【第一章】3話 異界の人間
「痛い…。」
平沢に武道などの経験はない。べつにスポーツは嫌いではないしむしろ好きなほうである。でも武道は苦手だ。だって痛いもん。
「ヒーローとか言っていた割には脆いわね。」
「助けてもらってそれは辛辣すぎない!?」
ちゃぶ台を挟んで向かい側に座る少女から発せられる辛口評価。でも事実だから否定はできない。
二人は今,平沢の部屋ボロアパート406号室(6畳間)にいる。ゾルゲはアッパーを食らった後,地面に伸びてしまった。その光景を見た平沢がまず考えたのは「見つかったらどうしよう…。」である。これ警察案件じゃん?事情説明してもまず理解されないだろうし,しまいには病院に…,とか考えている間に少女はゾルゲの頭に手を当てて,何かしらの魔法?をかけた。それが終わると平沢のもとに来て
「すぐに話がしたいわ。あなたの家はどちらかしら。」
「お,おぅ…。」
ゾルゲはほったらかしにしてきたが,そこまで考える余裕も,頭の中を整理する時間は全くなかった。
そしてこの状況である。
「まぁそれは置いといて…。」
少女はその端正な顔を向け,碧い瞳で平沢の目をじっと見つめた。
「本当にありがとうございます。もしあなたが来てくれなければ私は今頃,あの男に連れ去られていたでしょう。」
少女は深々と頭を下げる。
「私にできることでしたらどんなお礼でもします。」
なんでもか。危うい言葉だよ,お嬢さん。
時と場合によったらとんでもないことを言ってしまうかもしれない。でも今は知りたいことの方が多い。
「じゃぁ,まず名前教えて?名前わからないと話しにくいし。」
「…それもそうね。」
少女は少し思案顔になる。だが意を決したように口を開いた。
「私の名前はセラ。セラ=リーゼス。」
「セラさん…か。僕の名前は平沢啓二だ。」
「セラでいいわ。私もあなたのこと啓二って呼ばせてもらうから。」
「え…。あー,分かった。オーケー,オーケー。」
なにせ女友達なんていない平沢啓二。女子にファーストネームで呼ばれることには当然慣れていない。
結果,面食らったような返事になってしまう。
「それより…,いろいろと聞きたいことがある。いいか?」
焦りを抑えて本題に入る。
さっきから訳のわからないことだらけだ。情報が欲しい。啓二の脳はそう訴えかけていた。
「答えられる範囲なら何でも。」
セラは了承の意を示す。それを確認して啓二は最初の,そして全ての疑問が詰まった質問を投げかけた。
「君はいったい何者なんだい?」
セラは地球とは別の世界,クルセイド・エンハースという異界の国から来たらしい。(もうこの時点で意味が分からない。が,なんとか理解しようと頑張る啓二。)
「クルセイドというのは私のような能力者が作った国なの。かつて畏怖され、そして迫害を受けた私たちの御先祖様たちが団結して作った,誇るべき国よ。」
それこそ誇らしげに,少し高い鼻をさらに高くして自分の国を説明するセラ。可愛い。
「クルセイドは首都ディールのお城に住む王族が統治しているの。かつてご先祖様たちを束ねた一族の末裔たちよ。それこそ全能力者たちから尊敬の目で見られているわ。」
なるほど。どこかの中世ヨーロッパにありそうな歴史だな。今度調べてみるか。
「ところで能力者っていうのはセラとかさっきのゾルゲみたいなやつの事?」
「そうね…。わかりやすく説明するわ。」
セラの話によれば能力者は大きく分けて二種類存在する。
使える能力は二つか三つしかない者,そして多種多様な能力を持つが個々の威力が極端に弱く,自由には扱えない者。
この両種はとくに珍しいものでもないらしい。どちらかに属しても普通だそうだ。
セラは後者の方だが,まだうまく扱えるほうだという。
「でも…。もう一種類あるの。」
「もう一種類?」
「多種多様な能力を持ちながら威力が強く,またそれを自在に操れる大能力者と呼ばれる人たちよ。」
百万人いると言われている能力者の中で,大能力者と呼ばれる人々は百人程度ではないかといわれているらしい。王族に使える者たちの大部分がそれにあたるらしい。
「その大能力者が今回の件に大きく関係あるの。」
ここでセラの顔が曇る。
「ここ数年,国がとっている政策がおかしい。」
「政策?」
これが話の肝に違いない。啓二は一言も逃すまいと集中する。
セラが重い口を開ける。
「大能力者集中管理政策。クルセイド中にいる大能力者をディールに…強制的に収容する政策よ。」