【e6m62】夕暮れ時
窓の外を見れば、空が不安になる程真っ赤に染まっていた。辺りからヒグラシの合唱が聞こえ、カラスが鳴きながら家路へ急ぐ。辻家の台所から、ご飯を炊く匂いが漂ってくる。
「あら、のぞみは? 一緒に宿題していないの?」
「うん」
「もう夕飯なのに困ったわねぇ……ちょっと探して来てくれないかしら?」
そうお願いされたので、のんちゃんを探し始めた。駄菓子屋、長老水、菩提寺、小学校……どこにもいない。と言うか、誰一人いなかった。
ふと仰げば、夕暮れ時になっていた。昼でも夜でもない曖昧な時間、怪異が起こりそうで、無性に不安に駆られた。のんちゃんから神隠しの類の話を聞かされていたから。
「のんちゃん! のんちゃ〜ん!!!」
怖さ紛れに叫んで探すが、返事は無く、虚しく響くだけ。そくそくと一層不吉が暗示される。このまま何かに拐われるのでは? そして俺の存在など無かったかのように、みんな過ごすのでは……?
「あ……」
土手の上に、女の子がちょこんと座っていた。間違いなくのんちゃんだった。急ぎ駆け寄り――
「もうごはんだよ? 帰ろう?」
「……」
体操座りの顔を覗き込むと、神妙な顔付きで西日を見ている。もう薄暗いというのに。とりあえず横に並んで、俺も座った。
「どうしたの?」
「候もじは覚えておるか? 妾と契り結びしこと」
「契り? あ、うん。もちろん覚えているよ」
夏の日、カブト虫を取りに行かなかった夜、弾みで結んだ約束だ。彼女は事あることに問うて来た。
「左様か。されど其の詞華にして、実少く覚える。何につけても、胸乳、胸乳、胸乳。さる様にお心留めておりますな。辻風おびたゞしう吹て、桃の木顛倒せんとしても、あなあさまし、支えておるのは宮どのにあらずや。いわんや、小川遊び、車遊び、梢遊び、天下不朽の諠譁櫻の御機嫌伺い、緩う気の多いお人をや」
正直、何を言っているのか理解できなかった。けど既に涙数行流れ、あたかも独り言のように呟いている。
「落ちゆく日の西に向かい、手を合わせ給へ」
のんちゃんがそうするので、俺も真似をする。しばらくすると、彼女は立ち上がった。
「え?」
大人のように背が高いのに驚いだ。彼女は俺の手を取ると、念仏を百返斗唱えつゝ、『南無』と唱る声と共に、川岸まで差し歩く。
「ちょ、ちょっとのんちゃん?」
「今世には本意なけれども、来世は必ずや添い遂げましょうぞ?」
最後に目一杯の笑顔を見せ、言い終わるや否や、共に川へぞ入にける。




