19 やめるとわかることがある
結局、会社には何も言わずにフェードアウトすることにした。話の通じないヒト達に自分の思いや決意を伝えるのは困難だからだ。オレが居ないという結果さえあればいい。
住んでいるアパートはオレの持ち家だし、お腹が空けば近所の中華料理屋の龍門に行けばおっちゃんか嘉玲がたっぷり振る舞ってくれる。忙しい時には皿洗いをさせられるが。
嘉玲は台湾文化センターでのシフトを減らして、最近はお店の方の手伝いを多くしている。センター長も、おっちゃんたちの作る台湾料理が人気を博していることに気を良くして、嘉玲のことをむしろ応援してくれている。
オレの残念な職場と大違いだ。
お金の心配もない。むしろ辞めた後のほうが稼いでいそうだ。日々軽く運動するだけで、毎月80万円は優に叩き出している、蹴ってるだけだけど。
とはいえ、ダンジョンには夜にしか篭れないので、日中はとてつもなく暇だ。今もこうして、洗足池近くのカフェで悠々自適にコーヒーを飲みながらトウガラシの世界史という本を読んでいた。
新大陸の作物で、じゃがいも、トマト、とうもろこしはヨーロッパに普及したくせに、なぜトウガラシはイタリアだけに例外的に普及したのか永年の疑問が氷解した。怒りん坊が多かったわけではないのだ。
イタリア南部を中心にトウガラシが用いられているが、暑い気候、保存、土地の肥沃度、トウガラシの天敵となる動物の有無といった要素から、辛いトウガラシが残ったというほうが正しい。
パプリカはハンガリーで産まれたのだ。寒く貧しい土地では野菜が不足しがちで、野菜を多く食べるには辛くないほうが適していた。
トウガラシは鳥さんに食べてもらいたがっているという事実に若干の嫉妬を覚えつつ、オレは気づいたらコーヒーを飲み干していたので、クッキーと紅茶を店員に頼んだ。
「辞めて正解だったなこりゃ、、、」
すぐ近くに台湾先住民のアミ族の血を少し混じらせた、磨きぬかれた銅食器のような肌の色香を漂わせたフォルモサな女の子も住んでおり、いつでも会いに行ける存在だ。
最近は暇すぎて大田図書館に通ったりしている。沼部駅なんて初めて見たぞ。帰りはてくてく歩いたり。
高校時代に始めたが就職してからやめて久しいヴィオラの演奏でも再開しようかしらん、とぼんやり瑣末なことすら考えていた。
最近やけに身体が軽いから運動でも良いかもなあ、、、と思考が拡散しかけたところで、春の日差しに眠りをもたらされたオレは意識を恍惚とゆるり手放した。




