どちらかが間引かれてしまうというのなら、俺は全力で彼らを蹴落とすだろう。
アイの存在は気になる。だが、先に牙を剥いたのは彼女ら自身なのだ。もし、彼女と戦うことになったとしても容赦はしない。
今は無き電子刃の感触を手に、天音はこれから先の戦いで自分の手の届く範囲からはなにも奪わせはしないと固く決意した。
一章完結。
始めまして、広川咲と申します。
三十話構成の一章の間にブックマーク、評価してくださった方々本当にありがとうございます。
励みになりました。
批判であってもアクションがあることは作品を作る側としては、これ以上ないほどの燃料になります。
一旦、ここで話を区切らせていただきますが、完全決着のそのときまでよろしくお願いいたします。




