【e6m61】睦言
ある日、鹿島に誘われて外出していた。部屋でクサクサしているよりマシだった。繁華街に繰り出して、買い物した後、外食して帰ることになった。
「行ってみたい所あるんだけど、そこでいい? 野菜マエストロ協会認定のレストランなの」
「ウサギ小屋に行くのか?」
「違う違うw」
タブレットの地図を見ながら、小路を歩いていく。やがて小洒落たレストランにたどり着いた。店内に入り、メニューを開くと、確かに肉魚は見当たらない。
「ちょっと割高だね。きっといいお野菜使っているんだろうけど……もっとガッツリしたのがよかった?」
「俺は野菜不足だから、ちょうどいい」
「鳥の胸肉はあるみたい」
各々オーダーを決め、他愛もない話をしていると、入口のベルが鳴った。
「いい感じだね」
「左様で」
衝立でその姿は見えないが、聞いたことのある男女の声だった。鹿島もマグカップを両手で持ったまま、聞き耳を立てている。
「あれって――」
「菅くんとのぞみちゃん?」
2人の足音は、そう遠くない所で消えた。なんという偶然……と言いたいが、まあこんなことでもない限り、終盤イベントに相応しくないので必然とも言える。時折、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
「なあ、あいつらってどんなこと話しているんだ? 共通点なんて何も無さそうだが」
「だからデートしているんじゃない?」
そうだよな。菅の奴、フレッシュな感覚を享受して羨ましい。俺にとって辻さんは親族だから、今更新風が薫るわけがない。そう考えると、奴らの睦言に一層関心が出てくる。
「何を……?」
さっきの買い物で購入した指向性マイク、ケーブル、マイクアーム、アンプリファイア、モバイルバッテリーとイアフォンを組み合わせて、即席の収録機を作る。イアフォンを耳にはめて、衝立からマイクアームを伸ばして連中に向けた。鹿島が呆れる。
「残念。盗聴とか、やめた方がよくない?」
「大丈夫」
指向性マイクの向きを調整すると――
「辻ちゃんは料理上手、器量が良い、黒髪がキレイ、いい香りたまらん、奥ゆかしい――」
「こはいぶせきものかな。よう太平楽の出できますの
「何そのラーメン屋? 俺さ、辻ちゃんの素敵なこと100個言えるぜ? ちっちゃくて可愛い。哀愁含んだ目に惹きつけられる――」
「あなあさまし」
そこそこ値が張っただけあって、秀逸なマイクだ。あさまし言う声の内に、喜色弾んでいるのもわかる。顔は見えねど、口元目元は緩んでいるのだろう。
「あの白無垢、マジで最高だよね。一日千回は観てる。授業中に見て、毎回尊死してるわ」
「ほ」
「でさ、今度の祝日どこ行く? 俺調べているけど、ありすぎて困ってるんだわ。まずこの――」
俺はマイクを引っ込めて、軽くかぶりを振った。
「砂糖の砂糖漬けみたいな会話だった」
「だからやめた方がいいって言ったのに」
「可愛いだのなんだの、菅の野郎がっついてて、辻さんも満更じゃなさそうだった。ああいう軟派なのが良いのか? 信じられん」
鹿島は人差し指を唇に当てて、ちょっと考える。
「う〜ん、そう思わないけど?」
「はぁ? 軽そうな奴とか、一番辻さんが嫌がりそうだが?」
「それは下心が丸見えの場合で、菅くんとは違うよ。結構学校で噂になっているんだよ。のぞみちゃんに一途だって」
「それを軟派で、下心丸見えと言うんじゃね?」
「私には否定できないけど、仮にそうだとしても、じゃあなぜ靡いているの?」
そう言われれると返す言葉がない。今までの言動からして、辻さんのタイプは俺かもしくは古風な男ぐらいしか考えつかなかったからだ。
「私が見ても、のぞみちゃんはまい先輩に負けないように、努力してたと思う。その想いを受けていた大宮くんもわかってたでしょ? だったら、応えてあげなきゃああなるよ。のぞみちゃんって、割り切るのが早そうだし」
「親戚をチヤホヤできるか」
「だったらなんでまい先輩にも同じ態度を貫けなかったの? 先輩は押しが強いから、つい大宮くんはデレて甘くなっちゃうのはわかるよ。のぞみちゃんは、そこまで露骨に出さないけど、やっぱり気持ちは同じくらい強いよ」
「だったら先輩の勝ちだな」
「だったら今の状況はなるべくしてなったと言えるよね?」
何度エピソードをやり直しても、破局イベントは避けられなかったが、理由はちゃんとあったわけだ。もし本当に未来を変えたいなら、それこそエピソード2からやり直さないといけない。
「昔からお世話になってたんでしょ? 幼馴染を名乗っているぐらいだから。チヤホヤするのはともかく、せめて日頃の感謝ぐらいは言ってほしいものだよ。のぞみちゃんが大宮くんに望んでる事とかも」
そこに注文していた料理が届いた。けど俺の食欲は失せている。鹿島は両手を合わせ――
「いただきます」
とミネストローネで口を潤す。そして現実を突きつけるた。
「まあ、今となってはもう遅いけど」
その後、菅と辻さんに知られることなく、レストランを出た。帰りの電車の中、気を利かせた鹿島は、彼らの話題を振ることはなかった。
「じゃ、また明日ね」
駅で別れると、一気に虚しさが忍び寄ってくる。何かをやっているひと時は、憂さを忘れるが、手持ち無沙汰になると駄目だ。
「いくら考えても俺が悪いし、もう手遅れなんだよ」
すっかり暗くなった駅前通りを、トボトボと歩く。休みの夜を満喫しているカップルの多いことよ。きっと菅のことだ、辻さんを見送っているんだろうな。




