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覚悟 Ⅰ

 これで終わる。

 もうすぐこの静かで彩のない世界が終わり、城野天音の時間は動き出す。

 自我の喪失は天音自身が望むものではない。

 視覚から得られる情報を最小限に抑え、必要な音以外は一切耳に入れない。

 五感研ぎ澄ますのではなく、最小限に抑えることで脳の回転に神経を尖らせる。

 呼吸、脈動、筋肉の緊張と弛緩、敵の動きの傾向などから次の行動を読み取り、一つ一つ相手の手札を打ち捨てていく。

 そこには一切の感情が介入する余地はなく、怒りや悔しさ、ましてや相手を慮る気持ちなどは存在しない。

 天音を突き動かしている要因はただ一つ。

「雀を悲しませた。だから、俺はお前を許さない」

 あとはこの剣をこいつに刺せば十分だ。

 そうすれば、こいつは二度と俺たちに関わることはないだろう。今までだってそうだった。

 子供のような単純な理論ではあったが、確信があった。

人というものは案外簡単に壊れる。人工知能たちに見放されてしまうのも頷けるほどに脆く、弱い。

常に最適解を選び続ければ誰も悲しい思いをする必要もないというのに、この世には不条理があふれ過ぎている。

俺はこうなる予見があったから新藤の誘いに乗ることはなかった。

この世に新たに一つ不条理を生み出してしまうことなど目に見えていたというのに、結局はこういう結末になってしまうのか。

電子の声を聞き、肌で感じることのできる天音は、もしかすると人工知能たちに近いなにかを持っているのかもしれない。

まあ、どうでもいいことだ。

早く終わりにしよう。

新藤の眉間に当てた剣に徐々に力を入れる。

これで、この負の連鎖から解放されるのだ。

「やめてぇ!」

 誰かの叫び声が聞こえる。

 無駄な雑音はすべて遮断したはずの世界に侵入した第三者の声。

 力を込める手に制動をかけ、天音は振り返った。

 そこには感情が複数入り混じり複雑な表情をした少女が一人。木にしがみついてやっと立っていられるような女の子の姿がそこにはあった。

「雀……」

 一瞬電子刃から意識が反れ、必死な様子の彼女に視線を持っていかれた。

「……っ!?」

 しかし、もう一人。隙を見せるこの時のために息を潜める影がもう一つ。

 天音の背後。バスの陰から飛び出した人影は異様な光を放っている。

 あれは白銀だ。腕の関節を破壊され、すでに戦闘の続行は不可能だと思われていた彼女は、ずっと天音が見せる隙を伺っていた。

「『三日月』」

 それが彼女の電子刃の名だろうか。しかし、彼女はそれを扱うための腕をすでに失っている。だからこそ天音の意識から外れることが出来たと言えるが、ダメージを与えるための手段がなければ意味をなさない。

 負傷を報せる赤い光が身体中から漏れ出し、だらりと垂れた腕は持ち上がることはない。

 それでもなお、まっすぐに天音を見据える彼女に、彼も覚悟を決めざるを得ない。

 それは死の覚悟。

 今からでは反応が間に合わない。剣を振り回したところで彼女にはすでに『見えない斬撃』は見切られてしまっている。

 新藤に見せた攻撃もこの間合いでは有効とは言えない。

 相手が遠距離戦を挑んでくるのであれば戦いようはまだあったのだが、本来近寄る必要のないはずの彼女が突撃してくるあたり、なにかを仕込んでいるとみるべきだ。

 そうなると考えられる可能性で最も殺傷に長けた攻撃手段は……。

「自爆か」

 もしこの推測が正しいとするならば、すでに回避する手段はない。

 天音は潔く剣を下ろした。

 不思議と恐怖はない。目の前に迫った殺意の光弾は今までにないほど強く、白銀の心臓を核にしてさらに光を強めていく。


 気づいたときにはすでに身体が動いていた。 

 天音が気づくよりもほんの少し早く、白銀の襲撃に気が付いた雀は両手を地面についた。

 諦めて絶望したから……ではない。

 弱虫で泣き虫だと自分を理解しているが、大切なものが失われる様子を眺めていられるほど芯のある人間ではない。

 唯一、胸を張って言える自分の長所、暗算によって手に入れた機動力だが、足を失ってしまった私はその優位性を失ってしまった。

 足を失った自分には走るという動作が出来ない。だが、その能力自体が失われたわけではないのであれば、やりようはある。

 道路の段差に指をかけ、爪が割れるのではないかと思うほどに力を込める。

 狙いを絞り、その地点に到達するまでの時間と距離を計算しタイミングを計る。

 白銀の足はそれほど速くなく、体勢が整うまでに彼女が天音を捕らえるようなことはなかった。

 おかげで呼吸を置く猶予があった。

「天音を撃つための覚悟に比べれば、このくらい」

 再度勢いをつけるための足はない。ここで力の加減を間違えれば、すべては無意味になる。

 だが、少しのミスも許されないというのは紙のテストとやっていることは何ら変わらない。

 自分を信じることが出来ればなにも問題はない。

 狙いの座標の半歩手前に白銀が差し掛かった瞬間、雀は持てるすべての力を開放し、弾丸のように飛び出した。

 十メートル近くの距離を一瞬で跳び、景色が雀の背中側に抜けていく。

 白く濃い光が視界の中で急激に巨大化し、雀はその中に迷うことなく飛び込んだ。

「なっ!?あんたは」

「天音には手を出させはしない!」

 驚きの声を上げた白銀の顔を見ることもせず、雀は無我夢中で彼女を空中へと放り投げた。断面しか残っていない足で踏みとどまれるか心配だったが、仮想体の身体は現実の雀と違って打たれ強く、しっかりと足としての役割を果たしてくれた。

 華奢な身体からは想像も出来ないほどの力で投げ飛ばされた白銀は、自分の身に起こったことをまだうまく呑み込めていなかった。


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